mixiで趣味の話をしよう

mixiコミュニティには270万を超える趣味コミュニティがあるよ
ログインもしくは登録をして同じ趣味の人と出会おう♪

たましいの寺小屋コミュのナローパの六法とは、一つ一つが成就と言われるサーダナ(成就法)なのです。 内的火、幻身、光明、遷有、夢、中有)である。 六つは、六つからなる平等さ(一味)の伝達、もしくは、一切の現象が一味(平等)であることを体験するため 六つの教えである。それらは、概念化を道とし、妄想を道とし、病気を道とし、神や悪魔を道とし、苦を道とし、死を道とするものである。 このマルパがインドのナローパから伝承した教えを従来の古派(ニンマ)に対し、新訳派として広まります。 それがサキャ派、カダム派、その後継者であるゲルク派に広まります。 チベットにある各宗派はいずれも中観帰謬論証を使うので、元々のニンマ派を含め、四大宗派はプラーサンギカで認識論、論理学を納めます。 ですから「密教」という場合、それはナローパの六法を指しています。 その伝統は「カルマパ」という代々受け継がれる制度が有用だと感じたツォンカパの弟子が踏襲してダライ・ラマ制度を作ったんです。 この生まれ変わりの制度は、元は「華厳経」にあるんです。 その中には「十地経」という凄い長い時間を掛けて、相続して行くと言うのが当たり前の認識になり、インドやチベットでは、そのように転生して受け継がれることは当然の事の様に受け止められていますが、日本では受け入れられていません。 チベットが仏教を受け入れた時、チベット人は、微細な心の働きを理解する事が難しかったのです。 そこで、カマラシーラ(蓮華戒)が、仏教初心者の人達ように、「修習次第」という指南書を残したのです。 その通りに実行すると、心を止める事が容易になります。 それを「サマタ(シャマタ)」と言って心を静寂にして物事と対峙する取り組みをします。 心を静寂にすると、本人のポテンシャル(潜在能力)が発揮される様になります。 最初に聡明さや懸命さでモンゴル皇帝チンギス・ハーンやフビライ・ハーンに認められたのがサキャ・パンディタ(サパン)です。 サパンはインドの認識論や論理学の最高峰の賢者であるダルマキールティやディクナーがの後継者と認められ、実際にチベット全土を統治する権限を与えられます。 六ヨーガは、内的火から始まります。 それをツゥモと言い、日本では「クンダリニーの覚醒」と言います。 道教では「大周天」と言いますが、根本的な生命力を活性化させる事ですから、やれば誰でも出来る物ではありません。 チベットのカギュ派では、ツゥモという身体技法で覚醒を促しながら、覚醒したのと同じような状態を維持する様にします。 それはナディ(脈管)生命エネルギー(ルンとティクレ(心滴))も浄化して行きます。 自身の生命エネルギーを調御して更に感覚を制する様にして、凄く微細な次元まで行き届くようにします。 それと同時に、身体に対する執着がある事を気付き、離れられる様にします。 それは「捨」の取組と言われます。 更に難しい事に取り組まなくなさてはなりません。 「自分が考えている」事が自分にとっての真実であると錯覚があるのですが、それを昔から仏教では「有身見(ウシンケン)」と言います。 それは肉体であったり、「私とか私の物(所有しているものという意識)」や立場わ社会的な役割などに自分の本質であると錯覚があるのです。 それから脱することを「脱同一化」と言います。 脱同一化がうまく行くと、仏の身体と呼ばれる「変化身」が使える様になるのです。 それをナローパの六法では、「幻身」と呼びます。 それと同時に中有(バルドゥ)という死のカラクリが分かるようになります。 更に夢見や光明を体験し尽くして、「心」が明確になってきます。 最後に意識を移し替えるポワと遷有(トンジュク)で六つです。 全部関係しあっていて、一つでも偉大な成就です。 これがナローパの六法です。

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ナローパの六法とは、一つ一つが成就と言われるサーダナ(成就法)なのです。
内的火、幻身、光明、遷有、夢、中有)である。
六つは、六つからなる平等さ(一味)の伝達、もしくは、一切の現象が一味(平等)であることを体験するため 六つの教えである。それらは、概念化を道とし、妄想を道とし、病気を道とし、神や悪魔を道とし、苦を道とし、死を道とするものである。

このマルパがインドのナローパから伝承した教えを従来の古派(ニンマ)に対し、新訳派として広まります。 それがサキャ派、カダム派、その後継者であるゲルク派に広まります。 チベットにある各宗派はいずれも中観帰謬論証を使うので、元々のニンマ派を含め、四大宗派はプラーサンギカで認識論、論理学を納めます。

ですから「密教」という場合、それはナローパの六法を指しています。 その伝統は「カルマパ」という代々受け継がれる制度が有用だと感じたツォンカパの弟子が踏襲してダライ・ラマ制度を作ったんです。 この生まれ変わりの制度は、元は「華厳経」にあるんです。 その中には「十地経」という凄い長い時間を掛けて、相続して行くと言うのが当たり前の認識になり、インドやチベットでは、そのように転生して受け継がれることは当然の事の様に受け止められていますが、日本では受け入れられていません。
チベットが仏教を受け入れた時、チベット人は、微細な心の働きを理解する事が難しかったのです。 そこで、カマラシーラ(蓮華戒)が、仏教初心者の人達ように、「修習次第」という指南書を残したのです。
その通りに実行すると、心を止める事が容易になります。 それを「サマタ(シャマタ)」と言って心を静寂にして物事と対峙する取り組みをします。 心を静寂にすると、本人のポテンシャル(潜在能力)が発揮される様になります。
最初に聡明さや懸命さでモンゴル皇帝チンギス・ハーンやフビライ・ハーンに認められたのがサキャ・パンディタ(サパン)です。 サパンはインドの認識論や論理学の最高峰の賢者であるダルマキールティやディクナーがの後継者と認められ、実際にチベット全土を統治する権限を与えられます。

六ヨーガは、内的火から始まります。
それをツゥモと言い、日本では「クンダリニーの覚醒」と言います。 道教では「大周天」と言いますが、根本的な生命力を活性化させる事ですから、やれば誰でも出来る物ではありません。
チベットのカギュ派では、ツゥモという身体技法で覚醒を促しながら、覚醒したのと同じような状態を維持する様にします。 それはナディ(脈管)生命エネルギー(ルンとティクレ(心滴))も浄化して行きます。 自身の生命エネルギーを調御して更に感覚を制する様にして、凄く微細な次元まで行き届くようにします。
それと同時に、身体に対する執着がある事を気付き、離れられる様にします。 それは「捨」の取組と言われます。 更に難しい事に取り組まなくなさてはなりません。 「自分が考えている」事が自分にとっての真実であると錯覚があるのですが、それを昔から仏教では「有身見(ウシンケン)」と言います。 それは肉体であったり、「私とか私の物(所有しているものという意識)」や立場わ社会的な役割などに自分の本質であると錯覚があるのです。 それから脱することを「脱同一化」と言います。 脱同一化がうまく行くと、仏の身体と呼ばれる「変化身」が使える様になるのです。 それをナローパの六法では、「幻身」と呼びます。 それと同時に中有(バルドゥ)という死のカラクリが分かるようになります。
更に夢見や光明を体験し尽くして、「心」が明確になってきます。 最後に意識を移し替えるポワと遷有(トンジュク)で六つです。 全部関係しあっていて、一つでも偉大な成就です。

これがナローパの六法です。