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【FREE TIBET】チベットコミュの「経済発展」はウソ

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白書は次のように書いている。「1980年代に、チベットでも中国の他の地方と同様に、改革の大きな盛り上がり、始まりと近代化の動きがあった。」この文章は白書の中で、恐らく唯一の真実のものである。1980年に、当時の中国共産党書記長 胡耀邦がチベットを訪問した。彼はチベットの状況に衝撃を受けて、生活水準を少なくとも1959年以前の水準まで引き上げなければならないと語った。胡のチベット訪問後、チベット人自身にその生活様式を決定させるために、規制緩和といくつかの真の自由化措置―中国人幹部の削減と、地方行政権のチベット人幹部への委譲―が短期間行われた。これが、中国政府が「自由化」の美辞麗句を本当に実施しようとした最大の努力だった。残念ながら、この期間は10年も続かず、その後中国政府は唯一よく知っているやり方―さらに厳しい支配と抑圧―へと後戻りしたのだった。

1984年に、第二回西蔵工作座談会において、国家資本投入と九つの州と地方自治体の支援のもとに、43の事業計画が開始された。この43の事業計画をより詳細に調査したところ、これらの計画の一つとして、その大多数が農夫や遊牧民である一般のチベット人の生活を改善したり、好影響を与えることを目指したものは無いということがわかった。計画の中には、チベットにホテルを建設するというような奇抜なものもあった。数軒の意匠を凝らしたホテルが北京には建設されていた。これらの事業計画の意図するところは、明らかに、チベット人の生活の質を向上させることではなく、チベットに駐在する中国人官僚をねぎらい、強化して、中国人が居住者の大部分を占める都市部の生活の質を向上させることだった。

同様に1994年の第三回西蔵工作座談会では、チベット経済の発展促進のための62の事業計画が発表された。しかし、これら62の事業計画とは何だったのだろう。62の事業計画とはまたもや、幹部と中国人の都市居住者の生活条件をさらに快適にするために、中国政府からもっと資金を獲得しようと、チベット自治区政府が企てたものにすぎなかった。それは、都市部に居住する中国人住民―幹部や軍隊、移住者―の不平不満を抑え、彼らをなだめようとするものにすぎなかった。62の計画のほとんどすべてが、チベット都市部の社会基盤の改善のためのものだった。全事業計画のうちの17がエネルギー計画である。全投資の30パーセント以上がこれらエネルギー計画に向けられる。これらのうち2、3の計画は、現存の発電所を修理するものだった。これらの発電所は、発電所の周りに居住する地元のチベット人家庭に電力を供給するのではなくて、ラサ、シガツェ、ニンティ、チャムド、ナクチュの都市部に供給する電力と、ロカ地方のノルブサのクロム鉄鉱山開発に大いに必要な電力を供給するのである。

2001年6月、第四回西蔵工作座談会の後で、117の事業計画が正式に発表され、中国西部開発計画の一部として、チベットを「開発」するための野心的な計画が立てられた。チベットのアムド省(中国名:青海)のゴルモ(中国名:ゴルムド)からラサに至る鉄道敷設が発表された。中国政府はそれをチベット人の近代化への願いに答える中国からの贈り物であり恩恵であると自画自賛した。しかし江沢民主席は、訪米中に一度正直にも、この鉄道計画は、たとえ経済的に採算が合わなくとも、どんな犠牲を払ってでも進めると語った。江沢民は、この決定は「政治的」理由によると述べた。

中国白書は次のように書いている。「統計によれば、1994年から2000年までにチベットの国内総生産(GDP)は130パーセント増加、つまり年12.4パーセント増加した。都市居住者の一人当たり可処分所得と、農夫と牧夫の一人当たり収入は、各々62.9パーセントと93.6パーセント増加した。また、1990年代には48万人だった貧困人口がわずか7万人まで減少した」白書は「統計によれば」としているが、その統計は州と県の当局によって作成されたもので、彼らは上層部を喜ばせるような統計をでっち上げる技術では専門家なのだ。中国では、中央が政策を持ち、地方当局はその政策に付き合うというのは常識である。朱鎔基首相は中国の統計が当てにならないと認めた。朱は、統計的数字が当局によって自分たちの都合が良いように操作されると語った。それでは、何がGDP伸び率12.4パーセントという驚くべき成長のきっかけになったのだろうか。白書は、「第三次産業」がチベットのGDPの50パーセント以上に貢献したと書いている。どうやってだろう。『多数の貧困』の著者ワン・シアオ・チアンとバイ・ナンフォンは、州当局が統計的数字を改ざんする傾向があることを承知していたが、さらに悪いことに、二人の経済学者は真実を述べたために問題を引き起こした。彼らは「輸血」つまり中国政府や他の州や市からの補助金と経済支援が、チベットでこの組織の運営を維持していることに気づいた。国の補助金と資本が都市部の社会基盤建設ブームの資金となり、それがGDPの計算で経済成長として報告されているのだ。このような成長からだれが利益を受けるのだろう。このような成長で恩恵を受けるのは、中国人役人と都市部の移住者であって、中央からチベットへの人工的資本注入から何の利益も受けていないチベット人農民や遊牧民ではない。この「驚異的な」GDP成長を支えるために、各々の工作座談会が終わるたびに、事業計画の数を増加していったわけだ。―43、62、117も!チベットの地元役人は、中国政府と他州に自分たちの「近代化」事業を支援させるために、「社会的安定」という政治的に微妙な問題を引き合いに出すというおなじみの確実な計略を使ったのだ。

