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ウルトラセブンコミュのセブンは逃げ帰ったのか?

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メビウスの公式サイトではセブンは逃げるように地球を去った書かれているんですね。

2005年12月頃に朝日新聞に連載されていた市川森一氏のコラムにおいて市川氏はセブンをベトナムから撤退する米軍になぞらえて満身創痍で逃げ帰ったと記しています。
これは傷つきながらも地球を守り抜いてM78星雲に帰っていったと思っていた私には衝撃的でした。

作り手の意志は尊重すべきとは思いますが、どう受け取るかはファンサイドにもあると思います。
みなさんは逃げ帰ったと思いますか?地球を守り抜いて帰っていったと思いますか?それともレオに繋がる一時帰還だと思いますか?

コメント(89)

悪く言えば何とでも…


極限まで戦い抜いた『戦士』に浴びせる台詞ではありません…
ボスキャラを倒して『地球の平和は保たれた!』とか言える戦いでは無いのですから・・・

『今までありがとう。これからはウルトラ警備隊が守り抜く!』でよいのではないかと。

殺し合いとは無縁のはず(?)の恒点観測員の仕事で地球に来ただけなのに、

頼まれもしないのに、命がけで戦ってくれたのですし。
悪く言う言わないじゃなく、地球の為にあそこまで戦い抜き、傷つきながらも人間達を守り抜いた。                         例えそのセブンが逃げたとして、何が恥ずかしいのですか?戦士と言えど逃げてしまうことはあるはず、それを『情けない、恥ずかしくないのか』と言うのであれば、そんな言葉をセブンにかけた者の方が恥ずべき者だと思います。
シナリオ上の設定としても「逃げて帰った」と解釈しても、問題ないのではないでしょうか?生命体である以上は寿命もあるんだし(ただし凄い寿命ですが)、日々のダメージ疲労に休息が追いつかなくなる時、人が入院するのと同じ。ウルトラの星メディカルセンターに逃げて(避難して)リハビリテーションの必要性もあったでしょう。
そしてそうして回復したからこそ、ジャックやレオ、数多くのシリーズで活躍し続けられてるのではないでしょうか。

製作者の意図、隠したメッセージ、そして見る側の受け止め方が違っていたとしても、それはそれ。市川氏だってセブン放映終了、そしてベトナム終戦から30年以上経ったから初めてコメントしたことなんでしょうから・・・
「逃げ帰った」って・・・・・

そりゃないでしょう。最後はヨレヨレだったのは確かだが、逃げたのとは
違いますよ。パンドンとの死闘は帰るキッカケとなりましたが、「帰る」
事がまず物語完結の口実としてあるわけで。

宇宙空間の帰路で新たな侵略者とすれ違っていたら、セブンは間違いなく
命を投げ出して戦いを挑んだと思いますよ。パンドン戦だって結果的に勝利
しましたが、セブンは命を投げ出していたじゃないですか。個人レベルで
どう解釈しようと自由ですけどね。すごくヘンですよ。
?逃げ帰った?とは思いませんが、
?意図せずに。。??志半ば。。?と言う気はします。

?死んで帰っていくのだろうか。。?
といったセリフや最終話の演出
を見ていると必ずしも前向きな終わり方では
ない気もしますし、当時の世相
※ベトナム戦争、ですか??
は反映しているのかなぁ、と。。

まぁ受け取り方は人それぞれ、ってことで。。
ひさびさに上がってきたトピなので、今回はじっくり拝見いたしました。

もし、セブンが地球の平和を守るためにやってきていて、ゴース星人以後も続々と侵略宇宙人が現れるなら…
逃げるという表現も“あり”かもしれません。
が…ワタクシはこう考えてみました。


・恒点観測員340号という肩書きを持つ一人の宇宙人。たまたま訪れた地球という星が、侵略の危機に瀕していることを知る。

・また、地球人(薩摩次郎)との出会いが、自己犠牲の尊さを知るキッカケとなり、地球人・ダンとしてウルトラ警備隊に入隊。宇宙全体の平和と同時に、地球を守る決意を固める。

