Anita O'day
1919.12.18〜2006.11.23。
1919年12月18日、イリノイ州シカゴ生まれ。
39年からプロ歌手として活躍、41年からジーン・クルーパ楽団の専属歌手となり
多くのジャズファンにその存在を知られるようになる。
44年にはスタン・ケントン楽団の専属歌手となり人気は不動のものとなる。
しかし数カ月で退団、独立してクラブなどで歌うようになるとその存在は忘れられるようになり、40年代後半から50年代初めまでは目立った活躍はしていない。
(スタン・ケントンは彼女の後がまとしてジューン・クリスティ、クリス・コナー
などを採用するが、いずれもアニタ・オデイに似たタイプであった)
52年、ノーマン・グランツの下で復活、ヴァーヴレコードで名作を次々と出す。
58年にはニューポート・ジャズ祭に出演、映画「真夏の夜のジャズ」にその時の
様子が納められていて、その素晴らしいヴォーカルが映像でも見ることが出来る。
63年には初来日、78年・81年にも来日しこの時には日本でレコーディングもしている。
ミルドレッド・ベイリーと共に白人女性ジャズボーカリストの先駆者的な存在で、
ハスキー・ヴォイスシンガーのはしりでもある。
終生歌手としてステージに立った