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廣田図書館コミュの雨待ち風1

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 ふと窓ガラスに目をやると、街はしとしと降り出した6月の雨にすっぽり包まれていた。
 藤元恭子は、自身が勤めていた印刷会社の二階の窓から憂鬱な面持ちで下を見下ろしていた。
「あぁ、雨、降ってきちゃいましたね」
 背後から経理担当の若い女子社員である梶田美鈴が話しかけてきた。
「うん…どうしようかなぁ」
「恭子さん、傘忘れたんですか?あたしの折りたたみ傘貸しましょうか?」
「あ、ううん。傘は持ってきてるんだけどね…」
「どうかしましたか?あ、もしかしてモモちゃんですか?」
「うん、まあ」
「今お家にひとりなんですっけ。心配ですね…」
 美鈴は、そう呟くとさほど心配には思っていないとも取れる苦笑いを浮かべ、自分のデスクへ戻って行った。
 恭子の勤める横手印刷事務所は、街の大通りに面した雑居ビルの二階をワンフロアー貸り切って構えており、この街の印刷会社としてはまずまずの大手ともいえる規模だった。
 とは言っても、ここに勤めている社員たちはみな開業以来の仲で、おととし再入社を果たした恭子とも初対面の者はいなかった。
「藤元君、さっきから外ばっかり眺めちゃってどうしたの?」
 声のするほうへ振り返ってみると、いつものようにニヤニヤした表情でこっちへ向かってくる斉藤営業部長の姿があった。
「あ、部長さぼっててすみません」
 営業部の恭子は、直属の上司、営業部のドンである斉藤にペコリと頭を下げた。
「あれ、藤元君今日はどこか出るんだっけ?」
「いえ、今日は遅刻して参りましたので内勤の方をやっております」
 横手印刷会社の営業部でいう内勤とは、資料の整理や得意先への電話対応などがそれに当たる。恭子も溜まりに溜まった書類を小脇に抱え、自分のデスクに戻る途中だった。
「あぁ、モモちゃんね。熱出したんだって?」
「はい。一旦は保育園へ送ったんですけどやっぱり無理みたいで…申し訳ありません」
「いやいや、子供が熱出すのはしょうがないことだからね。うちの春樹も小さい頃はしょっちゅう熱出して嫁を困らせてたもんだよ」
 斉藤の一人息子春樹とは、恭子は昔何度か会ったことがあった。父親に似ずきりりと締まった顔つきで、物腰もはっきりしている子だと感じた記憶があった。今はもう、中学生になったと言っていたっけ。
「で?今はモモちゃんどこにいるの?」
「はぁ…あの、家に置いてきました」
 今朝、恭子の娘である藤元百花が高熱を出し、それで恭子は会社を遅刻してしまったのだった。
 普段なら、今回のような緊急時には去年やっと結婚して今は勝手きままな専業主婦となった妹の芳江に百花を預けるところだが、今日は一旦保育園に送ろうとしたため時間がなくなっていた。芳江が住む隣町まで、車で30分はかかる。
「じゃあ、今うちにモモちゃん一人かい?」
 斉藤部長がひときわ大きな声で恭子に問いかけた。
「はい、薬でぐっすり眠ってましたし、もうじき駿も帰って来ますし…」
「あぁ、そうか。まあ、モモちゃんも4歳にしちゃしっかりしてるし、なんたって駿くんは立派なモモちゃんのパパ代わりだからな。そんなに心配することないよ」
 斉藤部長はそう笑って恭子の肩をぽんぽんと叩き、さっさと部長室へ消えていった。

 やっぱり、会社が遅れてでも芳江のところに行けば良かったかな−
 恭子はぼんやりそう思いながら恨めしげに空を見上げた。
 藤元駿は恭子の息子で、百花の兄にあたる。
 今年の春に家から少し離れた有名私立小学校に合格し、現在は一人でスクールバスに乗って通学している。
 今日は午前授業で早く帰ると言っていたから、いつもならもう家に着いている頃だ。ただ、こうして雨が降ると道もバスも異常に混み合う。早めに帰った駿に百花をみてもらおうと百花をひとり家に置いてきたのだが、この天気だと駿の帰宅はまだ先になるかもしれない。
 3年前、百花がまだ歩き始めるかそこらという年齢の時に夫と別れ、二人の子供を引き取り育ててきた恭子だったが、百花に何かあった時はこうして必ず駿を頼りにしてきた自分を恭子は時々とてつもなく恥じ入るのだった。

 そんな恭子の心配をよそに、横手印刷事務所は今日も活気付いていた。
 先程まで恭子とおしゃべりをしていた経理の美鈴ですら、今は営業部専属の電話の対応を強いられていた。何か急ぎな用のようで、美鈴は焦って近くにあったメモ帳に何やらなぐり書きしていた。
 −今日は遅刻してきたんだから、ぼんやりしてないでその分働かなくちゃ。
 恭子がそう思って自分のデスクへ戻ろうとした時、電話口で悲鳴ともとれるような大声を出していた美鈴が唇をガタガタ震わせながら恭子を呼び止めた。
「あ、あの、恭子さん!今救急病院から電話で…」
「びょ、病院?な、何?」
 恭子は背筋がぞくりと凍った感覚を覚えた。
「駿君の乗ったスクールバスが事故に遭ったって…!道路でスリップして横転したって…」
 −真っ青な顔をしてそのまま絶句した美鈴の顔も、営業部のいつものざわめきも、一瞬にして恭子の視界から消え失せた。

コメント(3)

ついに新しい連載が開始しましたね。

連載一回目から、続きが気になるところで終わらせているのが心憎いです(笑)

季節的にも丁度今と合っているお話ですし、次回も楽しみにしております☆
おっと、遂に新規連載スタートですか!(≧∀≦)
夢に向かって頑張ってるんですねー。
自分も負けじと、『企画』進行中です♪

相変わらず引き込まれるイントロだったのでこの続きを震えながら待ちたいと思います。
ガクガクブルブル・・・・・・・(’〜’)
情景がくどすぎず、また簡素すぎない表現で手に取るように想像できました。いやー楽しみ楽しみ♪
わぁ〜もう新しい小説書いてる〜!('▽')
早速読ませてもらいました。この間のとはまた違う感じで、ドキドキしますなぁ〜続きが早く読みたい!

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