“モダンタイムス”はまさに“インタープレイ”の世界、スポンテニアスな空間です。カーン&ジャクソン&ジョーダン&バドレーナの面々が丁々発止を繰り広げる“クールな世界”。ともすると水彩画のような清涼感と対比をなす情炎の世界…。“アイス&ファイアー”とでも言いましょうか。こんな世界はなかなか他にはありません。強いて言えばJ・スコフィールドがD・チェンバースを発掘して成就させた“ブルー・マター”('87…でしたよね?)がそれに近いかなと思いますが(スコフィールド自身が"アイウイットネス"に多大な影響を受けていることは有名な事実ですね)、それでも及びません。
ジョーダン→ウェックルにシフトして“パブリック・アクセス”となるわけですが、確かジャクソンは“ジョーダンの抜けたアイウィットネスなんて…”“ジョーダンとリズムを組めないのなら自分も辞したい…”と思っていたという“逸話”を私は聞いたような記憶があります。確かにそこが“モダン・タイムス”(正確には“アイウィットネス”)から“パブリック・アクセス”までのスパン、“ブランク”になっていた筈です。現にジョーダンは85年にはスティングの“ブルータートルの夢”(←スタジオ盤)“ブリング・オン・ザ・ナイト”(←2枚組LIVE盤)にてスティング・ハウスバンドのドラムに座っています。蛇足ながらここでのリズムをダリル・ジョーンズと組むこととなります。このリズム・セクションもこれはこれでハマっています。
話が逸れましたが、ジャクソンはウェックルで一応は納得したようです。その結果が“パブリック・アクセス”というわけです。EDKIMさんもおっしゃる通り、ウェックルも確かに芸達者には違いないのですが、彼はここでのプレイで“一皮むけた”と私は思います。“ブルーゾーン41”や“ブタン・エルビン”あたりのプレイはそれを示していると思います。カーンも心地よくのせられているように映ります。
そして、デニチェンへのスゥイッチを迎えます。彼は恐ろしいプレイヤーです。そしてプレイを、カーンを、ジャクソンをよく理解しています。以降はしばらくこの体制で落ち着くのは周知の事実で、当然の成り行きといえます。
3年位前にネットで'94のLIVE盤“LIVE IN KOLN”と言う3枚組のCDを入手しました。ドラムはデニス、バドレーナ抜きのトリオです。バドレーナ抜きでは“アイウィットネス”ではないような気もしますが、それこそまさに“彷彿”させるものがあります。楽曲もそれこそ“Where's Mumphrey?”“Dr.Slnmp”あたりから“Blue Zone 41”そしてその当時の新曲“Capricorn”あたりまでをカバーしており、なんと“Blades”まで登場するのです!!
“馬力で勝負”のコメントに私も同様の思いを持ちました。私が引っ掛かっているのも実はその部分です。“盛りの量と背脂ギトギト”の“パンチが命”で大衆に支持をとりつける“昨今のラーメン家”のようで。それだけでは何かが違います。とは言ってもM・ブレッカーをフロントに招いての“I LOVE PARIS”あたりにプレイは“抑えて粒たたせた”いいプレイをしていると思います。デニスはもとよりカーンも結構後ろに回ってブレッカーを支えているように映ります。“ワン&オンリー”のブレッカーの“ならでは”のプレイも流石です。
> “盛りの量と背脂ギトギト”の“パンチが命”
これもうまいっ!Chambersは「一発もののファンクなんかやらせると本領発揮ですね。かわったところでは「ファンクの帝王」George Clinton参加のThomas Dolbyの"May The Cube Be With You"です。でも考えてみるとEyewitnessも「一発もの」的発想ですよね。