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JTJ宣教神学校コミュのさらに高く、さらに奥へ!

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2003年度卒業の元教室生のトイフェルスドレックです。
突然の提案ですが、この場を活かして福音主義キリスト者の霊性について分かち合い、互いの霊性を高め合いませんか?

以前いのちのことば社から「グローイング・ディーパー」シリーズという名前の一連の著作群が出版されました。
そのシリーズは、もともとリージェント・カレッジ「霊性の神学」教授(出版当時)であるユージン・H・ピーターソンが友人たちとはじめたシリーズでした。
詳しくは今後の機会に記したいと思いますが、私の感じたところ霊性とは、同じ信仰を持った親しい人間関係の中で磨かれるものであるようです。

そこでこの場では、同じ福音主義の信仰に立ち、JTJをこよなく愛する皆さんとの交わりの中で、「私たちの霊性」を高め合って行きたいと期待しています。

この趣旨に同意頂ける方はぜひ気軽に参加して下さい。
現時点で私が期待している具体的な記事の内容は以下のようなものです。
・おススメの信仰書についてのレビュー・感想
・↑についてのレス「わたしも読んでみて・・・でした!(みたいな。。)」
・「霊性」や「神学」についての皆さんの個人的な考えや分かち合い
・「霊性」を定義してみる(難しいし、正解があるものではありませんが・・)
などなど

ところで、「グローイング・ディーパー」シリーズの著作には必ず同じ序文がついていて、その内容は「嵐のまっただ中に、高さ六十メートルにも達する大木のてっぺんにいるジョン・ミューアのお話」でした。(これについても詳細はまたの機会に!)
それが、「グローイング・ディーパー」シリーズの扱う霊性のモチーフであったということでしょう。

そこで、言いだしっぺの特権として、このトピックのモチーフは、私の大好きなC・S・ルイスの「ナルニア国ものがたり」の完結編「さいごの戦い」から。
その最終章において、シリーズ中の登場人物たちが大集合して、アスランの言葉に従い「さらに高く、さらに奥へ!」と口々に叫びながら、あるところへ駆けて行くシーンに決定しちゃいました!
まずは心ある方が、↑この辺にレスなんかをカモン!

コメント(7)

早速、ブログで『キリスト教の霊性の定義と象徴(symbole)について』という記事をアップしました。↓
http://kagenokuni.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/symbole-eb12.html

おもにアリスター・E・マクグラスの『信仰の旅路』から引用してます。

この本読んだことある方いませんか?
読んでなくても、記事を見て関心を持った方は是非読んでみて下さい。
たまたま時間があるので連作しています。
E・H・ピーターソンの『牧会者の神学』から
「プロメテウスは祈らない」↓
http://kagenokuni.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-f025.html

名前だけでも覚えていって下さい。
今回はジェームズ・フーストンです。
流れとしては王道ですね。
『「狭間を生きる」という霊性について』↓
http://kagenokuni.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-7fd3.html

ところで僕は「王の道」という言葉が大好きです。
『ザ・ドアーズ』の『The End』という曲の中で、詩人であり伝説的なロック・アーチストであるジム・モリソンが「Ride The King's highway west, Baby」叫んでます。それを初めて聴いた日から、僕にとっては「王道」も「王の道」も「the King's Highway」です。
英語の聖書ではNKJが、民数記の王の道を「the King's Highway」って訳してますね。

この際、ドアーズが好きな人も集まれ!
せっかくはじめたので、とりあえず飽きるまでは一人で続けてみることにしました。
『キェルケゴール著『死に至る病』を読む』↓
http://kagenokuni.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-614a.html

誰か心ある人が読んではくれていることを信じて。。
E・H・ピーターソンの『牧会者の神学』から
『キリスト者の霊性と詩篇と祈りについて』↓
http://kagenokuni.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-53a2.html

因みに僕は、心に本当に大きな恐れや不安がある時、詩篇を第1編からひたすら読み続けることにしています。
20編を過ぎるくらいまで来ると、不思議と恐れや不安が和らいでいることに気付きます。
そんな意味で、詩篇は僕の心のよりどころであり、僕個人にとって聖書の中でも特別な書です。
久し振りに更新してみます。
とても分かりやすくて、しかも深い信仰的な示唆に富んでいる内容の詩です。
作者は禅者牧師と言われた吉田清太郎牧師です。
詳しくは↓
http://kagenokuni.cocolog-nifty.com/blog/cat12168940/index.html

『キリスト教信仰和賛』

その一
一、天と心にすむ神の、み声を心でよく聞いて、
 働きましょう、学びましょう、
 善きことしましょう、どこにても。

二、人は神の内に住み、神は人のうちに住む、
 魚と水との如くにて、人と神とは一体だ。

三、人を大事にしているは、神を大事にするのです、
 人を粗末にしているは、神を粗末にするのです。

四、小さい小さい親切も、天と心に住む神は、
 一つ一つ喜びて、一つ一つむくいます。

五、神のむくいが来る時は、おそい早いはあるけれど、
 おそい時にはおそいほど、神のむくいは多くなる。

六、苦しい時には神さまに、ただちにお祈り致しましょう、
 楽しい時には神さまに、ただちにお礼を申しましょう。

七、もし間違いをした時は、ただちにおわびを致しましょう、
 天と心に住む神は、必ず聞いてくだされる。

その二
一、正しい賢い福(さいわ)いな、人になろうと思うたら、
 気のつくことは直(じき)になし、気が咎(とが)めたらせぬがよい。

二、気のつくことも咎むるも、親がその子を守るよう、
 夜でも昼でも神さまが、我らを守るみ声です。

三、釈迦も孔子もキリストも、ソクラテースも皆ともに、
 気のつくことは直になし、気が咎めたらせぬのです。

四、大事小事の区別なく、出来ない時にはお祈りし、
 気のつくことはせにゃならん、気が咎めたらしちゃならぬ。

五、マーとかシカシなど言うて、気のつくことを直にせず、
 咎むることをするならば、いつも後悔するばかり。

六、何でも何処でも何時にても、気のつくことは直になし、
 咎むることをせぬならば、決して後悔いたしません。
久し振りに更新します。

『イエスの御名で(聖書的リーダーシップを求めて)』
ヘンリ・ナーウェン著(あめんどう)

私の在学中は、ある科目の課題図書にもされましたが、講師陣も多少変わっているようなのでこの場を借りて推薦します。

印象的ないくつかの言葉を引用します。

「クリスチャンの指導者がたどる道は、この世が多大な勢力を費やして求める上昇の道ではなく、十字架にたどり着く下降の道です。」

「真に神学的な思索とは、キリストの心で考える、ということです。」

「神学的な思索とは、日々経験する苦しみと喜びの現実を、イエスの心で思い巡らすことです。」

ヘンリ・ナーウェンはこの他にも多くの著書を残していますが、
私にとってナーウェンは「この旅の道連れ」として、
最良の人物の一人であると感じています。

同感だという方、おられませんか?

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