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光BOOKコミュのCocco  想い事。  を載せまする。

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毎日新聞で、4月から毎月Coccoの書く文章を連載し始めました。
彼女の日記みたいなものかしら、とも思えますが、
ステキなので、紹介したいと思います^^

勝手に私が毎月分更新してこーと思っとります!


前後しますが、6月のものから!!





 ●6月●


 黙祷=Cocco




桜が散って、ツツジが終り、
デイゴが落ちたら梅雨が来て、
夏に向かって雲が走り出す頃
慰霊の日がまたやって来る。


私がバレリーナを夢見て
沖縄を飛び出した95年、
糸満市に、戦没者の霊を慰める
“平和の礎”が建設された。
1931年の満州事変からの
10年戦争を含む、
1945年終決の太平洋戦争までの
戦没者の名前が刻まれた石が
所狭しと並ぶ
平和のテーマパークだ。
当時、輝かしい未来を夢見て
舟を漕ぎ出した若者が
そんな場所に
心惹かれるはずがなかった。
アメリカを否定しながら
アメリカに憧れる大人達にも
気付いていた。
ひめゆりの塔にも
島中に残るガマ(防空壕)にも
ありきたりな平和への祈りにも
もう、お腹は一杯だった。


あれから12年。
そんな私にも
平和の礎を訪れる日がきた。
観光バスが連なる入口では
おばぁたちが待ち構えていて
供え物の花を売りつけてくる。
私は花を買わなかった。
私は観光客じゃない。
平和のモニュメントに
観光立県沖縄なんか
見たくなかった。


野に咲く花を摘むことが
許されないぐらい
完璧に整備された施設内で、
今も増え続ける戦没者の名前を
見て歩いた。
過去を忘れず、未来へ生かす為に
私達はきっとこういう場所を
求めるのだと想う。


実際、忘れてはいけない事は
山ほどある。
でも、その残酷な事実と
向かい合わせに座らされたまま
何一つ止められやしない。
それなのに私達は
生きていかなきゃならない。
悲しいニュースに胸を痛めて
不可抗力な出来事に絶望して、
それでも私達は
行かなければならない。


平和の礎に刻まれた名前を
全て読み終えられる日と、
世界中から戦争が無くなる日と、
どちらが先だろう。

おびただしい数なんだよ。
そこに並ぶ名前たちは
果てしない数なんだ。

毎年、新たに加えられる
戦没者のための余白が
もう準備されてる。
終りが無い。
のんきに歌なんか歌って
私に何ができたっていうんだ。
愛の歌を歌って
世界平和が叶うなら
いくらだって歌ってやる。


あからさまな平和主義者なんて
夢見がちな馬鹿野郎だと
想ってた。
例えば、ジョン・レノン。
ごめんね。
世界は未だ変わっちゃいない。
“Imagine”なんて
中学生でとっくに習ったのに。
あなたに見せられる
立派な現実なんてどこにも無い。


こんな情けない時にも
歌は生まれ来るんだから
歌うたいなんて所詮バカだ。

終りの無い歌。

馬鹿は馬鹿なりに
それを承知で
今日も歌を歌う。


人はまだ、祈るんだ。




毎日新聞 2006年6月5日 東京朝刊

コメント(12)

 ●5月●



あまり知られていないが
ジュゴンの見える丘という
美しい場所が沖縄には在る。


実際、ジュゴンを見たという
そんな人には
会ったことがないけれど
それでも私は
歩く力を失くした時
何度かその丘に立って
ジュゴンを待った。

 
普天間基地の移設に伴い
沿岸だろうと沖合だろうと
その丘の向こうに
ヘリポートが建設されれば
私たちはまた一つ景色を失う。


そもそも度重なる環境破壊や
水質汚濁によって
ジュゴンが帰ってくることなど
もう無いのだろうと
覚悟はできていたはずなのに
最後の細い祈りが
断たれた気がして、泣いた。


私は基地のない沖縄を知らない。
生まれる前から
基地はもうそこに在った。
人生において
あの人と出会っていなければ
私は今、
存在していなかっただろう
という出会いは幾つかある。
その人が、その一人だった。


“愛してる”だけじゃ
届かない世界で
“愛すること”しか知らなかった
あの頃の私に、
あの出会いは絶対だった。
父親の記憶が朧げなその人は
米国軍人と沖縄人との間に
生まれたアメラジアンだった。


