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思考停止は、生きた屍だ!コミュの日々の生活の中で「これでいいのか!」と思うことは?

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思考停止にならないために必要なのは、時代の流れや社会が決めた“常識”を無自覚に認めないで、それを疑うことにあると思います。
そこで、日々の生活の中で、「こんなことでいいのだろうか?」と思うことを語り合えればと思います。
ただ、今回はぜひみなさんの自己体験を元に論じてみたいと思います。
よろしくお願いします。

コメント(10)

隗よりはじめろというならいで私から。
私は神戸の片田舎に住んでいます。
最近行われたJR西日本のダイヤ改正(彼らはこれを「ゆとりダイヤ」と呼んでいます)でとても不便になってしまいました。
午前11時から午後3時まで今まで8本あった普通電車が4本に(ちなにみ最寄り駅は普通しか停まりません)になってしまったのです。
「ゆとりダイヤ」とは、1年前に尼崎で起きた事故の反省から生まれたと、JRは説明しています。
彼らは事故の一因が過密ダイヤにあったので、もっと「ゆとり」を持って運行しようというのです。
しかし、事故の一因はそれだけではありません。
事故が起きた直後から、責任転嫁を繰り返してきたJRの企業体質にこそ問題があったと思うのです。
そして、この「ゆとりダイヤ」こそ、その顕著な例だと。
なぜなら、結局この運行本数を半減して、JRは無駄を省けるわけで、それは「ゆとり」ではなく「合理化=金儲け」ではないのか!
お陰で私は既に何度も駅で呆然とホームでなかなか来ない電車を待つ羽目に。
もちろん、私に「ゆとり」がないのも問題であります。
でも、「ゆとり」だの「反省」だの美名の下で彼らのやっていることは、「これでいいのか!」と思わずにはいられません。
ホームに立ちつくすたびにそう思う私は、もしかして田舎者のひがみなのかも……。嗚呼
はじめまして。自己紹介もかねて書き込みします。
検索でこのこみゅを見つけました。大学の社会問題を扱うサークルに所属しています。色々と不勉強な面もありますがよろしくお願いします。

日常の事柄について「これでいいのだろうか?」と思うことについてということなので。

今僕は八王子の大学に通っています。そこでは、毎日のように上空を横田基地、陸自立川駐屯地からの飛行機・ヘリが通過していきます。
ですが、学生達は皆それがさも当然であるかのように受け入れてしまっています。それがとても空恐ろしいのです。
たしか2004年だったと思いますが沖縄国際大学にヘリが墜落するという事件がおきましたよね。
あれと同じようなことがいつ起きてもおかしくない状況が現在も継続しているのにも関わらずそれを意識せずにいられるは、いや疑問にすら感じられないのは思考停止に陥っているからとしか僕には思えません。

しかし、それ以上に考えなければいけないことは基地があることが当然だと思ってしまっている人が余りに多いこと。そして、多少それが嫌だなと思っている人もそれが沖縄にあるのなら問題ないと考えてしまっているということです。

学問の場であり、社会に対して問いを訴えかけられるような場であるはずの大学の学生が横田や立川など身近にある「基地」を問題視できないということは、まるでこの社会のゆがんだ縮図を見せ付けられているようです。

特に沖縄について言えば、戦前・戦後を問わずに日本社会のスケープゴートにされているという事実がありますから。

まとめ切れていませんが、こんなことを最近は考えています。
つい熱くなって、長くなってしまいました。

本音を言えばもっと書きたいんですけど(笑)。
★ゆやさん
 ゆやさんの話は、私が以前から気になっている「手段の目的化」の典型だなと感じました。すなわち、自分にやりたいことがあって、そのための手段として学部を選んだり、大学院に進んだりがあるはずなんですが、大学や大学院に入ることが目的になってしまっている傾向を感じます。
 私の周囲にいる学生の人でも、就職活動をしていても自分の進路に迷っている。やりたいことを達成するための最良の手段を探している迷いではなく、自分にやりたいことがないことに気付き、でも社会の一員にならなくてはという焦りがそこにあるんです。

 大学院で自分の興味あることをより深く掘り下げ、教授や研究者と議論をぶつける。そういうのを学究生活だと思うのですが、どうも大学院にいることが大事(つまり目的)で、そこで何をするかはどうでもよくなってしまっているんでしょうか?
 無論、研究は独りでもできるんでしょうが、時に意見をぶつけあってこそ生まれる新しい発想もあると思うのですが・・・。
 資格を取ることも、語学を学ぶことも同じですよね。何かやりたいのではなく、それをとれば就職に有利とか、資格でしか評価されないからという人が想像以上に多い。それも一つの思考停止ですね。