しかし、中国政府がなぜ何も得るものが無いのに、これほどまでにチベットにつぎこむのだろうか。別の問題があるのだ。チベットの資源―森林、薬草、野生生物、鉱物―は、中国憲法第九条に従って国家に帰属するのであり、中国憲法の中でもこの条項だけは、執拗かつ厳格にチベットで実施されてきているものなのである。チベットの森林から持ち出された木材だけでも、中国が1959年以来チベットに投入してきた資金の数倍にはなるであろう。

中国白書は、1990年代初期に48万人だった貧困人口が、ちょうど7万人を超える程度まで減少したと自画自賛を続けている。中国政府はどうやって、このような短期間にチベット人人口の四分の一以上を貧困から救済したのだろうか。世界銀行の調査が、この短期間に中国政府がこのような劇的貧困削減を成し遂げたのは、どのようにしてなのかをわれわれに教えてくれる。中国政府は、ただ意図的に、1日1米ドルまたは1年で365米ドルという貧困ラインを尺度とするのをやめただけなのだ。そしてそのかわりに、1990年の物価で一人当たりちょうど500元―現在で約625元(76米ドル)という「中国式」貧困ラインを採用しているのだ。(※16)  どんな開発途上国でも、中国式の貧困削減策をまねないであろうことは明白である。その上、中国の統計によれば1997年に貧困県として指定されたのは5県にすぎないが、これは中国全体で最低所得だった。国務院扶貧弁公室(LGPR)は、それらの指定貧困県の外部にもっと多くの貧困な人々がいることを認め、貧困者の調査と貧困根絶戦略にさらに多くの課題があると認めた。またLGPRは、既存の政治的利益と中国の貧困削減事業への介入を強調している。 (※16)

しかし、中国政府が一貫して用いるチベット「解放」の詭弁に照らしてみれば、チベットが依然として非常に貧困であり未開発であることは明白である。これまでのUNDP(国連開発計画)の人的開発報告(※17) によれば、チベット自治区と他のチベット人居住地域は、人的開発指標(HDI)とその複合指標―教育と収入、医療―によって比較すると、中国の諸州で最下位が続いている。もしチベット人居住地域を一国家として別個に測るとすれば、バングラデシュやジブチ、ハイチのような「人的低開発国」の範疇に転落するだろう。 (※17)

白書は、いわゆる「チベット自治区」には、今日401の発電所があり、総発電可能力356メガワット、年間発電出力毎時6億6千百万キロワットであると書いている。1990年に、『多数の貧困』の著者ワンとバイは、816の発電所があると報告した。消えてしまった415の発電所はどうなったのだろうか。ほとんどの発電所は、集産主義時代に強制労働によって建設された、つまり第一に、半数の発電所は粗雑な造りのため廃棄しなければならなかったのだ。アムド州チャプチャ県の貯水池は1993年に崩壊して、少なくとも1,257人の死者を出したが、中国政府の発表の常で、公表された死者数は300人にすぎなかった。現地のチベット人たちは貯水池の危険性を当局に訴えていたが、聞き入れられなかった。現地当局が何らかの行動をとったのは、悲劇的な崩壊事故が起こってからにすぎなかった。

チベット中部で小規模な水力発電所を開発するために活動しているドイツの組織は、村の人口の70パーセント以上は電気を利用できないでいると報告した。世界銀行の報告書は、チベット中部だけで12万7千世帯以上の家庭は電気が引かれていないことを明らかにした。(※18)

それでは401の発電所の電力はどこに行くのだろうか。それは、チベット人を支配するチベットの中国官庁とチベットの自然資源を採掘する中国組織に電力供給するために使われるのだ。これらすべての発電所は、中国人住民が優勢な都市部に電力供給するが、太陽発電や地熱、水力の発電源近くに居住するチベット人農民や遊牧民には供給をしないのである。

白書は、チベットと中国各地を結ぶ高速道路網と、チベットのアムド州ゴルモからラサまでの新鉄道建設(※19) を誇っている。高速道路と鉄道はチベットから中国まで数千マイルにわたる。しかし、もし中国政府がチベット近代化に真剣ならば、チベット南部から最も近い海港にアクセスするようにできないのだろうか。最も近い海港コルコタ(カルカッタ)は、チベット国境からわずか600キロ離れているだけである。 (※19)


(※16) 『中国開発概要』 http://www.chinadevelopmentbrief.com/brief.asp

(※17) UNDP『中国人的開発レポート』(China Human Development Report)(1997&1999)

(※18) 世界銀行『再生可能エネルギーと電力セクター』報告書#15592-CHA(世界銀行 1996.19-25)

(※19) この鉄道計画に関する詳細な報告はオンラインで入手できる
http://www.tibet.net/eng/diir/pubs/rail_report.doc

コメント(1)

http://www.tibethouse.jp/situation/height_of_darkness/Height_of_Darkness_2.html
からの転載

サムドンリンポチェ教授が2000年に発表されたチベット侵略を正当化する中国白書に対抗する目的で出された文書の一部です。
http://www.tibet.net/en/flash/flash_archive/2001/1201/wp-response.pdf

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