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哲学 思想 精神 コミュの 神の存在証明 arguments for the existence of god 

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主として、中世哲学における理性による、神の存在の根拠の提示を意味する。
神の存在は、諸事物の存在が自明であると同様に、自明と考えられていたが、 トマス アクィナスが『神学大全』において取った立場が示すように、神は、自然なる理性においても、その存在や超越的属性が論証可能な存在である。
このように神の存在を、理性(推論)によって導出する手順が、「神の存在証明」と呼ばれる。
神の存在証明は、古代から中世にかけての哲学的思索の中で、代表的には3つのものが知られ、これに、3つの神の存在証明を全て論駁し否定した イマニュエル カントが、彼自身の哲学の帰結として要請した「神の存在」の根拠が加わって、4種類が存在する。

また、この4種類の存在証明は、いわば典型的な論証形式のパターン区別に当たり、他の様々な個別的な思想家が、神の存在証明を試みてきた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E3%81%AE%E5%AD%98%E5%9C%A8%E8%A8%BC%E6%98%8E (CP:http://zhp.jp/6EYR )

コメント(5)

以下は読解ノートです。

『神学大全』第2問第1項 神が存在するということは果たしておのずから明らかなことか

アンセルムスは神という概念にはすでに「在る」ということが定義上、含まれているのだから、在るのは自ずから明らかだとしたという。
これに対してトマスは、神を人間はそもそも完全正確に概念化できないはずだとした。
また、たとえ概念化に成功したとしても、概念的存在の把握はまだ実在にはたどり着いているわけではないと言う。
したがって神の存在は自ずから明らかだ、自明だと言うのは間違いであり、別の論証を必要とするとトマスは言う。
神は存在するというのは果たして自明なことか。
トマスはまず、自明だと考える人たちの論拠をあげる。

1 排中律や矛盾律などが第一原理としてアリストテレスにより、それらは私たちの内に自然本性的に内在しているのだとされたそういうことが、われわれにとって自明だということに他ならない。
ダマスケスの『正統信仰論』によれば、神が存在するという認識は万人に自然本性的に内在しているのだから、神の存在は私たちに自明である。
神は存在するというのは自明だという主張をする人たちが挙げる論拠の2。

名辞の意味が知られたなら、自動的に知られるようなことは自明というとアリストテレスは『分析論後書』に、第一原理の特徴として書いている。
神という名辞の意味は、それ以上大きなものが無いという意味だ。この意味をわれわれが理解すると自動的に神がわれわれの知性のうちに存在することになる。ところで、知性の中にも存在し、かつ実在界にも存在するというものは、単に知性の中に存在するだけのものよりも大きい。したがって、それ以上大きなものが無いという神は、単に知性の中に存在するだけでなく、実在界にも存在しなければならない。
よって神が存在するというのは自明である。
神が存在するというのは自明だという論者の根拠その3

真理があるのは自明である。真理は無いと言う者もいるが、実は彼らも真理があることを図らずも認めているのだ。なぜなら、本当に真理が無いとしたら、真理は無いと言っているそのことは真理だからだ。
反対に真理があるなら、その場合にももちろん真理はなおましてあるわけだが、『ヨハネ伝』第14章に「私は道であり真理であり命である」と言われている。
神は真理そのものというわけだ。ならば、神は存在するというのは自明である。

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