沖縄の人は皆、やさしい。
大抵の人は口を揃えてそう言う。
懐が深く、慈悲深い、と。

ところが私はその人の側で
愛する沖縄が容赦無く
彼に過(か)す仕打ちを見てきた。
誤解を恐れずに言うなら
基地の存在を否定することは
彼の存在を否定することだった。


それでも米国軍人による犯罪や
事件は途絶えることが無く、
沖縄が傷付けられ
虐げられてきたことも
紛れも無い事実だ。


“YES”も“NO”も
私は掲げてこなかった。
こんなの戦時中で言うなら
間違いなく非国民だ。
でも、“YES”か“NO”かを
問われることは
残酷だという事を知ってほしい。


返還とは、次の移設の始まりで
基地受入れのバトンリレーは
終らない。
どこかでまた
戦いが始まるだけのことだ。


生まれて初めて
私は、はっきりと願った。
あの出会いを失くすとしても、
あの存在を
否定することになっても。
馬鹿みたいに叫びたかった。
例えばその全てをチャラにして
能天気に鼻歌なんか歌いながら
高い高いあの空の上から
ただ“ILOVEYOU”を
掲げて。


私達の美しい島を、
“基地の無い沖縄”を見てみたいと
初めて、願った。



じゃあ次は誰が背負うの?

自分の無責任な感情と
あまりの無力さに
私は、声を上げて泣いた。
誰か助けてはくれまいか?
夢を見るにもほどがある。


私は馬鹿だ。
ぶっ殺してくれ。


毎日新聞 2006年5月1日 東京朝刊
 ●7月●



私は小学校のころ
失くし物チャンピオンだった。
とりあえず何でもかんでも
手当り次第に失くし物をした。
その中でも人生最多の
“失くし物”は、傘だと想う。


朝、持って出掛けた傘が無事に
家まで辿り着いた例は少ない。
両手の自由を優先させると
傘をどこかに置くことになり、
一度放たれた両手は
傘の存在を忘れてしまう。
失くし物チャンピオンの私に
上等の傘は与えられなかった。
持ち出しが許されていたのは
家中にある傘の中で安い物だけ。
それでも私の両手は自由を求め
次から次へと傘は消えていくのに
母親は、安物の傘があると聞けば
せっせと買って備えてくれた。


ある雨の日、
私は一張羅のスカートを穿いた。
フレアのたっぷり入った
母の手製のごきげんなスカート。
玄関先で「行って来まーす」と、
声を上げた後、
いつもの傘を選ぶ手が止まった。
“こっこ用”の雑魚傘の向こうに
花柄の細い傘。
母の一張羅だ。
あぁ、なんてスカートにぴったり。
もちろん私は
花柄の傘を手に取って
雨の中へと飛び出した。
息を切って走りながら
目を落とせば膝に踊るスカート
見上げれば美しい花柄の傘。
それはとても素敵な朝だった。
その日一日中、私は
傘から目を離さず放課後を迎え
家路に着いた。
両の手でしっかり
さした傘の柄を握って。


雨が降ったらポンポロロン。


誰もいない道の途中で
私はその“茶色”を見つけた。
駆け寄ると、死んだ犬だった。
車に轢かれた犬。
ずぶ濡れで道端に転がってた。
ずいぶん長い間
雨に打たれでいたらしく
もう冷たくて硬かった。


私は、その犬に
花柄の傘をあげた。
夏を待ちわびる雨の中、
そこに花柄が咲いたようだった。
傘の下の動かない犬を残して、
私は走って帰った。
激しくなった雨は
頬をビシビシと叩く。
それに応えるように
私は両手を広げて走った。


失くし物チャンピオン。


傘を持たずに帰った私は
またこっぴどく叱られた。
あれはママの一張羅の花柄。


大人になってから
上等の傘を見つけると
迷わず買うようになった。
とびきりの花柄をママに。
あと100本買ったって
足りないぐらい
私は
傘を“失くした”から。


雨が降ったらポンポロロン


雨が降ったらピッチャンチャン。




 毎日新聞 2006年7月3日
 ●4月●




父は日曜大工が好きでした。
お手製のちくはぐな戸棚。
その扉をこじ開けると家族のアルバムがずらり。

両親は私達姉妹に
山ほど写真を残してくれました。
母の作ってくれた服を着て
写真の中の私達はいつも
ひだまりの中で笑っています。


愛されていたことを
思い知ります。
私はいつだって一人で走り出せる気がしていました。
愛された事実と愛した事実をアルバムの中に何度も
見ることができたからです。


両親の離婚によって
そんな家族が解散したある春の日
私は アルバムからこっそり一枚の写真を抜き取りました。
小さな私と、その手を取り笑うまだ小さな姉の写真。
その手がなければ右も左も分からない
甘ったれの妹を象徴する私のお気に入りでした。