★ アストラーベさん
ようこそ、コミュニティへ!
アストラーベさんの指摘も、私自身が気になっていることの一つなんです。
つまり、“現状肯定が前提の世の中”ということです。
 横田や厚木に基地があるんだから、八王子上空を米軍機が飛んでもしょうがない。沖縄が大変なのは分かるけど、実感ないし、今の日本の現状を考えると仕方がない。   
 そういう最初に現状肯定ありきの風潮を最近とても強く感じます。しかも、最近はそういう現状肯定という意識すら埋没している気がします。

 そこで日米安保反対!と叫ぶのは、短絡的ではあると思います。でも、なぜ日本に米軍基地があるのかを考えず、沖縄の歴史を知らないですませることをよしとすることは、私はとても危険だと思います。
 ややっこしそうなことは考えない、見えない。そういう時代が長すぎた気がします。私は一人ひとりが日々の生活や現状に疑問を持つこと、それが我々が生まれてきた使命(ちょっと大げさですが)だと思うのですが・・・。
だめだ……「こんなことでいいのだろうか」、と思うことが多すぎて整理できないです。

それでもあえてひとつ言います。
仕事の性格上、私は各地の観光名所に行くことが多いのですが、そこには平日も休日も老人の旅行者で溢れかえっています。もう、びっくりするくらい見渡すかぎり老人です。

苦労して長年勤め上げた年輩の方々は、人生のご褒美として第2の人生を楽しまねばならないし、青春は60歳からだって言うのも、そりゃまぁ、まだ平均寿命まで20年もあるしね、まだまだ若いしね、とは思います。
でも、こんなに名所旧跡で遊ぶお金が(年金や退職金含めて)あるならば、どうしてそれをこれからの時代を生きていかねばならない子供達のために使えないのだろうか?とも思うのです。

自らが貯蓄した資産で、老後をどう過ごそうが自由勝手です。

でも、年がら年中遊んでいる老人がいる一方で、家の事情で学校も通えない子ども達も少なくない、というのは、こりゃなんとかならないもんだろうか…とも思うのです。
なんか、ものすごい無駄遣いしてる気がしてならないのです。

とはいえ、新聞の投書なんかには、そういう不満をあげつらって、「だから少子化を防ぐためにも援助が必要で、子供が塾に行く費用や病院に行く費用だって無料にすべきだ」とか言ってる人もいますが、それは、また、ぜーんぜん違う話だとも思います。

結局、どなたもこなたも、自分のことしか考えないエゴイストが蔓延している、ということなのでしょうか。
みなさん、ここにコメントを書かれているので、私のほうからも書きます。

最近自分探しのための活動だとか、生きがいを見つけるだとか騒がれていますが、自分のアイデンティティというものを探すという行為が家族や企業含む広い意味での集団組織からのプレッシャーから来るものではないかと思います。

企業による個人への責任転嫁(いわゆる「誰か一人のせいにする」ということ)もそうなのですが、個に対するプレッシャーというものが重くなってきているのではと思います。その結果、個人に能力がないと首を切られるという不安や、自分というアイデンティティがないと人から注目されないという不安が出来るのではないでしょうか。
本当は組織の運営面や、組織の中のシステムなどがうまくいっていない場合もあると思います。組織の内部の人の間でうまくいっていない不安があった時に、「これは誰々のせいだ」と決め付けることで気持ち的に安心し、問題は浄化されるのだと思います。その組織が問題としている人を排除すると、また新たな問題の人を作り出し、排除する傾向があるのではないかと。学校のいじめなども似たようなものではないかと思います。「自分ではない誰々が劣っている」と思い込むことによって、いじめる対象以外は劣等感がなくなり安心するのだと思います。

個人の成長はもちろん大事ですが、プレッシャーを与えられながら成長したとしたら、その満足度も少ないと思います。それもあり、自分探しをしている人は周囲からのプレッシャーがなくなる(=自分が認められる)ことがなくならない限り、ずっと自分探しをし続けるのかもしれません。
Yukiさん

 今回は、実経験を元に書いて欲しいと思います。
 ご自身は、自分探しやアイデンティティを明確にしなければと思われたことはありませんか?
 あるとすれば、それはどんな時でしたか。
 逆にないとすれば、なぜ自分探しをしなくても大丈夫なんでしょうか?