・様々な侵略者と戦うが、過剰な防衛システム(超兵器R1号)や、地球の先住民らしき生命体(ノンマルト)との戦いに、悩まされる。

・長い戦いの間に傷つき、これ以上エネルギーを消耗すれば、帰ることすらできなくなる。

・そんな中、自分のミスで円盤の侵入を許し、アマギも拉致されてしまう。

・アンヌはダンの体を心配をするが、メディカルセンターで検査(手術)を受ければ、地球人ではないことがバレてしまう。そうなれば、今まで通りの『地球人・ダン』ではいられなくなる。

・しかしアマギ隊員を救うために、アンヌに正体を明かし、戦地に赴く。

…箇条書きにすると、こんな感じでしょうか。

つまりセブンは『誰に頼まれもせずに、地球を守ってくれた』んです。
おまけに地球に来たことも、全くの偶然でしょう。

『逃げた』という表現を使うなら、その反対は『(戦うために)来た』でしょうが、その表現は違うように思えます。

そこが以降の作品と、大きく違うところでしょうしね。
ベトナム戦争にたとえるということは脚本家の心に裏設定があったんでしょうか?

地球と侵略宇宙人の争いの背景にセブンサイドと別の対立する主義の一派があり、
実はその代理戦争だった。
そしてセブンは、自発的ではなく、介入という形で争いに関わり、自発的に
地球を守るのではなく、背景間の主義の闘争の最前線という意味で戦った。

ベトナム戦争といえば、つまりはそういうことになってしまいますね。

そして最後は敗北撤退。。。

そういう意図があったかどうかはどうだったのかはともかく、
そういう発言をしてほしくなかったなぁ。

もっと1人の美しい心をもった宇宙人の崇高な戦いの物語だからこそ
今日まで語り継がれているわけだし、なんか夢壊された気分ですね。
ログを拝見して驚きましたが、「セブンは逃げ帰ったのか?」のトピは 2007年03月05日 18:59 にアップされ、「>48」の 2007年03月12日 01:02 で一旦沈静化していますね。「>49」が無く、「>50」の本日(もう昨日ですね)から再度盛り上がっているようですね。

半年過ぎてからの盛り上がりにも驚きましたが、問題の

「メビウスの公式サイトではセブンは逃げるように地球を去った・・・」

を確認したいのですが、どなたか URL わかりませんか?

2005年12月頃に朝日新聞に連載されていた市川森一氏のコラムは確認しました。が、セブンファンとして、メビウスの公式サイトにこのようなコメントがされているのであれば、メビウス制作サイドの主旨を確認するのが、筋かと思います。

トピをたてられた、リントさんでも構いません。
どなたか、わかりましたら教えてください。よろしくです。
ベトナム戦争を引き合いに出したのは、
『正義とは何か?』なのではないのでしょうか?

『民主主義のため=ベトナムのため』の戦いと信じ、命がけで戦った若い米兵は、
逆にベトコンの強烈な反撃に合い続け、何のための戦いか迷いながら撤退してきました。
他国への干渉戦争の意義に疑問を持ち、反戦運動が世界的なムーブメントになった時代にセブンは作られたので、特に意識しなくても自然に盛り込まれているのではないのでしょうか。

『これ以上、深入りすると命を落とす』
『その国の人間がその国の未来を決めるべきだ』
『自分の戦いは正しいのだろうか?』

そう考えると、怪我をしたまま輸送機に乗せられ帰還する若い米兵と、
悩みながらも戦い、満身創痍で明けの明星の輝く空に飛んでいったセブンがかぶって見えてきます。

それほど深い意味合いではないのだと思います。
仮に細かくベトナム戦争にあてはめてしまうと、
『M78星雲と敵対する宇宙人の勢力が地球侵略を開始し、阻止すべく戦ったセブンは、敵対勢力の支援を受けた地球人の一部勢力に泥沼の戦いで窮地に陥り、新兵器で地球を汚染し、M78星雲でも反戦運動が始まり、これ以上の犠牲を避けるために、地球を去っていった』
という無茶苦茶な事に・・・あせあせあせあせ(飛び散る汗)



