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素敵な「やまとことば」コミュの国見の歌

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大和には 群(むら)山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙(けぶり)立ち立つ 海原は かまめ立ち立つ うまし国そ あきづ島 大和の国は
   万葉集 二  情舒明天皇
*とりよろふ 語意不明 かまめ立つ〜かまどの煙が立つ

 国見(くにみ)とは、高いところに登って国を見わたすことである。万葉集の巻一には、国見の歌や国ぼめの歌、天皇を褒め称える長歌が数多く見られる。それらを読んでいると、微笑ましい気分がしてくる。前にも「まほろば」のトピックで書いたが、どうやら私達の祖先は、先住民を駆逐することが少なく、大和の地にたどりついたようだ。古代において、人はまず丘陵地に住み着き、稲作の伝来により、盆地、最後に灌漑技術の確立によって平野部の低湿地を切り拓いたらしい。情舒明天皇のこの歌の中にも稲作の様子が窺われる。
 大和朝廷は、東征により東夷を掃討するのではなく、農耕生活を受け入れることを先住民に課したのであった。先住民の大半は農耕を受け入れたが、中にはそれを頑なに拒み続けた人々もいた。彼らは「山のもの」とか「山窩(サンカ)」と呼ばれ、昭和初期まで存在していたらしい。彼らは定住を嫌い、鉄の掟と厳しい身分組織のもとに狩猟・採集生活をしていたようだ。彼らは、大和の民から「鬼」に例えられ恐れられたりした。彼らは独自のネットワークを持つため、大名の中にはそれを駆使する者もいたようだ。忍者と呼ばれる組織の中にもサンカが含まれていたようである。
 稲作について考えている内に、話しがずいぶん脱線してしまった。昭和に入り、徴兵制、戸籍制度が整備されるにつれ、サンカはほぼ消滅してしまった。それから数十年後の現代、一時、米食離れが懸念されたが、それは単に食材が豊富になっただけであったようだ。日本人の食の基本はやはり「米」にある。情舒明天皇が丘からたわわに実る稲穂とかまどの煙を見て安堵した心が、そのまま私達の心の中に息づいている。今年もまた、新米の美味しい季節になった。

コメント(6)

この歌とても好きな歌の一つなんです。
日本という国を本当に美しく表現していますよね。
この歌人はほんとに日本を愛していたんだなあと思っちゃいます。
農耕民族と山寡の話もとても興味深かったです。
 milky さん、ありがとうございます。milkyさんも万葉集がお好きなんですね。

 私は、万葉集を枕元に置いて、ぱらぱらとめくって読んでいます。巻一の長歌や返歌のやり取りは牧歌的で微笑ましい感じがします。
 サンカ研究の本は十数年前に数冊読んだのですが、サンカには自分たちのことを外部に漏らしてはならないという掟があったらしく、詳しく分っていないことが多いようです。サンカとか外法道などのアンダーグランドの歴史も勉強してみたいものです。
トピックとは全然関係ない事ですみませんが…
今月中に修験道についてレポートを書かなければいけなかったので、
山窩と外法道の事のことをご紹介頂けてラッキーでした。
早速調べてみます。
いい歌ですね。とても、懐かしい気持ちになります。
一つ一つの言葉が味わい深くて。

特に最後の、
『うまし国そ あきづ島 大和の国は 』
を読むと、私達の国はそうなんだ、としみじみ思います。

京都人ですが奈良が大好きで、1年に何度か訪れます。
今年は3度。3月にはあしびを見、好きな仏像と会いに。
7月に法隆寺へ百済観音。9月には、三輪山辺りを散策。

これからは万葉の地も訪ねたくなりました。
【雷】『田』に『雨』が降り稲が実り
【稲妻】雨の予兆であるイナツマに『稲』の『妻』という関係性

古来、日本で雨乞いを祭司する存在が【天皇】として崇拝されてきたことを物語り、農耕民族の根源が漢字・単語に表現されているのが、《ことばの力》ですね。
情舒明天皇ならではの歌に感じ入りました。

【うまし国】美し国は旨し国、僕の日本酒での失敗も、天の甜酒の甘露に酔いすぎたまで、と、いつか良い想い出になる?と思います。

とりよろふ、鳥が寄る?取り鎧う?鳥も酔う?
分からないですね、とりあえず呑みに行ってきます。

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