私が見てきたものは
やわらかな線と奥行が温かいフイルムカメラの世界です。
少々難儀な作業を経て
紙の上に写し出される
その重みと正しさが好きでした。
私は写真を撮ります。
私が見た美しいものと
残酷なものを。
この目で見たすべてを
紙きれ一枚に残そうなんて
無茶な事を続けています。


デジタル化が進む中で
私のカメラを作った企業がフイルムカメラの生産を打ち切ることになりました。
“生き残り”とやらのために決死のデジタル市場集中大作戦。
私はいつまでフイルムで撮ることが許されるんでしょう。


家族みんなで暮らしてたころ
公園に向かう窓を開け放ち
父が爆音で聞いていたレコード。
晴れた日には木に登って
それを子守唄に昼寝をしたなぁ。
そのくせに今
歌うたいの私が作っているのは
もはやCD。
「お皿」なんか無くたって
世界中の何だって聞ける。
便利で機能的で哀れな話だ。


次の世代の子供たちが
家を出るときに持っていくものは何だろう。


当たり前のことに
手が届かなくなってしまうのはあっという間。
それでも行き急ぐ未来を信じて人はこの世界に夢を見てる。
優しすぎるね。
こんな私達にも
また春のにおいは巡り来る。


フイルムをあきらめた企業さん
私はまだ撮っています。
あなたたちが抱えきれずに置いて行こうとしているもので
私はまだ撮り続けます。
いつかあなたが
桜の色さえ忘れたとして。
私は紙切れ一枚に
それを残しておきますね。


前に進む決断を否定はしない。
ただ失くし物は
戻らないことも確かだ。
私達はいつも
失くして初めて気付く。


パパ、ママ、ありがとう。
あのアルバムたちは
今どこで、元気ですか。
お姉ちゃん。ありがとう。
いつも手を引いてくれたこと。
ありがとう。


私は元気です。

また 春がきたよ。
●8月●


藍に深し=Cocco


私は唄うたいです。
愛する仲間と共に
歌を引き連れて
旅の最中です。

あっという間に終ってしまう
切ない切ない夏の真ん中で

私は歌をうたっています。

もうここまで生きてきて
私は夏の終りを知っています。
突然やってくる
秋の空や冬のにおいを
私は知っています。
この太陽の次にやってくるものを
私はちゃんと知っています。

でも
そんな夏の真ん中で
私は歌をうたいます。

うれしくてうれしくて
弾けそうな胸は
私の足を走らせます。

私は歌をうたいます。

愛に似て愛(いと)し
恋により恋し

好きなものを好きだと
胸を張って言えることが
うれしいです。

まっすぐに
愛してると叫べることが
とてもうれしいです。

「生きてみよう」と問いかけます。
「生きていこう」と誓います。

手をつないで
どこまでも走って行けそうな
そんな気がします。

藍染めの花ごろも

何度でも染めて重ねましょう。
空が秋色に変わるまで。

髪飾り柔(やわ)く

それでも強く抱きしめてね。
壊れてしまいそうでも

大丈夫。
もっともっと
やさしいキスをしよう。

この旅を共に行くあなたへ。
それを見届けてくれるあなたへ。
私を待っていてくれたあなたへ。

大丈夫。

私はここで歌ってます。

もっともっと
やさしいキスをしよう。

全ては
愛に似て愛し
恋により恋し

夏の真ん中で
私は歌を歌う。

ああ、どうか
届きますように。

(題字・絵・文、Cocco)

毎日新聞 2006年8月7日 東京朝刊
●10月●



明日へ=Cocco



煙草を吸ったのは20年前。
好きな男の子に“でかい女”と
批難されたのをきっかけに
至って平均身長だったにも拘らず
“成長”を妨げる術として
積極的に喫煙に励んだ。

