
静寂の画家 鴨居 玲【かもい れい】
孤独のなかに命を懸けて絵を描いた人
晩年は祭りの後のせきりょうでも笑顔
フォトグラファーの富山恵美子さんが
95年に写真集鴨居玲を写真90点超
富山さんは鴨居が亡くなるまでの15年間
スペインや神戸で共に暮らし鴨居を撮り続けた
無邪気に笑ったり真剣な表情でキャンバスに
向き合ったりする鴨居の姿の他
老婆や酒を飲んで歌う人々など
鴨居作品のモチーフと重なり合う写真
* 1946年 金沢市立金沢美術工芸専門学校
(現在の金沢美術工芸大学)に入学。宮本三郎に師事する。
* 1950年 二紀会同人に推挙される。
* 1952年 芦屋・田中千代服装学園の講師となる。
* 1959年 渡仏 (1958年という説もある)。
* 1961年 帰国。二紀会を退会する。
* 1964年 創作に行き詰まり、南米、パリ、ローマを渡り歩く。
* 1965年 帰国。
* 1967年 二紀会同人に推挙される。
* 1968年 初の個展。この時、下着デザイナーの姉・鴨居羊子を
通じて知り合った小説家・司馬遼太郎と親交をもつ。
* 1969年 昭和会賞と安井賞を受賞。
* 1971年 スペイン・ラ・マンチャのバルデペーニャス村に
アトリエを構え、制作に没頭 (〜74年)。
* 1984年 金沢美術工芸大学の非常勤講師として講義。
* 1985年 神戸市の自宅で排ガスにより自殺。心臓の病気と、
創作に行き詰まり (この時期は自画像をひたすら描いている)、
たびたび自殺未遂を繰り返した末の死であった。享年57。
画中のサインは初期にはRei Kamoiであったが、
1971年頃から、Rey Camoyに改めている
□ 石川県立美術館 http://
■七尾市立美術館 http://
◇石川県能登島ガラス美術館 https:/
◆富山県水墨美術館 http://
この画家と付き合いは、亡くなって15年経った時から始まる。
以来、取材等を通して幾度となくその「顔」と対面しているが、
死後も衰えぬ人気を背に、ルーツとなる地で再会する機会が
また巡ってきた今の言葉で言えば風貌も人生も
「かっこ良過ぎる絵描きさん」だった鴨居玲の
没後40年展が石川県立美術館で開かれている。
金沢育ち、世界を放浪する中で感性を研ぎ澄ませ、
画壇の寵児となっても出会いを求め旅を旅を続けた人である
ほぼ自画像と言っていい作品群は自らの病をあぶり出すように
苦悶の表情を浮かべている。重苦しい質感は、
ポップなスピード感が主流となった
現代のアートシーンでは異質だが、
会場に足を運ぶ若い世代も多いという
「努力だけでどうにかなるものに一生かけるわけにはいかない」
鴨居が残したかっこ良過ぎる言葉であるが
デッサンの鬼と言われた師の宮本三郎に負けず劣らず修練を
重ねる努力家だった春と裏腹に心に重く刺さる作風だが、
光を求め彷徨した鬼才の魂の叫びを感じ取ることも、
旅立ちの季節には必要かもしれない
玲の父悠が嘗て主筆だった北國新聞2026・02・14より索引及び合掌
困ったときには