このコミュでは、加賀藩の歴史や文化または史跡など関連する
ものを取り上げて、興味のある皆様とお話ししたり情報交換などをして
いきたいと思います。
江戸時代に加賀、能登、越中の3国の大半を領地とした藩。
※本来「藩」は江戸期には存在せず、加賀前田家という表現が正しいが、
一般的に藩が用いられているので、藩と称する。
居城は【金沢城】(石川県金沢市)。
明治2年(1869年)の版籍奉還後には藩名を【金沢藩】と定められた。
藩主(当主)は前田氏。外様大名。
大名中最大の105万5千石を領し御三家と同格に扱われた。
俗に言う「加賀百万石」
あくまでも加賀・能登・越中を合わせた石高。
分家(支藩)
越中富山藩10万石
加賀大聖寺藩10万石
上野七日市藩1万石がある。
明治4年(1871年)廃藩置県によって金沢県となる。
その後新川県・大聖寺県と合併して旧3国に広がる石川県を構成。
明治16年(1883年)旧越中4郡が分かれて富山県が設置され、
現在の石川県の領域が確定した。
旧藩主・前田家は明治17年(1884年)の華族令により侯爵となる。
【歴代藩主(当主)】
利家−利長−利常−光高−綱紀−吉徳−宗辰−重煕−重靖
−重教−治脩−斉広−斉泰−慶寧
困ったときには