
日本の象徴たる地位に将来就かれる方が、筑波大附属高校という
ところへあえて進学されようとしている。
代々、皇族は、中の上程度の学校で教育を受けてきた。それは、
なぜかというと、「点数至上主義」「エリート主義」という脳の
アドレナリンを過剰に分泌し自己目的的な精神状態となり、他者
を自己の地位向上の手段とするような「脳の暴君化」を回避する
ためということが暗黙のうちにあったのだ。
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たしかに、偏差値75以上という超エリート校で学んだからとい
って、すべての者が(象徴たる地位にふさわしくない)ゴリゴリ
のエリート主義に偏向するというわけではないだろう。
だが、そうなる可能性はゼロではないはずだし、中の上程度の教
育を受けていれば、その可能性はさらに低くなるはずである。
そういう危険を冒してまで、なぜ、筑波大附属高校で学ばせる理
由があるのだろうか?
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おそらくは、優秀な者だけが生き残れるという選民思想をいやで
も身につけなければ生きていけない筑波大附属高校・・・・。
その「校風」に、あの忌まわしい文字が躍っている。
ナチス・ドイツがアウシュビッツ強制収容所入り口の門に掲げた
スローガン「働けば自由になる」を想起させる、あの言葉。
この高校は、自主・自律・「自由」をモットーとしているそうだ。
自由・・・・その言葉を超エリート主義に違いない教育機関が掲
げると、どうしても悪しき選民思想を想起してしまうのだ。
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自由のわけがないじゃないか・・・・本当に自由なら、毎日、勉
強もせずマンガを描き、SNSに興じ、家の中に引き籠る生活を
繰り返していても筑波大附属高校を何の問題も無く卒業できるの
か?・・・・そうじゃないだろう・・・・一定以上の勉強をして
はじめてクラスメートとして認められ、成績の振るわない者は
肩身の狭い思いを余儀なくされ、なんでおまえなんかが、ここに
居るんだ?という視線に耐えなければならない・・・・進学校と
は例外なく、そういう世界じゃないか。
「点数をとれば自由になる」んだよな?
それが、はじめから無条件に「自由」であるような言葉を校風
として掲げる・・・・それは本当のことなのか?
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皇室関係者ならびにマスコミの諸君に聞きたいのだが、
そもそも「自由」とは何なのだ?
この日本で、本当の自由が(公的に)保障されたことが、かつて
一度でもあったか?
少なくとも自分は、そういう出来事を見たことも聞いたことも無い。
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筑波大附属高校というニセモノの自由を標榜する教育機関で、全
国民の象徴たる地位が期待さている彼は、本当の自由を得ること
ができるのだろうか?
それとも、すべての国民は、本当の自由など求めておらず、ナチ
スの収容所みたいな「点数をとれば自由になる」という忌まわし
き自由を、やはり求めているだけだということなのだろうか?
ドストエフスキーの大審問官が語るように、民衆は本当の自由
など求めていない。支配され服従することしか欲していないの
だ、と・・・・・。
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偽りの「自由」のもとで教育を受けた超エリート主義の天皇が、
あの忌まわしい「天皇陛下万歳」という戦前のパラダイムを復活
させないことだけを祈る。