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【大うつけ】織田信長

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詳細 2017年7月7日 16:25更新

短気 うつけ 自己中 非常識 卑怯者 鬼畜 殺人鬼 親不孝

織田家は聡明な信行が継ぐべきであった。

卑怯なやり方で今川義元を討ち取る。
たまたま卑怯なやり口が桶狭間で通用したが、今川義元にあっさり殺られていればよかったはずの尾張の小大名。

比叡山延暦寺にて、非戦闘員である僧侶・女・子供を虐殺しまくる。

また圧倒的戦力差があり、相手が和睦を申し出、わざわざ血を流す必要がない戦(いくさ)においても開戦し、人殺しを楽しむが如く戦を行う鬼畜。

織田信長の命(めい)により殺された人々は数十万にのぼると見られている。

このような人道に外れる蛮行を繰り返すうつけに対し、織田陣営には羽柴秀吉を始め、うつけに異を唱える者は明智光秀以外には居なかったという。

この無能家臣団がついている事により、織田信長という人物が戦国の世にて、更に鬼畜三昧の所業を長らく行う要因にもなってしまった。

そして数々のうつけの所業に業を煮やした明智光秀によって1582年。
ついにこの鬼畜は京都本能寺にて討ち取られることになる。

このような殺人鬼を成敗した明智光秀はとても素晴らしい人物である。

【織田信長】
(1534年〜1582年)
尾張国(現在の愛知県)にて織田信秀の長男として生まれる
うつけであった為に父親にはとても嫌われていた

そして、このうつけの教育係を任された平手政秀という武将は、どうしようもないうつけぶりに手を焼き、うつけにしか育たなかったことに責任を感じ自害をしてしまう。
うつけな事が理由で人の命まで奪ってしまったような人物が、果たして他に歴史上居たであろうか?
これが数あるうつけ武勇伝の中でも最大級のものであると思われる。

得意戦法
不利な戦にて、相手陣営に和睦を懇願する。そして丸腰で現れた敵を自陣営にて討ち取り勝利を得る事
(正々堂々と言われた戦国の世にて、このような卑劣で卑怯な手法を用い始めたのは、このうつけが最初である。そしてそのような手法は、豊臣秀吉、徳川家康と受け継がれていくことになる)



嫌い キライ アンチ 武田信玄 上杉謙信 毛利元就 伊達政宗 北条氏康 石田光成

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2007年10月21日

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