(イタリアでは外套を半分しか与えなかったケチな聖人と言われているそうですが(笑)フランスでは人気の聖人だとか。)
するとそのとき,空をかげらせていた雲にわずかな裂け目ができ,太陽が輝いた。ついで雲はすっかり消え,まもなく大地は暖まった。同時に天の声が聞こえた。
声は言った「マルタン,おまえは私の身内のいちばん末の者に慈悲深かった。おまえは私の楽園でとこしえの春を味わうことになろう。それまでのあいだ,その味を予測させるものを,おまえに与えよう。そしておまえのよき行為を記念して,以後,毎年,同じ時期に晴れの日を何日か与えよう」
これ以来,毎年この時期に季節はずれの暖かな日がやってくるようになったそうです。とりわけマルタンが397年11月8日に死に,葬儀のため遺体がロワール川を船でトゥールへと運ばれた10日と11日には,太陽が燦々と照り,緑が戻るほどだった,と言い,ここからいわば小春日和にあたる「聖マルタンの夏(été[ete] de la Saint-Martin)」という表現が生まれたそうです。