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九条の会@mixiコミュの日本とドイツ

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戦後のドイツとの比較は有効だと思う。御存じのように戦前は日独は枢軸国同士だった。

最近のニュースで、ドイツは借金が無くなったという。日本は一千兆円超えた。

前者は脱原発に舵を切った。後者は、再稼働とかなんとか言っている。

ナチスに時効はない。日本はA級戦犯が首相になった。岸信介のことだ。

裁判制度は、その筋では良く話題になる。『日独裁判官物語』と言う映画がある。

裁判官もナチスに加担したのではないかという深い反省に基づいている。大橋巨泉さんが司会をしておられた日本テレビの『巨泉のこんなものいらない』で、言及されていた。ドイツでは民主的な裁判制度が行われている。日本では相変わらず、官僚的なままだ。戦後改変されたところもあるが、旧弊が揺り戻している、という指摘がなされている。ドイツでは市民に開かれた裁判所だが、日本は閉じていて、人権よりも秩序を重んじる傾向が強い。これは一端にすぎない。きりがないので、止めておく。

加藤さんも、よく戦後のドイツと日本との比較をなさった。『憲法9条新鮮感覚 日本・ドイツ学生対話』加藤周一+浅井イゾルデ 桜井均 編・花伝社・2008/4/15.は、加藤さんが呼びかけ人となって成った書籍である。安倍氏を批判する際に、指標としての戦後のドイツを挙げれば、効き目があるかもしれない。泣き所だろう。同書の帯文を引用しよう。
「9条は世界に旅立つ 老人と学生の連帯はまだ確かなものではない。しかし常に可能性を秘めている-加藤周一- 日本語とドイツ語で読む 新しい9条論」

おりしも、安倍内閣の高市早苗総務大臣と稲田朋美政調会長が、「国家社会主義日本労働党」代表を名乗る人物とツーショット写真が海外で取りだたされ、問題視されている。当該団体はネオナチと定義する向きもあるという。戦後の日本とドイツとの比較が大事だとここでお示ししたのも、あながち的外れでないかもしれない。

明治以降、日本の指導者たちは、ドイツを範として国づくりを進めてきた経緯がある。由縁は浅からぬものがあるのではなかろうか。戦後ドイツは変わった。変わらなければ、今のような国の存立はあり得なかった。ポーランドやフランスとの関係も劇的に変わった。そのことと戦争責任を認め、戦前と百八十度変わったということとは関係があるはずだ。しかるに日本はどうだ。またぞろ戦前に回帰しようする傾向が強まっていないか。近隣諸国との関係はどうだ。ドイツにおけるポーランドやフランス、すなわち日本と中国、韓国との関係はどうだ。

よし、もっと言おう。ドイツが嫌なら、オーストリアを引き合いに出してもいい。ハイダーが登場すればヨーロッパ中で批判を浴びる。オーストリアは美しい国だ。音楽があって、芸術は素晴らしい。国土もきれいだ。しかるに水面下ではナチの残党が居る。日本も芸術があり、山河は風光明媚だ。しかるに水面下では戦前を賛美する右翼が居る。右翼が台頭すれば、韓国中国が批判するのは、まさに同じことだろう。パラレル、すなわち並行関係にあるのは、中学程度の算数の知識さえあれば誰でもわかる理屈だろう。

コメント(5)

子供の頃、マンガなどで戦記物が流行ったけど、ほとんどが能天気な内容でした。日本が悲惨な目にあったというのは聞いて知っても、日本軍が侵略して残虐な行為もしたとかいう反省は大人たちから聞かされませんでした。侵略したり日本から戦争しかけたから悪かったのではなく、勝てそうもない戦争やったから間違ってたという程度の認識だったようです。中国でも東南アジアでも残虐行為が行われたなんて教わりませんでした(今の日本史では多少取り扱いますが)

日本の加害責任が言われるようになったのは、戦後40年以上経った頃からで、その後に「自虐史観」という巻き返しがあり、今や欧州の極右に匹敵する自民党右派が政権を握り、野党も然りです。

欧米諸国も、そのような日本に対して、冷戦下の戦略上甘い態度を取ったからこうなったという面もあるでしょう。
ドイツでは「おじいさん、おばあさん、あなたはあの頃本当は何をしたの?」という強烈な教育プログラムで子供たちに鋭い聴き取り調査をさせたものです。民族の猛省と負の遺産の継承はそこにこそありました。翻ってこの日本は・・・何とも情けない。
「日本会議」、「在特会」のような集団は日本のこれまでの正統的な右翼とは異なる狂信的な集団です。このような連中がはびこるようになった土壌はどこにあったのでしょうか?戦前のドイツにおけるナチの台頭と同じような状況があるのでしょうか。結局はあも大戦の徹底的な総括をしなかったからでしょう。
『文学にみる二つの戦後 [日本とドイツ]』朝日新聞社・1995/8/25.
 アーネスティン・シュラント/J・トーマス・ライマー 編
 大社淑子/酒井晨史/金井和子          訳

日本からは、加藤さんと小田実さんが参加されておられます。

帯文から(表)
「「負の遺産」をめぐる50年
過去の回避と直視、記憶と忘却、連続と断絶にわれわれはいかに対峙してきたか━。廃墟から繁栄へと駆け抜けた歳月を、鏡としての文学を通して検証する。
 
日本、ドイツ、アメリカの代表的論客がワシントンで一堂に会した「第二次大戦とその遺産━西ドイツと日本の文学の比較」(ウッドロウ・ウィルソン・センター主催)。」

朝日新聞社・定価3600円(本体3495円)

帯文(裏)から
「文学上の真実はしばしば政治的または経済的分析よりも深く実情を捉え、そうした文学を創造する社会の条件と価値を反映している。(「序として」より)

―――――――――――――●目次(抜粋)●――――――――――――――――
  二つの長い戦後                C・グラック
  過去に挑戦する西ドイツ            W・ヒンデラ―
  日本の知的風土               I・日地谷=キルシュネライト
  「誰が罪を犯したのか」            J・ライアン
  「知識人の時代」の終わり           加藤周一
  現代世界と作家                小田実
  過去と折り合う戦略              P・シュナイダ―

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