若くして逝った、背中痒太郎について語るコミュニティ。
■略歴
福島県の片田舎で生まれ、幼い頃は神童と呼ばれるくらいずば抜けた知能を持っていた痒太郎少年。
理数系、特に生物学に興味が深く、小学校低学年で専門大学レベルの生物学の知識を持っていたと言われている。
中学2年の時、事故により両親を亡くした事にショックを受け、失語症となる。
中学卒業後、画家の叔父を頼り単身渡仏。
思想と哲学、文学や芸術に魅せられ、自らも創作活動をはじめる。
画家と小説家を中心として、ときには映画俳優、マジシャン、パントマイム、陶芸、などさまざまな活動を展開。
(ナンプラー富田というペンネームでの活動もある)
昭和53年冬、自決。25歳の若さでこの世を去る。
(佐久原光俊 著「痒太郎、その艶っぽい生涯」より抜粋)