あのころ(80年代)、自分の考え方や人生に関して責任を感じていたし、全ては物事を変えるためにどんな行動を起こすかということだった。通りではいろいろなことが起きていたし、それは自由になることだったし、解放されることだった。例えば交差点を止めて街をストップさせることだって出来ただろう。あるところまでは、世界を変えられると思っていたんだ。
僕がグラフィティを好きなのはどんな生まれの子どもにもアートに近いことをさせてしまうからだ。普段だったらビジュアルな創作に刺激をうけることなんてない連中なのに。グラフィティは瞬間の表現や支配されない自由をどんどん意識させる。
僕は子どもたちのそんな可能性を願っている。形や文章、物語そして色について大切な手引きになるだろうと思う。
僕が描く男は、ホームレスの多いサンフランシスコ特有の、ここではどこにでもいるような存在。彼らはみんなそこから自由になりたいと思っているし、それはグラフィティとちょっと似ている。僕がグラフィティで主題にしているのはホームレス、浮浪者、街が排除しようとしているもの、隠そうとしていること、存在していないふりをさせられているものを取り上げ、みんなに見せることだ。
---バリー・マッギー
バリー・マッギーの名は、1998年のサンフランシスコ近代美術館、
2001年のベニス・ビエンナーレによってアート界にあっという間に知られるようになった。
そう、西海岸で「ツイスト」というやたらに絵がうまいグラフィティ・アーティストがいるという噂は、
アメリカ中のグラフィティ達から、世界中のキュレイターにまで一気に広がった。
しかし、バリー・マッギーを“80年代のキース・ヘリングの再来”と、短絡的に言うことは出来ない。
バリーの作品は、対峙する二つの顔を併せもった複雑さがある。
中国系の母親を持つアジア的なDNAと生まれ育ったサン・フランシスコでの体験。
常に新しい状況を作品に取り入れる現代性と80年代への憧憬というノスタルジー。
アートのフラジャイルな繊細さとストリートカルチャーの大胆さと荒々しさ。
バリーの作品を見ていると、気を抜くとエッジから足を踏み外してしまいそうな緊張感に襲われる。
今度は、規制概念やモラルのスイッチを切り作品の中を回遊する。
緊張感や胸の高まりに変わり始め、自由の庭園にいることに気付く。
(「ツイスト」バリー・マッギーのタグ名でグラフィティ用の署名)
バリー・マッギー略歴
1966年、アメリカ生まれ。
1991年、サンフランシスコ芸術院卒業。1992-97年、サンフランシスコ芸術基金、
その他のコミッションワークとして、市内各所にて壁画制作を行なう。
98年、サンフランシスコ近代美術館で巨大な壁画を制作し、同館のパーマネント・コレクションに選定された。
同年、ミネアポリス、ウォーカー・アート・センターで、初の個展を開催。
全米のアート・シーンに衝撃を与えた。2001年ベニス・ビエンナーレに史上最大のインスタレーション作品を出品。
一方、「TWIST」というタグ名で知られるグラフィティ・アーティストとしての彼の活動は、
あくまでもストリートやコミュニティに対する意識を持ち続けることで継続された。
それらは、ストリートで生きる人々をテーマに、つくり続けられている。
バリー・マッギー展@ワタリウム美術館
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