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シティホテルコミュの消えゆくホテル

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東京ステーションホテルが3月一杯で閉めるとのこと。
東京駅の改築の話しも聞かないし、どうなるだろう。
いまどき東京駅にホテルがあることも知らない人が多いようだ。

もう一つ、キャピトル東急が11月一杯でクローズとのこと。
知らなかった。新しいビルが建つらしいが果たしてホテルを造るのかどうか。

僕なんかの思いでは、キャピトル東急ではなく、その前身のヒルトン東京です。初めての外資系ホテル、充実したFB関係、ものすごく広いゲストルーム、当時としては最高のホテルでした。

たしかヒルトンは1963年営業開始、ところが1983年12月末日までで、その翌日1984年元旦からキャピトル東急に変わっちゃったんです。

もともとは東急が持ち主で、ヒルトンが経営契約で20年間の営業をしてたのでしょう。何しろ一晩でネオンサインや全てのロゴが変わったのにはほんとに驚きでした。

とにかくRipo Barがよかったなー。フィリッピンバンドが入ってて日本のホテルなどとても太刀打ちできない雰囲気でした。

マンダリン、ペニンシュラ、リッツ・カールトンなどなど、新旧交代は自然の理。でも惜別の念は禁じえません。

コメント(29)

ステーションホテル、閉めてしまわれるのですか。
クラシカルな雰囲気が好きだったんだけれどなぁ。
おまけに地方から出て行くには立地も良かった。
なんだかさびしいですねぇ。
改築とかではないのかな?
東京ステーションホテルは2011年に高級ホテルへ生まれ変わって復活の予定。
キャピトル東急は2010年に東急のフラッグシップショップホテルとして甦る予定です。
セルリアンタワーみたいなのを、2つはいらないと思いますけどね。
え!キャピトル残念。
お忍び高級ホテルとして便利だったのに…。
東京ステーションホテル、残念です。
一度利用したい、って思っていましたから。
クラシカルな雰囲気が素敵なホテル。
新しい外資系ホテルももちろん素敵ですが、
古きよき時代のホテルも、残っていて欲しいと思います。
追加します。
東京駅丸ノ内駅舎は国の重要文化財なんです。
その駅舎を修復復元するために東京ステーションホテル休止します。
修復復元とは、戦争で焼けてしまった3階部分やドームなどを戦前の姿に戻すそうです。
東京ステーションホテルは、高級ホテルとなって2011年に復活します。
古巣の元外資系IT企業時代が永田町で
よくリポバー行きました

それにオリガミのイチゴフェアーも圧巻で

とても寂しいですね
横浜プリンスホテルが6/30までで閉鎖。
その後はマンションに。
http://company.nikkei.co.jp/news/news.cfm?Nik_Code=0070204&Page=1&Back_sid=IR_CT&KIJIID=20060322NSS0152&DATE_FORSEARCH=2006/03/22

運営が変わるホテルには下記のものがありますね。
ザ ヨコハマ ノボテル→ホテルモントレ横浜
横須賀プリンスホテル→ホテルトリニティ横須賀
幕張プリンスホテル→アパホテル&リゾート 東京ベイ幕張
お花見の帰りにヒルトン(現キャピトル東急)のリポへ行ってきました。

また一段と李白(リポ)の絵がくすんできました。一度綺麗にしたのに、やっぱりタバコの煙のせいでしょうね。

でも今年一杯です。バーテンさんの話しだと11月末まで営業するとのこと。

写真撮りましたが暗くて。
「幕張プリンスホテル」は6/30に営業終了しましたが
7/1から「アパホテル&リゾート 東京ベイ幕張」として
オープンしてるんですね(汗)

商魂たくましいというか・・・
改装等は一切無しで済むのでしょうか(汗)
幕張プリンスは開業当時に結構行っていただけに残念です。

幕張プリンス:閉業のお知らせ
 http://www.princehotels.co.jp/makuhari/

アパホテル:開業のお知らせ
 http://www.apahotel.com/hotel/ahr_makuhari/index.html
> Duke さま

李白http://www.concierge.ne.jp/302_bar/bar_capitol.htmlあるんですねぇ なつかすぃ
ボクはヒルトンでなく現キャピトル東急になってからですが、角のスイートはとても使い勝手良く利用させて頂きました。見附から回り込むとお化け屋敷と化したニュージャパンhttp://box1611.hp.infoseek.co.jp/akasaka.htmの無残な姿を横目で見つつ何度か呑みに行った記憶です。何年前だったんだろ・・
余談 ホテルニュージャパン

ホテル概要
二・二六事件の際に部隊が立ち寄った日本料亭「幸楽」の広大な跡地に建てられた。

1960年開業。当時は東洋最大の格式を誇ると宣伝していたが、客室や規模・設備も特筆すべきものはなく、第二次ホテルブームを見込んで造成した藤山愛一郎ら一族の、落日の象徴ともいえるホテルであった。

