「論語」「孟子」「中庸」と並ぶ「大学」より、守屋洋「中国古典一日一言」(PHP文庫)の解説です。
人はその親愛する所に之(お)いて辟(へき)す
「辟す」とは、偏ること。公平な判断ができなくなって、片手落ちの態度をとることである。
恋人に対して、「あばたもえくぼ」に見えてきたり、母親が「我が子に限って……」と思ったりするのは、愛するあまり、的確な判断ができなくなるためであり、親愛する所に之(お)いて僻す」 の典型であろう。
『大学』は、また、「好みにてその悪を知る者は天下に鮮(すくな)し」とも語っている。
愛しているうちは、相手の欠点が見えてこない。かりに見えてきても目をつぶろうとする。どうしても判断が甘くなってしまうのだ。
あばたがえくぼに見えたところで、個人の場合は、ご愛嬌ですますことができるかもしれない。問題なのは、リーダーの場合である。人の上に立つ者がこれをやったのでは、そのマイナスはひときわ深刻である。
・・・・・以上。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎し、あばたも笑くぼ・・・・、好きな人、嫌な人の多い私、反省、猛省です。
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