 私は、自分が生きていく上で、「自分とは何者で、そのために何ができるのか、そして実際何をしているのか」と自問自答することはとても大切だと思います。
 それを自分探しと呼でも良いかも知れません。
 あるいは生きている意味であり、ミッションと呼ぶ人もいるでしょう。
 でも、それは本来「探す」ものではなく、意識しているものだと思うのです。

 しかし、それを敢えて意識して「自分探しをしている」と言わなければいけない社会がある。
 それが、Yukiさんが指摘したことなんだとは思うのですが・・・。
横からコメント入れさせていただきます
「自分探し系」とかが流行ったりしてましたね
流行とは関係なしに昔からいたと思いますが、そもそも近年のそういうはっきりした流れがどこから出てきたのかを考えると、何かの反動でしょう
もしくは例の「個性的であれ」と煽る教育方針の末路でしょうか

しかし10代後半には誰もが感じるホールデン君的な己という存在の謎に悩むのは通過儀礼だとしても、例えば20代半ばにバックパック背負って自分探しに行く!とかいってインド行ったりはちょっとイタイなって感じはあります

総じて、自分探し系の人は恋人が出来たり、自分を承認してくれる共同体が見つかりさえすれば途端にそういう傾向がなくなると言った印象があります

つまり自分としては、自分になにが出来るだろう?とか自分は何ものなのか?とか考えてる暇があったら、自分の「やりたい事をやれ」といいたいです
自分が何者であるか、は場所が変われば変わっちゃうような相対的なものです
そして他方、そもそもアイデンティティというのは、どこにいようと、どんな振舞いをしようと自分は自分であるという、肩書きや所属とは無縁の内的確かさです
他人がどうであれ自分は自分ってやつです

「自分探し」をしてしまう人は、他人から見た自分というイメージを獲得したくて「自分を受け入れてくれる共同体や他人を探す」んじゃあないでしょうか

そういう意味では、yukiさんの指摘するように、家族や企業が若者を取り入れたいと考えたときに、その集団への帰属を「アイデンティティだよ」とか言って提供しようとするのも1つの戦略なのでしょう
>真山仁さん

実経験を、、、と言われると書くのが重い話になってしまうので何なのですが、実際に私の知り合いでカルト宗教に入信し、家族を捨てて行方不明になってしまった方がいます。入信した人にとってみれば、カルト団体に自分を認めてくれるので居心地がよく、本人は「自分がどういう人間がよく分かった」と言そうです。(それはそのカルト団体から与えられた定義です。)
その方は、小さい頃から親から過剰な期待をかけられて育てられ、高学歴で大学に行きました。それがかえって本人にとってのプレッシャーになっていたのではないかと思います。
少子化によって一人あたりの子供への親の注目が大きくなり、期待も過剰になったという背景があると思います。それとは別の場所では「一人一人のいのちの尊さ」を主張したり、個性を大切にしようとする動きなどもあり、個のアイデンティティ探しというものと表裏一体になっていると思います。

私自身に関して例えば話しますと、女性なので女性のアイデンティティについて考えさせられる環境で育ったというのもあります。私の親の世代だったら女性に生まれたというだけで結婚して主婦になって子供を育てるという選択肢が当たり前になっていて、今では女性も社会進出してきた背景もあり、昔あった女性の定義というものがなくなってきたというのもあると思います。昔は自分の家族が自分の所属する集団だったと考えるなら、今は働く女性として家族以外の他の集団へ属すことによってアイデンティティを保つといった背景があるように思います。実際にはお金に困っていなくても、就職して企業に属さないと不安に思う女性も私の周りにはいます。

私はアイデンティティというものはそもそも探すものではなく自分が定義するものだと思っていますが、自分の力ではどうにもならないと思い、所属団体やパートナーなどに求める傾向もあるように思います。

たちばなさんの
>総じて、自分探し系の人は恋人が出来たり、自分を承認してくれる共同体が見つかりさえすれば途端にそういう傾向がなくなると言った印象があります

というのも私も同感です。例えば自分のやりたいことを仕事の中で求めていた女性が、結婚を機に仕事をやめ家庭に入り、本人はそれでも構わないと思うのもその例だと思います。

自分探しというのも、具体的に何を指すのかは曖昧な定義なのかもしれません。自分自身に対して不満足な状態から抜け出したいというだけで、その行動を「自分探し」と呼んでいる人もいるのかもしれません。これはただの憶測なので違っているかもしれませんが。
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子を持って知る、嫌、精神的ドロップアウトの私だから感じ続ける違和感です。

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