 以前、左翼誌の「世界」に市川氏が寄稿したことがあり、その中で「宇宙囚人303」の回の初期のシナリオは
?邪悪な宇宙帝国から兵士が脱走
?脱走兵を返さなければ地球を侵略すると恫喝
?困ったウルトラセブンとウルトラ警備隊が脱走宇宙人を殺してしまう
という筋書きだったとのことです。これは言うまでも無く、当時のベトナム戦争におけるアメリカ兵の脱走問題を下敷きにしています。
 無論、このような話が円谷プロの承認を得られるはずも無く大幅な改編の上、放送されました。
 ちなみにこの話を読んで後日、前述の編集部に
「本当に邪悪な帝国(=ソ連:レーガン大統領の演説)から脱走兵(V・I・ベレンコ中尉)が日本に逃げてきた時、本当の日本政府は全力で彼を守り、安全圏へ逃がしました。氏が地球=日本の無力さをシナリオ化したのに対し、現実の日本が10年後見事に応えた事にある種の感慨を禁じ得ません」と、嫌味タップリに投書したら、案の定ボツでした(W)。
メビナビ「俺が受けた悲しい想いだけは君に味わわせたくはない」
http://hicbc.com/tv/mebius/webmebinavi/046.htm
40年ほど前、ウルトラ警備隊と共に数々の侵略者と戦ったウルトラセブンは、疲れ果てた体を引きずり、逃げるように地球を去らなくてはならなかった。その後、再び地球の守りについた時には、脚を折られ、変身する事もできず、MACの隊員たちにも多くの犠牲を出してしまっている。ウルトラセブンは、仲間を失う悲しさを、誰よりも知っているウルトラマンでもあるんだ。

原典はここの記述ではないかと。
ZEEDさん

ありがとうございます。

「俺が受けた悲しい想いだけは君に味わわせたくはない」のセリフ解説で

「・・・疲れ果てた体を引きずり、逃げるように地球を去らなくてはならなかった。・・・」

という部分ですね。このトピをたてる際に、本文はアップすべきではなかったでしょうか。その上で、ファンのコメントをカキコすればよかったと思います。

ただし、スタッフサイドもファン心理を理解していれば、

「・・・疲れ果てた体を引きずりながら、地球を去らなくてはならなかった。」

くらいにしておけばよかったと思います。
本文の意図については、メビウス制作サイドの主旨を確認してみますか。
みなさんの意見を読ませて頂きましたが、自分はセルゲゐ【ND06】さんと霜月さんの意見に一番同感できます!

制作陣の中の一スタッフの見解であり、他のスタッフもこの様な見解であったかどうかはよく解りません!多くのファンその他の人の見解とはずれているのではという気がします!なにより、素直に最終回を見て、逃げ帰ったという感じには取れない様な気がします!

それともう一つ問題なのが、セブンの制作からかなり年月が経った後でのコメントという事ではないでしょうか?しかも主には他の作品に関連して書きこまれたコメントである様です!それと朝日新聞というとなんとなく、新聞社側の意図も感じられる様な気がします!

ところで話は変わりますが、(ここから先はあくまでも自分がセブンを見ていて思った事で、みなさんのイメージと食い違う場合も考えあらかじめお詫びをしておこうとは思いますが)ウルトラというとやはり組織を感じてしまいます!セブンは自らの意志で地球を守ろうとしたのかもしれないけれど、最終回でセブン上司が出現するように、セブンの動きはすべて上層部に監視されていたのではという気がします!と言う事はおそらく、セブンは地球を守る意志を上層部に報告しており、ウルトラの国で地球を守るセブンの行動がウルトラの国の方針とは反しない事は確認されており、セブンの行動に許可が出ていたのではという感じがします!そう考えてくると、自分はやはりセブンは役割を終えて帰り、もしかしたら、セブンの代わりに新しい誰かが派遣されたのではという風に考えてしまいます!多分この考えは多分に「ウルトラシリーズ」の影響を受けており、セブン単独ファンの方のイメージとは異なるかもしれません!(すみません!)(なお、自分もかなりセブン単独ファンに近いのですが、自分の中の心情を冷静に見つめてみると完全な純血ではないようです!)
「疲れ果てた体を引きずり、逃げるように地球を去らなくてはならなかった。」

「去らなくてはならなかった。」ということは、不本意ながら去らなくてはならなかったと言うことですよね。
後ろ髪を引かれながらも・・・。

そして「逃げるように」というのも周囲から見ると逃げたように思える、ということになります。
あくまでも「ように」ということは、イコール「逃げた」ということではないのでしょう。

