『天璋院篤姫』
2008年、NHKの大河ドラマに決定!
動乱の幕末、第13代将軍家定に嫁いで、1年7ヵ月後には23歳で未亡人となりながら、その後は大奥で徳川家の救済に尽くした。
1835年、今和泉家島津忠剛の長女として生まれ、一子(かつこ)と命名された。
1853年(嘉永6)18歳の時、薩摩藩主島津斉彬の実子として幕府に届けられ、名を篤姫と改めた。同年鹿児島を出立して江戸へ向かう。1856年(安政3)2月、第13代将軍徳川家定の御台所(夫人)に迎えられることが決定。7月に近衛忠熙の養女となり、名を篤君(あつぎみ)・敬子(すみこ)と改める。同年12月11日に結納した。18日に婚礼したが、1858年(安政5)7月に家定が死去。敬子は落飾して天璋院と号することになった。
困ったときには