ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

カール・マルクスコミュの現在の革命運動(左翼運動の歴史、10)。

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
現在の革命運動(左翼運動の歴史、10)。

この論文を読んだ方は、必ず、「前の日記」である「中核派と革マル派の労働運動の違い(左翼運動の歴史、8)」「日本が最も革命に近づいた日(左翼運動の歴史、9)」を読んで下さい。

先進国の生活水準が急上昇し「何でもできる」「何をやっても許される」という風潮の中で蔓延したのが「ミニスカート」「フリーセックス」「マリファナ」「ヘロイン」「ウーマンリブ」「ロックンロール」「ヒッピー」「ベトナム反戦」「全共闘」の、「時代の流行=ファッション」としての風俗、反権力闘争であった。

それらの1960年型の「新左翼」運動は、アイドル・タレントがファンに捨てられるように、すぐに消滅した。

この風潮に乗った新左翼「三派」の運動は破綻した。

総評議長太田薫、総評事務局長岩井章が、ソ連から「レーニン国際平和賞」をもらうほど、ソ連を絶賛していた、総評(日本労働組合総評議会)、総評と一体であった社会党は、ソ連崩壊と共に消滅する運命にあった。

1960年代前半、中ソ対立において、中国を支持し、1964年4月17日に予定されていた国鉄を中心とする大ストライキを中止させようとした日共は、中国から「日中国交回復に前向きな池田首相を窮地に陥れてはならない」と命令されて、それに盲従したのである。

その日共も1970年代末にはソ連一辺倒になった。

こうした社会党、共産党が、ソ連の崩壊に大打撃を受け、消滅、変質したのは当然であろう。

左翼は、唯一、革共同革マル派のみになった。


革共同革マル派(以下、革共同とする)は、全世界の革命的左翼に呼びかけて、新たなるコミンテルンの結成を目指している。

そのために、革共同議長・黒田寛一の著書を12冊以上、英語とロシア語に訳して、全世界に配布している。

今や、世界の左翼の中で、革共同の名前を知らない者は居ない。

イギリスには、黒田寛一の理論に基づく「革命的マルクス主義者」という組織が出来、活発に活動している。

革共同が主導権を持つ動労(国鉄動力車労働組合)は、どうなったのか。

国鉄分割民営化前には、3万人だった動労は、民営化後の1995年には、9万人の大組織になり、組合内では20代、30代の若い役員が多数、育っている。

大学には、日共、「三派」(中核派、共産同。解放派)などの「新左翼」が居なくなったが、全学連は、健在である。


30年前と同じように、全学連の活動家は拠点大学の自治会執行部を掌握している。

全学連に敵対してきた日共、新左翼が、大学では、消滅したため、学生運動が死滅したように見えるだけである。

全学連の活動家なら、今でも、たくさん、居る。

全学連は、革マル派の指導を受けているが、マルクス主義学生同盟革命的マルクス主義派(マル学同革マル派)に加入できるのは、5年以上、学生運動をやった学生の内、優秀な者だけである。


その他の活動家は、全学連フラクション、イラク反戦闘争委員会、社会科学研究会などのサークルに入っている。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

カール・マルクス 更新情報

カール・マルクスのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。