地下フロアには1963年に力道山が暴力団員に刺され(後に死去し)た現場である高級ナイトクラブ「ニューラテンクォーター」があったが、こちらも豪勢ではあったものの、1960年代後半からすでに流行や時代の波に取り残されていた。このナイトクラブはホテルニュージャパンとは別営業であり、ホテルが火災に遭い廃業した後も1989年まで営業を続けていた。

営業当時の建物は、間隔が120度の「Y字型」の大きなビル、さらにその先端にやはり間隔120度、同じ奥行きの「Y字型」枝があるというフラクタル構造の形をした建築であった。この形状は、まるで迷路のようであり、後の火災発生時にも避難を困難にした原因となった。

後に、買収王横井英樹がホテルを買い、自らホテルニュージャパンのオーナー社長を務め、合理化を徹底したホテル経営をしていたが1982年、大規模な火災(後述)により営業停止処分を受け廃業した。この火災は延べにして9時間にわたり燃え続け、東京23区のほぼ総ての消防車両が火災の消火活動にあたるという非常に大きな事件であった(消防総監が直接指揮する重篤な「第4出場出動」が、史上初めて発令された)。

ホテルニュージャパン火災事件の後、千代田生命保険がオーナー社長の横井英樹向けの貸付金が回収不能となった時に、貸付金の担保であったニュージャパンを競売により売却することで資金の回収を図った。しかし、火災等のいわくつきの土地をあらためて購入する投資家は見当たらず、千代田生命が自己落札し、自ら敷地を保有することとなった。

その間、都心の一等地でありながら廃墟のまま放置され続けていたが、火災から14年後の1996年にホテルは解体された。千代田生命が跡地の再開発事業に着手するが、千代田生命は2000年10月に経営破綻。

現在は外資のプルデンシャル生命が買収し、森ビルと共同でプルデンシャルタワーを建設(千代田生命によりビル自体は建設中であった)。現在はその面影すらない。
http://www.ffortune.net/social/seso/nihon-today/hotel-newjapan.htm
ついでに 好きだったホテル そして 一階のバー


http://black.ap.teacup.com/gwc-blog/24.html
「フェヤーモントホテル(九段)」  ホテル
 「皇居のお濠 千鳥ヶ淵の桜が 咲きはじめました」

 この三行広告を見ると、春の訪れを実感すると共に、胸の高鳴り・高揚を感じたのを思い出す。

 この広告の主こそがフェアーモントホテルである。上記が過去形なのは、ご存知の方も多いかと思うが、惜しまれつつ2002年にその長い歴史に幕を閉じたからである。

 GHQの要請を受け、昭和26年に外国人向けホテルとして開業した老舗ホテルが21年間続けてきたこの三行広告は、ホテル閉鎖後も数年間は、千代田区や有志によって春になると掲載されたというエピソードからも、いかにこのホテルが愛されてきたかが分かる。

 確かに建物は老朽化し構造も古く、部屋の空調や風呂場の給排水管等が剥き出しであり、また、水周りにはカビも多かった。カビは清掃・メンテナンスの不備に起因しているかもしれないが、剥き出しの配管やアンティークな机や照明等、このホテル独特の風格と雰囲気を醸し出す一つのツールでもあった。

 求めるベクトルが全く異なるので比較は無意味だが、高級ホテルやモダンな最新ホテルでは決して味わうことの出来ないものが、ここには確かにあった。

 九段という都心にあって、千鳥ヶ淵が眼前に広がるが故の静寂と景観。自分が都心の真ん中にいるということを忘れてさせてしまう、そんな魅力の詰まったホテルだった。

 ユーミンの歌に出てきたとか、軽井沢の名店「エルミタージュ・ドゥ・タムラ」の田村シェフはフェヤーモントの総料理長出身だとか、このホテルに関する逸話はキリがない位多いが、それもこのホテルの刻んできた歴史と懐の大きさ故の賜物だろうか。

 跡地には「パークマンション千鳥ヶ淵」というマンションが建ったが、このマンションも販売時にはフェヤーモントというネームバリューを前面に出して広告していた。非常に複雑な気持ちだったのを覚えている。
 ちなみに、二期倶楽部でおなじみの二期リゾートが運営するギャラリー册が、このマンションに入っていたりもします。

 自分の中では決して色褪せることのないこのホテルの思い出。今年も3月になると三行広告を探している自分がいるのだろう・・・

 「皇居のお濠 千鳥ヶ淵の桜が 咲きはじめました」



【フェヤーモントホテル】
東京都千代田区九段南2-1-17

1泊1名 11000円〜

※敢えて、評価なんて無粋な事はしません。
このホテルの評価は、個々人の記憶の中に刻まれているでしょうから
キャピトル東急に泊まってきました。
エグゼクティブのシングルでしたが、
まず値段の割に部屋もバスルームも狭くて驚きました。
でも分厚いテンピュールのマットレスで心地よく眠れました。