がんがんばくばく吸った。
ところがどっこい
背はぐんぐんどんどん伸びた。


近しい人の死を通して学んだこと
“死ぬときゃ死ぬ”
だから
“やりたいように生きる”


自傷行為も喫煙も恐れなかった。
目に映るもの全てをぶっ壊して。


20才を過ぎて煙草にあきた。
でも夏の終りや冬のにおいには
けむりが欲しくなった

ゆっくり息をするために
煙草は時に必要であると想った。

んなアホな。
豊かさ故の屁理屈だ。


私の友人は
癌の母親を看護し、看取った。
その直後
自身も癌であることが発覚した。

癌の進行と結末を目撃した彼女に
そんなくり返しの体験作業は
あんまりだと想った。

でも
癌はもう治らない病気じゃない。
私の周りは癌だらけだ。
でもみんな生きてる。

医学は凄まじい進歩を遂げた。
昔ほど大袈裟なことじゃなく
ひとつふたつの病を
みんな抱えて生きてる。
そんなもんだ。

もうそんな時代なのだ。


そんな夜、彼女が死んだ。
病院に行ったら本当に死んでた。
1%の生きる可能性に
彼女は手を伸ばし挑んできた。


そのすぐ側で生きる事を許され
不健康街道と知りつつ
煙草を嗜むアホもいた。私だ。

フェアじゃねえなと想った。
煙草を捨てた。


私達の視力は
生まれた瞬間から
老化を始めると聞いた。

そんなの絶望だ。

でも死ぬ為に生きる訳じゃない。
生きて、その果てに待つものが
死であるというだけだ。

絶望の為に生きてる訳じゃない。
光を求めて私たちは走る。

ただ
終わりはくるけれど。


生きる可能性の1%に
手を伸ばすことが許されるのなら
そしてそれが叶うのなら
私は全力でその1%を掻き集めて
最後まで繋ぎたいと想った。

たとえそれが無様だとして

1秒でも長く人を愛せるように
1秒でも長く歌えるように。
死ぬときゃ死ぬんだ、って
開き直りながら
本当はずっと想ってたこと。

死にたくない。


人生は短い
じゃあどうやって生きる?
明日死ぬかもしれない
じゃあぶち壊す?

でもその次の明日も見たいんだ。

空も風も星も海も
どうせ無くなるなら焼き付けて
壊れてしまうなら抱きしめて
守りたい。

あなたを失くすまえにそうだ
愛してるってくり返す。
あと何回?
あとどれぐらい?


愛してるよ。
聞こえる?
全てが愛しいね。


1%を掻き集めて
その次の次の明日も
手を伸ばして。
生きたい。
明日が見たいんだ。
生きろ生きろ生きろ。
明日が見たい。
そうだろ?



毎日新聞 2006年10月2日 東京朝刊
●12月●



A Song for You=Cocco




・一番うれしかったこと。

 ひめゆりのおばぁ達に
 Coccoのライブ映像を
 観てもらえたこと


・一番悲しかったこと。

 ―――――(黙秘)


・一番新鮮だったこと。

 初めて眼鏡をかけて
 ステージに立ったら
 みんな丸見えだったこと


・今年達成できたこと。

 神戸で“陽の照り”を
 歌えたこと


・今年しくじったこと。

 いっぱい


・人生初めての出来事。

 アンコール(8/15沖縄にて)


・来年の夢。

 歌をうたうこと


・来年の目標。

 届くように歌うこと


・来年の予感。

 お先真っ暗
 でも、大丈夫。
 歌を掲げて全力前進。




なんくるないさー
(なんとかなるさ)、って
沖縄でよく聞く言葉だけど、
なんくるならんどー
(なんとかならないよ)、って
うちのばーちゃんは
よく教えてくれた。

「やしがこっこい、
  なんくるならんどー」


願うだけじゃ、叶わないこと。
叶わない夢もあるってこと。
それでも進め、ってこと。


ぐるりひと回り両者引き分け。
なんくるなっても
なんくるならんでも
行け!俺たち全力系。
進め前へ前へ。

なんくるならんどー
(なんとかならないよ)。
でも私は進もう。

どうすれば叶うか
考えて、走って、
また夢を見よう。
でっかい夢でも見てみよう。
そんな毎日を繋いでいければ
なんくるないさー
(なんとかなるさ)、って
笑い飛ばせるのさ。


