WORKSHOP MU!!とは・・・・・・?
大滝詠一 Ohtaki Eiichi
「58年間生きてきましたが、いろいろな出会いがありました。その中でもWORKSHOP MU!!の方々との出会いは不思議なものでした。彼らとは細野さん経由で知り合い、ファースト・アルバム(1972年)のジャケット・デザインをして頂きました。この頃、何かそういう’’流れ’’の中で自然にそうなった気がするのです。そして30年前、自分のレーベル・ロゴやジャケット・デザインを依頼しました。これもそれまでの’’流れ’’があったからです。そのMU!!のメンバーでもあった中山泰さんとはそれ以来、現在でも一緒に仕事をしています。数は多いわけではありませんが間断なく続いています。これからも続いていくと思いますし、私はそういうつもりでおります。最初は単に’’流れ’’だと思っていたのですが、結局は<最初に出会ったものが最終稿>だったのですね。」
細野晴臣 Hosono Haruomi
「MU!!の存在がなければ、ぼくは狭山という所に住んで『Hosono House』というソロ・アルバムも作らなかっただろうし、後のティンパン・アレーというバンドも作らず、その結果ユーミンの『ひこうき雲』というアルバムもこの世に出なかったか、或いは全然違うものになっていただろう。ひとつのことは枝分かれしてカスケードを形成し、現在に至るのだ。彼らのポップ・センスが誰よりも早く、当時のヒッピー文化が歩もうとしていた「Back To The Country」を実践し、狭山の米軍ハウスという幻想的な空間を探し出したことは、その後のポップ・シーンにとって必然的でもあったのだ。」
小坂忠 Kosaka Chu
「僕のレコードジャケットのデザインをしてもらうことになり、ファーストアルバム『ありがとう』(1971.10)が誕生したのです。後で聞いた話だと、MU!!が最初に親しくなった’’音楽をやってる人’’が僕だったそうです。」
立花ハジメ Tachibana Hajime
「稲妻、星、十字架、ドクロ、、、。等身大世代のアイコン的デザインの代表です。WORKSHOP MU!!は稲妻ロゴの元祖であり時代のアイコンです。」
70年代、日本の音楽シーンを圧倒したデザイン集団、
『WORKSHOP MU!!』は、音楽のはっぴいえんどと同じくらい、その時代からいろんな意味で飛び抜けた存在であった。
-WORKSHOP MU!! Designing from 1970 and forever-
より抜粋。