つまり、セブンは自分の思いとは裏腹に引かなくてはならなかった。
周りから逃げたと思われようとも地球を離れなければならなかった。
ここにセブンの苦渋の選択が見えてなりません。

文章表現だけから見れば、こんな風に思います。

そして、セブンは“ただ勝てばいい”というだけのヒーローではなかったのだと、このトピを読ませていただいてそう思いました。

逃げるように、って表現、多分にメビウスとの比較もあるのではないかと。

メビウスは、途中で仲間に正体を明かした上で一緒に戦い、最後は全てをやり遂げた達成感とともに仲間に別れを告げて去って行きましたから。

単独でセブン見てて、逃げ帰るってイメージはないですが、他のウルトラマンに比べたら、孤独に去って行ったように見えるのも仕方ないかとも思えます。
皆さんあれこれ難しいこと仰ってますが、私は頭が悪いのでよくわかりません。

彼は戦隊ヒーローや仮面ライダーのように敵の本体を叩き「任務完了」して帰郷したわけではなく
その完遂を見ずに「無念の撤退」せざるをえなかったのだ、と。
しかし、キリヤマ隊長の「これからはわれわれ自身が地球を護るのだ」との決意宣言によって
ウルトラセブンの「任務」は終わった、と言えると思います。
「逃げるように帰らねばならなかった」といえば確かにそうでしょうが
死んでしまっては仕方ない、彼も不死身ではないですから。
生きて帰れば、体を治してまた戻ってこられるかもしれない。また戦えるかも。
そう考えての「勇気ある撤退」とも考えられましょう。

市川さんという人のコラムが円谷プロの公式見解というわけではないのでしょうから
「こういう考えもあるんだ」でいいんじゃないですか?
当時のスタッフにはそういう意識もあったのかもしれませんが、
ベトナム戦争に結びつけてセブンを語るのには正直感心しませんね。

セブンは頼まれてもいないのに地球の為に命を賭して戦い続け、
最後は大怪我をして生命の危険があるので仕方なく帰還した。
例えどんな戦争であれ、自らの意思で戦って負傷した者に対して
「逃げ帰った」なんて無神経な表現ができる方が異常でしょう。
単に言葉の遣い方を知らない人だな、と思うだけです。

セブンが他のウルトラシリーズよりもいろいろ語りたくなる深い作品であり、
またそういうファンを引きつけてしまう弊害かな、とも思いました。
本当にあの時セブンが逃げ帰ったなら、パンドンと戦わずに自分の体のことだけ考えて戦わないでM78星雲に帰ったと思う。
アンヌに別れを告げて本当はまだ地球にいて一緒に戦いたいのに帰らざるを得なかったという意味じゃないだろうか。
市川先生も自分の作品を否定する人じゃないと思います。
おじゃまします。
仲間(アマギ)や地球を救う為なら、セブンは、死んでも構わないという思いで変身し、史上最大の侵略を食い止めたんですからね。
あそこでセブンが散華したとしても、物語の意味的には変わりはないでしょう。
「逃げ帰った」とは・・・いったい、市川氏のコメントはどういう意味だったのでしょうね。
セブンの役割は、あそこで終わったのです。
後の地球は、我々自らの手で守り抜くんです。
ほぼすべてのご意見において当然の認識として、「逃げ」る=よくないこと、という前提で語られていることがちょっとした驚きだったりします。

「転進」した、ならOKでしょうか?

(自分は「逃げることだけが人生」みたいな人間なので…。)
『ウルトラマンレオ』が観たくて仕方ない今日この頃です考えてる顔
地球を守り抜いてM78星雲に帰って行ったウルトラセブン=諸星ダンがどうなったか?
『逃げ帰った』なんて解釈ありえないっす(ρ.-)
【セブンが逃げ帰った?】
自分の命が危ない状況の中で仲間を助けたセブンは責任を果たしたと思います。
侵略者を残して帰ったのら話しは別ですが…
セブンが逃げ帰った!文面だけ見れば、あいつは卑怯なやつだ・負け犬!見たいに受け取れるけど、作品を見た方は誰も思わないでしょう。
例え逃げ帰ったとしても、私はまた帰って来ると受け取ります。
みなさん熱いなあ!

