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2012年04月21日17:31

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「バブル」とは何だったのか?!

先週、mixiニュースを見てたらこんな記事があった
先進国から脱落も=50年まで長期予測―経団連 (時事通信社 - 04月16日 19:05)
http://mixi.at/a6In1pp

日本が「先進国」からすべり落ちる日が来るかもという経団連の予測記事だ。
まあ、バブルが崩壊して20年も経つのに、一向に景気は回復の兆しを見せないとあれば、これも現実味を帯びた話しだなあと薄暗い気持ちになった。

それにしても、一体「バブル」とは何だったのだろうと考えてしまった。

僕は40代後半であるから、その頃を20代の時に通過しているわけだが、この実体があるようでないような「時代」は、その年齢によって受け取り方が全く違うのではないだろうか。要するに、オイシイおもいをした人もいれば、そうでない人もいるということだ。

wikiによると、バブル景気とは1987年から1990年代初頭までの数年間に日本で起こった、資産価格の上昇と好景気、及びそれに付随して起こった社会現象だそうである。で、その中でも1986年12月から1991年2月までの4年3か月(51ヶ月)間を指すのが通説なんだって電球

この時期で計算すると僕は大学3年から社会人になって3年目くらいかな。あれっ、そうすると僕はバブル世代ってことになるな。うーん、でも自分の感覚では、どっちかというと僕はバブル前夜世代って感じかなあ。僕の2〜3年後くらいの連中がよくバブルの申し子みたいに取り上げられていた記憶がある冷や汗

まあでも今の20代から30代前半くらいの人にはピンとこないだろうな。日本がバカみたいに浮かれていた時代。
あの時代の雰囲気を伝えられるような当時の動画を探したんだけど残念ながら見つけられなかった。代わりといってはなんだが、こんな映画があった。

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http://www.youtube.com/watch?v=uM-WrqE4_Jc
映画「バブルへGO!!」(予告編がYou Tubeにあるんだけど、なぜかmixiでは検索で出てこないのでアドレスを貼る)

2007年の日本。このままでは日本経済が破綻すると見抜いた財務省官僚がタイムマシンで人を1990年に送ってバブル崩壊を食い止める、という映画。
僕も観たけど、まあまあ面白い映画だった。

この予告編にもチラっと出てくるけど、ディスコでユーロビートが流れる中をワンレン・ボディコンの太眉のオネエサン達がお立ち台で踊りまくり、ダブルのイタリアン・スーツを着た男たちが一晩中、繁華街で金を使いまくり、万札を振りかざしてタクシーを奪いあう。大学生がクルーザーでパーティーを開き、ドンペリを抜き、ビンゴを当てた人は現金200万円を無造作に渡される。
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そんな当時の雰囲気をよく出していた。ちょっと大袈裟に描かれているけど、でも間違いではない。あの時代にはああいう雰囲気が確かにあった。あの映画の舞台は東京だったけど、当時の仙台も同じようなイケイケムードはあった。
今から思うと、夢のような、いや異常な世界だったねたらーっ(汗)

とにかく日本中が地に足がついてないような時代だったかな。
ちょっと思い出したものを箇条書きにするだけでも…

有料土地の価格が急激に上昇して、ビルや中古マンションの価格が購入当時より5〜6倍もの値段にハネ上がり、成金が続出した。
有料地上げ屋、土地転がしが横行し、社会問題となった。
有料家や土地を買おうとすると銀行が無審査で融資してくれた。
有料ゴルフの会員権が50万から600万にハネ上がり、それでも売れた。
有料新幹線がグリーン車から埋まっていった。
有料残業で終電がなくなるとタクシーチケットを無制限で使えた。
有料普通のOLの通勤着が派手になった(一番上の右側写真参照)
有料求人情報誌が異常にぶ厚かった。
有料人出が足りなくて倒産する会社がでた(黒字倒産)
有料就職活動が異常な売り手市場で、内定をもらった学生が他社へ行かないように研修と称してハワイなどの海外旅行に行かされ「拘束」された。
有料クリスマスになると一流ホテルが全て満室になった(1年前から予約でいっぱい)
有料クリスマスになると、ティファニーのオープンハートを買うために行列ができた。
 などなど…

いやはや、まさにバブル狂騒曲という感じだ冷や汗

この頃から、CDの売上が一気に伸びて、100万枚以上のミリオンセラーが続出した。「SAY YES」や「君がいるだけで」「ラブストーリーは突然に」など、月9のドラマ関係の主題歌が多かったな。「君の瞳をタイホする!」などトレンディドラマが流行ったのも、この頃からだ。
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(みんな、こういう髪型、服装してたよなあ)

「ちびまる子ちゃん」の主題歌『おどるポンポコリン』なんてのもミリオンになった。今から考えると、こんなナンセンスの極みみたいな曲が100万枚以上売れてるあたりに当時の日本の浮かれ具合がわかるようだ(笑)
シングルレコードからCDシングルに代わり、最初のミリオンヒットになったのがこの曲だった。


「Diamonds」(プリンセス・プリンセス)作詞:中山加奈子、作曲:奥居香、編曲:プリンセス・プリンセス
いい曲だけど、「バブル」のイメージという曲でもあるあせあせ

