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後藤新平コミュの本の紹介

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コメント(9)

雑誌『東京人』2007.10 no.245
都市出版
[特集]生誕150年 後藤新平

160ページ中100ページ分この特集です。もしかしたら東京人の名のごとく東京でしか売ってないかもです。
アマゾンで売っていなかったので
都市出版に直接注文しました。
楽しみです。
情報ありがとうございます。
雑誌『歴史街道』2009.2
PHP研究所
[特集]台湾、満州、そして… 
   後藤新平・東京を創造した男

P76〜96で特集として組まれています。ちなみにP116〜122は盟友・児玉源太郎の特集がありました。
よんじょーさん、はじめまして。

歴史街道の紹介を読んで、早速書店で購入。目を通しました。ボリュームはさほどありませんでしたが、きれいな写真も挿入されていて、初めて知る人の関心も引く体裁だったのではないかという感想を持ちました。

生誕150周年のあとも、こうして注目され続けている後藤新平はやはり偉大だなとつくづく思っています。

これからも情報交換よろしくお願いします。
雑誌『都市問題』2007.8 vol.98 no.9
(財)東京市政調査会
[特集]後藤新平「大風呂敷」の実相

改めまして。HNを入鹿守に変えました。

今頃すみません。
江戸東京博物館の後藤新平展で、購入しておいた物です。

それと、
>よんじょーさま

近頃、十河信二のコミュを作ったのですが、
相互リンク貼らせていただけないでしょうか?
よろしくお願いします。
後藤新平傳の白眉は
鶴見祐輔著『後藤新平』全四巻(1937年)
最新の復刻よりは1965年版もしくは、初版を強くお勧めする。

鶴見祐輔が誇る美しくも感動的な文章は、旧仮名遣いでなければ味わいきれない。
筆者は後藤新平の女婿にして、雄弁家。全世界に遊び、欧米列強に現代日本を訴えること幾星霜。国内新自由主義運動を起こさんとし、また、伝記文学「新史伝」を高唱す。
1931年の「ナポレオン」を筆頭に、1936年の「ディズレリー」まで、彼の伝記は青年を熱狂させ、大人の読む伝記を確立した。
本書はその彼が、自ら英雄と仰いだ後藤新平に、ほとんどすべての精魂を傾注して執筆した大伝記であり、編集員会も、鶴見の文章をほぼすべて取り入れた。
原稿用紙約2万枚!と言われる本書は、欧米の優れた政治家の伝記に比肩しうる数少ない本邦の伝記の代表格として、今なお、読まれねばならぬ書籍である。

なお、本書の部分を再構成し、戦時中に「後藤新平傳」が出版された。
また、この戦中版は、戦後も太平洋出版社から再出版された。

他に後藤新平傳としては、大日本雄弁会講談社を中心に活躍し、少年向けノンフィクションなどで著名な澤田謙の「後藤新平一代記」平凡社(1929年)がある。
澤田は鶴見の友人であり、後藤の信者の一人。後藤の逝去後、まとまった伝記としてはこれが通俗的であり、かつ読みやすくまとまっており、現在も比較的廉価であるので、まずは一読を勧めたい。鶴見の決定版には及ばないが良書である。
澤田謙はまた、昭和18年に後藤新平傳を講談社から出しているが、これは、上記の内容を多少改めたものである。戦時中にかかわらず、再版されている。


その他、後藤新平の評伝類では信夫清三郎著『後藤新平〜科学的政治家の生涯』(1941年)がある。これは、鶴見のいかにも偉人伝という観点では無く、科学的政治家としての後藤新平(魚の眼の話は有名であろう)を活写している。これもまた、良く考察された伝記であり、多少堅い内容だが、読んで損の無い書籍である。

生前の書きものとしては鈴木春一/小田大泉の共著で「人気の頂点に立てる後藤新平」(1923年)という本がある。こちらは生存中の生のエピソードが豊富で、検証のしようがないが面白い内容の本である。今で言う、「政治家の本」である。付録として、日露交渉の顛末などのパンフレットがそのまま掲載してあるので貴重な資料と言える。

最後に未読ではあるが、最近入手した評伝で「一世の風雲児後藤新平」(1929年)という本がある。読んでいないので何とも言えないが、このほかにも何種類か戦前の評伝が存在している筈である。

好学の士の参考までに
別件で、「後藤新平」を検索していたら、ヒットしましたので、ご紹介します。

“町の散歩”が役立った歴史的事件とは?
新刊JP - 01月06日 23:00
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2278881&media_id=112
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 勝海舟、江戸川乱歩、大隈重信、東郷平八郎などなど、歴史的人物の言葉やエピソードは、非常に面白く、そして現代に生きる我々にとっても大いに役に立つ。では、歴史に名を残した人物たちは、どんな人で、どんなエピソードを残したのだろうか。

 『人生の達人』(出久根達郎/著、 中央公論新社/刊)では、渋沢栄一、泉鏡花、後藤新平といった財界、文壇、政界等で活躍した人々の人生のエッセンスといえる多彩なエピソードを紹介する。

 まず、第8・17代内閣総理大臣であり、早稲田大学創設者でもある大隈重信は、「人生125歳」説を唱えていた。生物は成熟期に達した時の年の5倍は生きる。人間だと25歳が成熟期で、その5倍だから125歳となる。これが大隈説の根拠だ。
 早稲田大学は2007年に創立125年を迎えたが、125年という半端な数字にもかかわらず、大々的に新聞などで報じられたのもこの大隈説があったからだ。
 大隈は早稲田大学の創立者として有名だが、手掛けたのは早稲田大学だけではない。新島襄が同志社を立ち上げる際、寄付集めに奔走した。さらには、成瀬仁蔵の日本女子大学開校にも尽力し、わが国は女子の高等教育を疎かにしていた、その為、わが国力は半分であった、半分損失していたわけである、と演説したという。

 江戸城無血開城の立役者である勝海舟は、明治の世になって「どうも近頃の人間は元気がない。人間に勢いがある時は、頭の上から陽炎のように炎が立っている。」と嘆いていた。
 海舟は若い者に、時間があれば町をぶらつくことを勧めた。長崎留学の際、オランダ人教師に「何事となく見覚えとけ、いつかは必ず用がある。兵学をする人は勿論、政治家にもこれは大事なことだ。」と教えられたという。海舟はステッキの頭に磁石をつけ、長崎中を歩き回った。これが習慣になり、どこへ行っても単独でぶらついたのだ。だから、東京は知らない所はない。日本橋京橋はむろん、下町の裏通り、米屋がどこの横丁にあり、豆腐屋がどこの角にあるか、すべてのみこんでいた。「市中観察」は、無血開城策に役立ったと述べている。

 歴史に名を残した人物も生きた時代は違えど私たちと同じ人間。成功もしていれば、失敗もした。
 歴史的人物たちのエピソードや言葉に、親近感が湧いたり、参考になることがあるはずだ。
(新刊JP編集部)
こんにちは。
歴史海道2011年3月号 児玉源太郎
山岡淳一郎;後藤新平 日本の羅針盤となった男、草思社、2007
の、2冊も良いですよ。
歴史読本2013・8月号にもありますね。

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