もうちょっと肩の力を抜いて童心に戻った方がいいですよ。
大人になっちゃうとあれこれ小難しく議論したくなるのかな。

俺達のセブンは逃げてなんかないぜ!
って思えばいいだけよ。
セブン=ダンは、M78星雲人である自分と地球人アンヌとの悲恋に耐えられなくなり、地球を去ったのです、、、

アンヌの幸せな将来を願い、アンヌの故郷、地球を守り通した後で、、、

「ダンはダンじゃない。例えウルトラセブンであったとしても」、という言葉ひとつを胸に抱いて、、、
セブンは恒点観測員
タダで地球を守らなきゃいけない義務は何一つ無い訳で
いつ帰っても問題ないでしょう
後の、ウルトラ兄弟設定はさておいて、ウルトラセブンの最終回は、セブンが生きてM78星雲に戻れたことは明確にしていないと思います。

ウルトラマンにしろ、帰ってきたウルトラマンにしろ、明確に生きて自分の故郷に戻って行ったことがわかる演出とは異なっていると思います。

ウルトラセブンがパンドンを倒して明けの明星が輝く、空を飛んでいる姿は半透明です。
(これは合成画像だからそうなのか、意図的に半透明にしたのかは不明ですが...)

死んだウルトラセブンの魂だけが故郷に帰っていったと解釈する余地を残しています。
(パンドンを倒した後、飛び立つところまでは確実に生きていたと思いますが...)

また、残された警備隊員とクラタ隊長のセリフは以下の通りです。
----------
「ダンは死んで帰っていくんだろうか…。もしそうなら、ダンを殺したのは俺たち地球人だ…」(ソガ)
「…奴は傷ついた身体で最後の最後まで、人類のために闘ってくれたんだ!ダンを殺したのは俺たちなんだ……。あんないいやつを…」 (ソガ)
「そんなバカな!ダンが死んでたまるか…、ダンは生きている。…きっと生きてるんだ。」
----------
もしも、セブンが生きて自分の故郷に帰れたことが明確なら、上記のセリフは出てこないと思います。
ダンとの別離を惜しんだとしても、みんな喜んだ表情をすると思います。

私の勝手な想像ですが、セブンの最終回は、セブンの生死を含めたその後を視聴者の想像に委ねるように制作されていると思います。

ですから、セブンが生きて帰ったことを前提にして、しかも、逃げ帰った旨の表記をするどこかの公式サイトは、セブンの最終回の意図とずれていような違和感を感じます。

以上、私の個人的な見解です。
はじめまして。

***平成セブンシリーズのネタバレを含みます***

セブンの世界観は、やはり沖縄出身である金城哲夫氏の視点が強いと思います。
セブンをセブンたらしめているエピソードと言えば、やはりノンマルトである訳で、それは勧善懲悪で割り切れない領域に踏み込んでいるのが最大の理由でしょう。
その深さ故に、この設定は平成セブンシリーズに受け継がれる、いや平成セブンシリーズで開花したと言ってもいいでしょう。

TVシリーズでセブンは「現・地球人」の側にいる訳ですが、平成セブンシリーズでは・・・。
ノンマルトのエピソードでは、キリヤマ隊長の異常なまでに興奮した口調が印象的ですが、彼はその後ノンマルトに関して独自に調査を進めます。

だからと言って、TVセブンの最終回が「逃げ帰った」かと言われると、今まで一瞬もその様に感じたことはなかったですね。
ですから、作り手がその意識でいたのなら、表現としては完全に失敗です(笑)
すると、失敗作=駄作ではない好例となるかも知れません。

ちなみにメビウスでのダンの台詞「「俺が受けた悲しい思いだけは、君に味合わせたくはない」は、私は平成セブンシリーズから生まれた言葉だと解釈しています。
>あーちゃん
トピの内容とは関係の無い話しになってますが、ノンマルトの使者はあそこで余韻を残して終わったところがいいのだと思います。
続きは不要だと思います。
平成セブンのテーマは私には理解不能でしらけてしまいました。
この世界は侵略につぐ侵略の歴史なのですから

>AUSTIN ●EOVIS中佐さん
>恒点観測員317号さん
まったくもって同感です。

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