日本の企業が次々と海外の企業を買収したのもこの時代で、三菱地所のロックフェラー・センター買収やソニーのコロムビア映画買収などが世界の話題となった。

漫画「課長島耕作」でも、この時期の巻を読んでると、島と「カカカ」の中沢取締役がコスモスという映画会社を買収するのに成功している。
「伝染るんです」や「右曲りのダンディ」がヒットした。「週刊少年ジャンプ」が500万部を突破した。
漫画の世界もこの時代はバブルだったのだ。
ちなみに、この頃の漫画でバブルを思い出すのはこれかなあ。


「ハートカクテル」(わたせせいぞう)講談社
カシミア80%のコート リッチっすね

また、その一方で海外投資については批判も多かった。
ゴッホの絵を日本人が120億で落札して、その人が「自分が死んだら棺桶にいっしょに入れて焼いてくれ」と発言して世界から顰蹙を買ったのもこの頃だ。


さて、僕がこの当時、なんか日本は景気がいいんじゃないのか?とわかり始めたのは大学3年の秋くらいからだった。
なぜかというと、その頃から自宅の郵便受けに企業からのダイレクトメールが毎日のように入り始めてきたから。それは全て会社の入社案内や入社説明会のお知らせだった。それも、結構デラックスな作りで、ひと目で金がかかってるなあということがわかった。
とにかく、この頃の就活は空前の売り手市場だったのだ。企業側のほうが「何とかウチへ入ってください」という感じだったのだから、とても今では信じられない冷や汗

で、その会社案内のパンフレットの中身を見ると会社案内というよりも、トレンディドラマに出てくるようなイメージ写真ばかりが満載で、書いてある内容も、「うちの会社はこんなに自由な社風です!」とか「仕事も大切だけど、アフター5はどんどん遊んじゃってください!オンとオフの切り替えが大事と当社は考えます!」「当社の未来は刺激がイッパイ!遊園地みたいな会社です!」みたいなキャッチコピーが踊っていた。いや本当に誇張なしで。どんだけ学生に対して媚びへつらってんだよという感じだったたらーっ(汗)

テレビで頻繁に企業のイメージCMが流れたりもしたなあ。「やわらか頭してますか」(住友金属)なんて、いかにもなキャッチばかりつけられていた。

まあそれだけ人手が足りなかったんだろう。
就職ガイダンスでうちの学校に来た某証券会社の人事の担当者が、「仕事の量が増え続けるのに人手が足りないから毎日午前様。年収は倍になったけど使うヒマがない。誰でもいいからウチに来て」と笑いながら言ってたが、本音だったと思う。

まあそんな状態だと学生のほうも会社をナメるよね。
僕の3つ下の後輩は就職活動のときに第1志望の会社に早い段階で内定をもらったのにもかかわらず、その後も交通費やお土産がたくさんもらえるからと、東京の会社を何社も回っては小遣い稼ぎをして、なおかつ何社からかは内定をもらっていた(もちろん行く気はない)。

全く社会をナメてるとしか言いようがないが、ただ実際この時代は学生のほうが「入ってやる」という上から目線だったのは確かだった。今の就活氷河期の学生さんには考えられないだろう。しかし本当、申し訳ないが事実だったのである。


まあそんな事ばかりしているとシッペ返しを喰らうのも世の常で、バブルは間も無く崩壊した。就職活動のときに花形だった銀行や証券、保険会社などの金融関係が軒並み業績が悪化していった。なかでも一生安泰、絶対つぶれないと言われた銀行が次々と倒産していったのは誰も想像できなかった事だろう。
地価は下落し続け、ディスコはつぶれ、住専・ゼネコンが破綻し、ロックフェラーは手放され、バブル時代には全く人気のなかった公務員へ志望する学生が増えた。

いったい何だったんだ、という気持ちだ冷や汗

うーん、僕は経済の専門家じゃないから詳しいことはわからないんだけど、なんというか、日本の歴史上、この国が豊かになった初めての経験の中で、結局、金というものをどういうふうに使っていいか誰もわからなかったんじゃないかな。後に残るものとか投資になるものを考えて美術品や土地を買ったりもしたが全て失敗した。政府が「ふるさと創生事業」と称して、余った金を全国の市町村に1億円ずつ配って自由に使っていいよと言ったが、ほとんどがろくでもないものにしか使われなかった。
お金の使い方がヘタなのかな、日本人って考えてる顔

まあそういうふうに痛い目にあったから、そこからは自重して慎重な経済政策をしていたので、先のリーマン・ショックの時は、他国に比べてそれほど大きな痛手はなかったという説もある。それはバブル時代の反省からきた教訓だろう。


ああ、それにしても、もうバブルみたいなクレイジーさはなくていいけど、いいかげん景気は上がって欲しいよね〜。
なんて言ってたら、うちのカミサンが「あー、バブルの頃ってディスコによく行ったけど、お金なんて払ったことなかったわ〜。食事も男性がたいてい払ってくれてたし。あーバブルよ、もう一度〜目がハート」だって。

ざけんな、ボケ〜〜〜exclamation だったら、またトサカ頭にしてボディコン着る勇気があるんか〜い!衝撃

まあディスコはよかったけどね。僕もよく行ったあせあせ
全面、鏡張りのフロアーで、クールにステップを決めて…というのはウソで、もっぱらフリーフードに行って、焼きウドンばかり食ってたけどさ(笑)


「君の瞳に恋してる」(ボーイズタウン・ギャング)
ディスコで終盤近くになると、盛り上げ用でかかっていた定番曲だったね


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