あきらめてるわけじゃない。
走って走って
走り抜いたおばぁだから
そうやって笑って言えるのさ。

その教えを肝(ちむ)に染めて。
いざ行かん。

大きな声で高らかに。
一秒でも長く生きて
歌を紡ぐなら
ひとつでも多く
その歌をあなたに。


なんくるならんしが
なんくるないさー。

今年ももう終わっちまう。
一体どれぐらいのありがとうを
伝えられたんだろう。

日々精進。
見上げる空が眩しいぜ。
今年もいっぱい
いっぱいありがとう。



毎日新聞 2006年12月4日 東京朝刊
●11月●



ひめゆりの風=Cocco



1994年から13年に渡って
撮り続けられた
ドキュメンタリー映画
“ひめゆり”が
縁あって私の手元に届いた。

ひめゆり学徒隊の生存者が
戦争体験を証言するという
途方もなく残酷な“現実”を
つなぎ合わせた作品だ。


去る8月15日、
私は沖縄でコンサートを行った。

それはそれは想像以上に
重く眩しいものだった。

コンサートの前に
ひめゆりの塔を訪れていた私は
ステージの上から
ひめゆりについて少し話をした。
その時に吹いた風を
私はよく覚えている。

絹の花柄のワンピースに
たくさんの風が集まって
巡るようにくり返し廻り
舞い上がるように帰っていった。
あれはひめゆりの風だったと
私は想う。

拙い言葉で、伝えきれない想いを
伝えようとする阿呆な私に
そっと力をくれた
あれはひめゆりの風だったと
私は想う。


映画の最後は
“別れの曲”で締めくくられる。
ひめゆり学徒隊が
戦場に駆り出されたのが
卒業式の2日前。
音楽教師たちによって贈られた
歌われることのなかった歌。

そういえば
ひめゆりの塔へ行った時
平和祈念館で流れていたのも
この曲だったっけ。

私は一緒に口ずさむことも
できなかったんだ。
こんな私にまだ歌える訳がない。
私は何も知らなすぎる。

この歌を一番歌いたかった人が
まだ歌えてないっていうのに
私なんかに歌える訳がない。


沖縄中のあちらこちらに
何千とも何万トン以上ともいう
不発弾がまだ埋まっている。
ガマの跡には
迎えを待つ人骨が
まだ散乱している。
まだ
全てを黙したままの人がいる。
まだ取り返せないものがある。
それでも飽き足らずに
上陸しちゃったPAC3(馬鹿)もいる。


いつかまた
ひめゆりの風が吹いたら
私は歌をうたおうと想った。

もっと耳を澄ませて
もっと心を傾けて
やるべきことをひとつづつ。

いつか辿り着けるように。


“忘れたいこと”を
話してくれてありがとう。
“忘れちゃいけないこと”を
話してくれてありがとう。


’06夏、映画の完成を待たずに
3人の証言者が亡くなっている。

ひとつひとつ
私たちは失くしていく。
全てを失くす前に叶えたい。
私は歌をうたいたいと願うよ。
おばぁたち、待っててね、
なんにも分かっちゃいない私は
せめておばぁたちが好きだった
歌をうたおう。

