Dorothy Parker [1893.8.22-1967.7.7]
1920年代に活躍。ジャスエイジ文学の中心的存在。
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毒舌と鋭い知性で“プリンセス・チャーミング”と呼ばれニューヨークの文人に愛された作家、詩人、劇評論家。
18歳で家を出、ファッション雑誌「Vogue」に詩を投稿。それを機に編集の世界に入る。
1914年 雑誌「ウ゛ァニティフェア」が創刊。ここで劇評論を書くことになるが、毒舌が過ぎてクビになってしまった。
1920年代、彼女の毒舌家ぶりはニューヨークの文人には有名で、「今日ドロシーはどんな毒を吐いた?」が当時の挨拶がわりだったらしい。
例えば。
ある女優を褒めている男性の友人たちに一言。
「彼女は18か国は話せるけど、どの言葉でもノーとは言えないの。」
キャサリン・ヘップバーンについては、
「キャサリンヘップバーンは全ての役を演じ分けられるわ。ただしAからBまでのあいだの」
ある時ある若い女性作家と劇場の入り口で鉢あわせた。
若い女性作家は「このドアは美女より年寄りが優先ね」と皮肉たっぷりに譲った。
しかしドロシーはすかさず、
「ブタより先に真珠が行くわ」
はっきりものを言う気の強いタイプなので、男性の作家とはうまくいったが、女性作家とはそりがあわなかったようで。。。
親友のリリアン・ヘルマンにはこう言っている。
「わたしの墓石には『これを読めるなら、あなた、あまりに私に近寄りすぎだわ』とだけ刻んで」
「ヴァニティフェア」を辞めたあとはフリーとなり脚本家として活躍。
作家のくせに書くのが嫌い。たばことお酒、パーティを愛し、行方不明になるのもしばしば。
代表作は1926年に出版された詩集「勝手気まま」
参考文献
「忘れられた女神たち」川本三郎著 ちくま文庫
「叶えられた祈り」トルーマンカポーティ 新潮社
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