メインレストランのケヤキの名前の由来は、
内装に使われているのが一本のケヤキの木からだから、
なのだそうです。
またホテルの従業員の方に訊いたところ、
「今度はオフィスも入る高層ビルになる。
完成は4年後の予定でキャピトル東急の名前が残るのか、
知らされていない」との事でした。

日本人が懐かしいと感じる温かさと美しさを継承し、
外国人も使い勝手と居心地の良さを感じる設備を整え、
素晴らしいバー・レストランの歴史に思いをはせる、、
そんなホテルに生まれかわる事を望んでいます。
キャピトル東急も今月で最後ですね。
寂しいですねえ。

来週宿泊に行く予定です。
ああ、もうすぐなくなっちゃうんですね、キャピトル東急。

私はたまーに家族と行った中華のメニューバイキングが好きでした。

終わるまでに一度行きたいです。
ソフィテル東京も12月19日で閉鎖されるんですね。

http://www.sofiteltokyo.com/wedding/index.html

跡地はマンションが建つとか。
六本木プリンスホテルも12月25日で終了されるそうです。

http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20061104AT1D0400204112006.html
人件費の高い日本ではホテルビジネスは難しいんですかねぇ

バブルの頃は宴会が売り上げの花形だったみたいですが、今は益率の高い客室をいかに売るかに主眼が移ってますよね。

初期投資をいかに抑えるかで、マンダリンもリッツも建物自体は事業主体が作ってくれて、FFEのみホテル側の出資になっていますが、建物からはじめるペニンシュラがどうビジネスしていくかが楽しみです。


ホテルの名前は変わらずにいるので気がつきにくいですが、ゴールドマンやモルガンが結構ホテルを買収しているので、いつの間にか経営主体が変わっているのも含めると、ものすごい数のホテルが消えて行っていますよね。
18日にキャピトル東急へ行ってきました。
オリガミは朝から晩まで40分待ちという状況。
みんな記念撮影だとかしてましたねぇ。

昨日、突然営業を止めたホテルがありました。
オリエントホテル横濱開洋亭です。
↓に載ってたんですが、ビックリ。
http://www.ozmall.co.jp/Hotel/0177/
昨日キャピトル東急に泊まって来ましたが、
オリガミはすごい行列でした。
19時頃に名前を書いて部屋で待機していましたが、
連絡があったのは2時間半後。
大盛況だけあって、ハンバーガーはバンズの代わりに
耳を切ったブレッドの厚切りで挟んでました。

最終日はいろいろイベントやるみたいですね。
少し前になりますがキャピタル東急オリガミに
行ってきましたよ。
日曜なので混みこみでしたが何とか・・・
パーコー麺とパンケーキを
頂いてきました。
ハンバーガーの他、エスニック系の料理の
注文もかなり多かったみたいです。
オリガミは赤坂エクセルホテル東急にて
移転開業するそうです☆
私は最後に「星が岡」へ行き、ふかひれ姿煮や鮑等を思い切り堪能しました。
いいブッフェだったのに残念、と思っていたら「星ヶ岡」と「オリガミ」は、赤坂エクセル東急に移転するそうですね。


キャピタルの想い出は…かれこれ20年以上前になると思いますが、プールサイドで生まれて初めて携帯電話で喋っている人を見たことです。
携帯といってもショルダーバッグに電話が繋がっているような、自動車電話に近いものでした。
他のホテルに比べて、怪しげな香りの人が多かったですよね。
そういえばその男性、ヴェルサーチのビキニでパーコー麺食べながら自慢気に大声で喋ってましたね。


あのプールにも大変お世話になりましたし、私の青春(の思い出)がひとつ消えてしまうようで寂しいです。
私も最後に星が岡に行きたかった・・・
大切な思い出のお店です。
なによりおいしいですしね^^

そういえば、生まれて初めてフレンチを食べたのもキャピタル東急でした。
キャピタル東急のHP変わりましたね。
11月29日にはセレモニーがあって
シャンパンサービスやメモリアルキー
返還セレモニーがあったそうです。
オリガミ、星が丘の移転開業をまずは
楽しみにしたいですね♪

http://www.capitoltokyu.com/index.html
赤プリの名で親しまれた 赤坂プリンスホテル。

昭和30年開業とは思えないお洒落な外観の建築物でも有る。

昨日から、解体作業が始まった。

お疲れ様。 どうもありがとう。

去年の 3.11の震災後には、被災者の一時宿泊施設としても一躍かって出た。

上の階から、一日二階づつ解体して行き、来年の夏には、すべての解体作業が終了する予定とのこと。

全部で40階。どうぞ事故なく作業が進みます様に祈ります。

素敵な思い出を ありがとう。

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