鮮やかに見えるようだ。
壕の中の笑い声。
スカートの裾にあの風が吹いたら
またすぐ行くからね。
燦々と陽の降り注ぐあの場所で
待っててね。

今、祈りの溢れるあの場所で
生きていて。

必ず 歌を届けるから。
あなたが笑ってくれる歌を
届けるからね。


ありがとうね。
おばぁたち、ありがとう。
ごめんなさい。
ありがとうございます。


※PAC3=次世代ミサイル防衛システムの中核装備となる地対空誘導弾。10月9日、市民団体が反対する中、沖縄に上陸・配備された。




毎日新聞 2006年11月6日 東京朝刊
●9月●



花から花へ=Cocco



ライブの日の楽屋には
たくさんのお花が届けられます。


そのひとつひとつを解いて
お部屋いっぱいに飾るのが
その夜の醍醐味です。


花束を頂くことで
私はその贈り主を知ります。
花同士が丁寧に
やさしく束ねられていること、
花を長持ちさせるための
化学物質が付いていないこと、

もしも自分がお花だったら
嫌だなと想うことを
強いられていないこと。


海を見渡す丘の上に
暮らしていた頃、
朝焼けの海に背中を押されて
ぽんぽんと咲く
庭のバラを数えるのが
とても好きでした。


一重平咲きの淡い桃色のバラ
その蕾はまるで宝石のよう。


そしてある日
初めてのカクテルが咲いた朝
たったひとつのバラの香りで
小さなお庭は甘美のガーデンへ。


バラが好きだと言うと
よくドラマで見かけるような
あの赤いハイブリッド・ティーの
モダンローズと思われがちですが
私が想いを寄せるのは
冷蔵庫へ押し込まれることも
拒むような野生のバラたち。


焦げるような沖縄の空へと
ゆらりゆらり立ち向かい
乱暴に咲くノバラ。
熱帯植物と見まがう逞しさ。


ハイビスカスや
ブーゲンビリアなら
もっと生きやすいものの
あのバラたちは
沖縄へ辿り着いたその時から
数々の困難を乗り越え
品種を越え、生き抜くことを
選んだのでしょう。


私は花が好きです。
旅をすると花を探します。


東京の桜に泣いた日のこと、
椿の潔さ、
美しい藤棚に息を呑んだこと、
たわわに踊る小手毬
ひらひら夢見るスイトピー
紫陽花の憂鬱
デルフィニウムの危うい蒼
風に揺れるクロタネソウ
真っ白なサマーローズ


濡れるような蓮
ひまわりの眩しさ


瞬きひとつの間に
季節は駆け抜けて


次に出会う花たちは
どこで私を待つのでしょう


さぁ 行かなくちゃ


雲が 次の空へ雪崩れ込んだら


花から花へ 光を繋いで


お花をいっぱい
ありがとう。




毎日新聞 2006年9月4日 東京朝刊
●1月●


Human being=Cocco




人間が野生動物だったら
30年以上は生きられないように
できているらしい。

2007年、
私は今年30歳になる。
野生動物として
生きることを許された最期の時。


幼い頃
私は川エビを捕って食べた。
裸に水中メガネと網、
口の中で粉々にした生イモを
茂みの下へ威勢よくぶちまけて
水中でじっとエビを待つ。
網に追い込んで手掴み、
あとは食べるだけ。

食べて食べて食べまくって
結果エビアレルギーになった。

川中のエビを食べ尽くした私へ
川の主からの罰だったと想う。
以来エビは一切捕っていない。
触れてもいない。
匂いだけでじんましんが出る。

野生動物としては失格だ。

食物連鎖を無視して
己一人で食べ尽くしたのだから。

そういう馬鹿な人間は
養殖やら放流やらで
その罪を償うのがオチだけれど
それすら未だ果たせていない。
源河川の神様ごめんなさい。

こんな私ももう
野生動物としての生涯を終えます。


これから私は
野生のほ乳類ヒト科ではなく
文明人という新種の生物として
人生を歩いていく。

昔話の桃太郎の“おばあさん”が
30代やそこらだった時代から
人類は驚異的な進化を遂げ
既に動物としてのあらゆる機能は
失ったに等しい。

悲しいかな、いやいや
それでも万歳長寿ワールド!


100まで生きるとして
あと70年のおまけ人生
なんとでっかいおまけを
もらったことだろう。

手持ちぶさたにしないで
大事に生きよう。
海に問うて、川に訊ねて
山に習って、恵みを受けよう。

歯だって爪だって筋肉だって
野生動物なら寿命なんだもの。
よくぞここまできたもんだ。
人生楽しく生きよう。
素直に単純にがんばっていこう。


いつも裸足で駆けてきた。
まだまだ野生動物だったから
靴なんかいらなかったよ。
ただ走るだけでよかった。

誰を傷つけても
誰を失くしても
ただひたすら走るだけで
ここまで生きて来られた。


やさしくなりたいなぁ。


やさしくなりたいと願う。
他人に自分に
やさしくなりたい。


空、月、光、風、水、山、海、
全ての神様ありがとう。
私に命をありがとう。
ここまで生かせて頂きました。
これから私は
超微力ながらに恩返しを。

今、大地を駆け回る
野生動物たちの未来を
それをとりまく現実を。
何かお手伝いできること。
この手でできることが
きっといっぱいあるんだ。
これからの私にできること。

