キューバが生んだ偉大なる詩人、そして革命家ホセ・マルティについて、カリブの熱風の如く熱く語り合うコミュです。
ホセ・フリアン・マルティ・ペレス José Julián Martí Pérez(1853年〜1895年)
ハバナのスペイン系移民の家庭に生まれる。早くからキューバの独立運動に高い関心を見せ、筆を以って独立運動に参与する。1868年に勃発した十年戦争では独立活動家と交流を持った他、盛んに愛国的な論文や文学作品を発表した為に逮捕される。
反逆罪でピノス島(現在のフベントゥ島)に流刑になったマルティは、その後更にスペインに流され現地で大学を修了後、メキシコ、グアテマラを放浪する。しかし当時のグアテマラ政府の専制政治に批判的であったマルティはキューバに帰国、再び活発な独立運動を始め再度追放される。
キューバを追われたマルティはベネズエラに滞在するが、ベネズエラ政府を批判した為ここでも追放され、米国のニューヨークに落ち着く。ニューヨークでは一時サザンコーン諸国の外交官を務めるが、キューバへの思いを棄てきれずに全ての職を放棄、文学活動に専念する。
また、米国のラテンアメリカに対する覇権拡大を強く警戒していたマルティは遂に1894年、武器を満載した三隻の船と共にドミニカ共和国に向かう。ドミニカ共和国でキューバ独立運動の闘士マクシモ・ゴメス・イ・バエス将軍と合流、モンテクリスティ宣言を発表した後にキューバに向かう。
キューバに於けるスペインと独立派の戦闘は熾烈を極め、その激しい戦闘の中マルティは被弾、絶命する。キューバがスペインから独立を果たすのはその7年後の1902年、またスペインに変わる新たな「盟主」アメリカの影響力からの脱却を果たすのは更に60年以上後の1959年の事であった。
独立運動の指導者としてキューバをはじめ、ラテンアメリカ諸国で愛されているマルティだが、彼がスペイン語文学史に残した足跡も大きい。また、エルネスト・ゲバラやフィデル・カストロといった革命家達にも多大なる影響を与えた。
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