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シモーヌ・ヴェイユコミュの原発・科学技術・TPP・イスラーム圏革命の精神的支柱としての根をもつこと

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緊急事態なので、根を持つことを多くの方が読めるように、
コミュの方で協力して情報共有のあり方を考えませんか?

老齢に達した翻訳者の方に力が残っていたらもう一度表舞台に出て欲しいと願っています。
山崎 庸一郎さん、
冨原 眞弓さん、
田辺保さん、
渡辺一民さん
と直接面識のある方は、さしつかえなければ、コンタクトを取って情報を頂けないでしょうか?

3月13日現在amazonとジュンク堂日本の古本屋では在庫希少です。

wikiやtwitterやscribd や電子書籍より、紙メディアで手に取れる状態で、
著しい誤読のないようバランスの取れた解説をつければ、
精神的支柱として多くの方が基本的立場を構成する上で役に立つものと考えています。

出版社・編集者・翻訳者・流通業者・版権元の負荷が少ない形でなんとか実現できたらと思っています。

wikiやtwitterでスケールする情報については、ヴェイユの中で特にバランスの取れ普遍的価値があるもののうち、あまりに真を突いて過酷なため読むものにダメージ残るものを避けるかつ、骨抜きにはしないかつ、できるかぎり慎重かつほどほどにスケールするよう情報発信するのがよいのではと考えています。

コメントが頂ければ嬉しいです。



コメント(9)

訳者や出版社を経由するのは難しいのではないかと思います。

 注をつけるのであれば、引用扱いになるので、訳者と出版社を明記しておけば問題ないと思います。いな注をつけなくとも、その人が心底入れ込んだヴェイユの言葉であれば、とりわけこうした事態ともなれば、引用でなくとも、訳者、出版社さえ明記してあれば、むしろ喜ばれることであろうと思います。

 一方で、ヴェイユは死後50年経っているので、版権が切れています。ということは誰でも訳すことができるわけです。フランス語からのみからは難しい場合は、英訳や既存の訳をあくまで参考という範囲にとどめて、ご自分で訳してネットにアップする等、光がさすであろうと思います。

 『根をもつこと』でなくとも、今人が必要としているのは、教訓などではなく、「ほんとうの言葉」であると思うので、それぞれがそうした自分がヴェイユのなかに潜水していってつかみ取ってきた言葉があつまれば、それらが、ひとつの星座をつくり、大きなリアリティの爆発を起こしうるであろうと思います。

 とはいえ、私自身、どのような発信が可能であろうかと日々思いあぐねているのですが。

  
こんばんは

訳者の方を経由するのは確かに難しいと思います。
個人的な話ですが、68年世代より前の年齢の科学者で個人主義者なのにアカデミズムの政治に関わっていた人物と、話をせねばと思いつつ、なんとなしに過ごしている内に話す機会がないまま亡くなってしまい後悔しています。
年齢的にもタイミングとしても最後のチャンスとなる可能性が高いし(田辺保さんが逝去されていることを始めて知りました)、社会も先の大戦を経験している彼らの力を必要としていると思います。

著作権については、フランス語から訳すことなど考えたことがなかったので、その手があったかという感じです。

あらためて「根をもつこと」の第一部を読み返してみて、なぜヴェイユがこんなにも人間が要求するものの概念を厳密に定義し直そうそうとしているのか、著作に親しんでいない人には理解に苦しむだろうとも思いました。
ふっと自然に頭に浮かび上がってきたアフォリズム的なものを、発信するのがいいのではないかと思ったりもしますが、難しいですね・・・

こんな時こそムーミンママに登場願わねば・・
昨年、岩波文庫で出ていますよ。まだ店頭にあるはずです。
 こんばんは

>社会も先の大戦を経験している彼らの力を必要としていると思います

 この視点は抜け落ちていました。年齢的にいうと、80歳代とそれ以下とでは、大きなボーダーラインがひかれますね。最近、信頼できると思える人はこの世代の方々ばかりです。

 たしかに、著作集の翻訳は確か、一年くらいの計画で刊行されていて、あの時代のすさまじい空気を感じます。その一方で、田辺さんの名訳『超自然的認識』は7年かけられているという。この時代の人々がどれだけ言葉を大切にしてきたのかと胸がつまります。

 渡辺さんも山崎さんも間接的には連絡とろうと思えばとれると思います。しかし、年齢を考えると、相当、まわりがおぜん立てしないと難しいかなと。とりわけ、おっしゃるように、実のところ、端的には届かないヴェイユの言葉をいわば超訳というか敷衍訳して直接性に変えてゆくとなると。

 なので、具体的に「なになに」というのがはっきりしているようであれば、声をかけてくださいな。その他、妙案が浮かんだ場合も。
>>[5]

私も岩波文庫で『根をもつこと』、読み始めさせていただきました。
出だしから、ちょっと難しい文章、あるいは訳文ですね。こう言っているのでしょうか。

「義務の観念は実は権利の観念より先行する。権利の観念はあくまでも義務の観念に従属し、それに依拠するのである。
何らかの権利というものは、それ自体として有効であるわけではない。もっぱら、それに照応する義務があってこそ初めて有効となる。
権利に実効性があるかないかは、その権利を持っている当人が決めるわけではなく、彼あるいは彼女は何らかの義務を負っていると他者が承認する時、初めて決まるのである。」

この理解でいいのでしょうか。
いや、上の理解の仕方は最後の所が明らかに間違っていますね。
義務こそが権利に先行し、権利はあくまでもそれに照応する義務に従属し依拠して初めて実効性を持つ。
当人がいくら権利を主張してもそれだけで権利に実効性が生じるわけではない。
他者が、その人に対して自分は義務を負っているなあと自覚する時、初めてその人の権利というものが実効性を持つことになる。
もともとは各人は義務を持つに過ぎない。そこに他者が介在し、他者がその人に対して私は義務を負っていると自覚する時、その人に権利が発生してくるのだ。
「ただ義務だけが無条件なのだ。義務はあらゆる条件を超えた領域にあるものなのだ。なぜなら、義務とはこの世を超えた所にあるからである。」

この言葉は単に概念的思考によって受けとめるべき言葉じゃないし、そうした受けとめ方では本当に理解することはできませんね。
瞑想とともに味わってこそ、その内実が豊かに体認されてくる言葉ですね。

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