もう立派な大人として。
胸を張って、大事に。
大事に生きて。
生きて行けたら
きっといつか。




毎日新聞 2007年1月7日 東京朝刊
●2月●



愛してる。=Cocco



死んでしまいたいと
想うこともある。
何だかんだ言って
正直それは否めない。
自分が嫌いな時
人が嫌いな時
もう疲れた
もういい
もう無理
勢いで飛び降りそうだ。

私は感情を隠せない、
というよりは多分、
大胆に理性を欠いているから
全力で怒って泣いて
叫んでわめいて
止まらないぐらい笑い続ける。
全く疲れる女だ。
あんまり疲れて死にたくなる。
自分の目の前に
こんな女がいたら
ひと突きで殺してやるのに。

こんなにもありがたく
生かして頂いてる人生で
どれだけ感謝しても
足りないぐらい
恵まれて許されて
生かしてもらってるのに。
それを理解した上で
毎日手を合わせるように
生きていきたいのに。
時に人は歪む。

ケタはずれの
大馬鹿さをお許し下さい。

死んでしまいたいと
想うこともある。
愚かだけど
それは事実です。
でもそれでも
そのくせに未だ生きてるのは
生きるのは
生きたいと願うのは
好きになりたいから。

自分を、人を、
好きになりたいからだ。
人は皆、愛されるために
生まれたはずなのに
フタ開けてみれば
愛するために必死で生きてる。
なんじゃそりゃ。

未だ愛し足らぬか己
未だ愛するのか彼の方

かわいいもんだ。

愛したい。
紆余曲折の日々。
されど愛したい。
私が生きる意味なんてそれだけ。
愛したい。

でっかいテーマだ。
私は愛するために生きてる。
少々グレたって超まっすぐ。
私は愛するために生きてる。
私の全てを賭けて
愛するために生きてる。
これは確かだ。

さぁまた
声高らかに。
行け私、行け!
愛されるために生まれてきた
そんな愛しい人でいっぱいの世界

愛するために
行け私、行け!




毎日新聞 2007年2月7日 東京朝刊
●3月●


夢ものがたり=Cocco



お菓子屋さん
フィギュアスケートの選手
空手で国体
パイロット
バレリーナ
振付師
大金持ち
クレープ屋さん

夢はいっぱいあった。
ただのひとつも叶ってない夢。

そんなこんなのうちに
すっかり大人になった私は
上記のリストには無い、
歌手になってた。
一度だって夢見たことはないと
想っていたけれど。

押し入れの奥の奥から
引っぱり出した小さな
おもちゃのスーツケース。
火事になったら持っていく物は
このなかに入っている。
茶色いへその緒も
大切な手紙も
いつかの葉っぱやら
石ころなんかも全部。

宝物に紛れて
小学校の通信簿を見つけた。
算数はいつも安定して最悪。
図工と体育はぴかいち。
備考の欄に足されるのは
ひょうきん、好奇心旺盛、など。
その他の行動としてはけんか。
学校中の男子全員と
お手合わせしたんじゃないかと
自負するぐらいけんかばっかり。
未だに同窓会に行けないのは
そのせいでもある。
通信簿に書かれることなんて
注意深く読んだことも
なかったけれど。
はたと、手が止まった。
“きれいな声で歌うのが上手です。”
記憶が繋がる瞬間は
突風のその時と良く似てる。

放課後の音楽室
だれもいない体育館
グランドピアノ
土曜日の帰り道
灼けたアスファルト、
スイトピー、金網、雨
窓を全開にした車の後部座席

お盆に集まった親戚の輪
芝生のにおい
夜空

私が歌ったのは
うーさぎうさぎ
なにみてはねる
十五夜おつきさま
見てはああねーる

好きだった。
私は好きだった。
高い声が頭のてっぺんから
空へと昇っていくような

その振動にくらくら目を回して
体のまん中がまるで筒になって
大地と天をつなぐような
ふわりと立ち上る
私はそれが好きだった。

知らないうちに
導かれるように
私は辿り着いたのかもしれない。
ずっと夢見てた場所。
これまでの道のりが
許されたみたいだ。

今度月が出たら
あの歌をうたおう。

ずっと夢見てた場所へ。
また手を広げて。
私は行くんだ。

いつも涙が出るよ。
さあ、私は行こう。



毎日新聞 2007年3月6日 東京朝刊

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