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シューベルト、好きです♪コミュの◇歌曲集[美しき水車小屋の娘]

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◇若者の行き様を描く作品に作曲したものです。マイスターから仕事を習い、懸命に努力を重ね頑張る姿、恋焦がれる姿、自らの感情の苛立ち、思春期の自分にとって、ぴったり曲調に刺激を受けました。自分は第1曲<さすらい>が特に大好きです。皆様はいかがですか?

コメント(34)

昔読んだ、吉田秀和の本(中公文庫?)で、
シュライヤーが歌った「水車小屋の娘」を聞いて、
泣いたという文章が印象的でした。

確かに、後半になって思いつめながらも一転し、
新しい境地が開けて、晴れやかな楽想となる時、
妙にぐっと来ます。
はじめまして。
私も「水車小屋」大好きなのですが、「晴れやかな楽想」とは具体的にどの曲をお考えでしょうか?やはり"Mein !"でしょうか?
あの曲は本当に幸せそのものですよね。それだけに、僅か数曲で奈落に突き落とされるのが辛くて辛くて見ていられません……。

ちなみに手前味噌になりますが、私この曲について CD レビューを書いたことがございます。

http://mixi.jp/view_community_item.pl?comm_id=70064&item_id=451830

いかが思われますか?
聖者ぼんちリンボチェ様:
補足、ありがとうございます。
最後の数曲、だんだん、密度が上がってきて、
個人の問題が、なんだか、昇華されていくような、
不思議な感覚にとらわれます。
ド・ジョウ伯爵 さん

 シュラーヤーだからということも有ろうかと思いますが...

 幸運にも3回聴く事が出来ました。
 最後は引退講演。
 涙は出ませんでしたが、心に響く演奏でした。

  /何でも、その時は涙が出ないというレスポンスが遅いタイプなので

 ディースカウ、プライも聴きましたが... シュライヤーが好きです

なるほど、いろいろ解釈があるものなのですね。
と、プロの方と私のようなど素人を並列してしまうのも非常に失礼な話ではありますが……。

私は、"Pause" まで余りにも悲しい勘違いでぬか喜びをしたあと、その次の曲で気まずくなり、そして狩人が現れて自暴自棄に……、という風に解釈していたのですが、他にも考え方はあるものですね。
以前、ボストリッジが歌っているのをテレビで観ましたが、そのときは "Pause" の次の曲で既に憤懣やるかたないという面持ちで、そのような解釈もあるのかと驚きました。
そして、「冬の旅」が続篇だというのには共感しますが(三宅幸夫氏の「菩提樹はさざめく」でもその説は支持されていました)、「冬の旅」の結末は「死よりもなお悪い、廃人になった」ということに他ならないのだ……、と思っていました。

確かに、色々な解釈があり得ますね。どうも、私のような若輩者は視野が狭くていけません。

ちなみに私は素人ピアノ弾きでして、楽譜も持っております。一人で弾いていて一番楽しいのは "Ungeduld" と "Des Müllers Blumen" でしょうか。こういう純粋な想いが実らないのが人生の辛さなのだろうか、といつも思ってしまいます。
翌年の死、ですが、
最後に病床でシューベルトがしていた仕事が、
この「冬の旅」の校正だった、
というエピソードに戦慄してしまいます。
スーさん、私は、シュライヤーの実演では、
「冬の旅」しか聴けておりませんが、
録音から察するに、泣けそうな気はしています。

ただ、演奏者の要望で、
演奏中にプログラムをめくるなという、
アナウンスが、始まる前に流れたことが、
非常に印象的でした。
ド・ジョウ伯爵 さん

 シュラーヤーはバッハのカンタータアリアやエバンジェリストとしての
演奏が素晴らしいと感じたことからのファンなのですが、シューベルトを
聴く時にも感動する演奏が多いと感じています。

 素人のご託ですけど、シューベルトの歌曲は曲が先行せず、作詞家の
気持ちや意図を汲み取りながら、聴く人に詩を提供すると言う感じを
受けています。
 そして、作詞家から少々脱却するとも感じるシューマンへの橋渡しの
役割も果たしたのではないかとも...

 個人的にはシューベルトの歌曲は、作詞家+演奏者+聴衆のすべてを
意識しつつ、そして自己の感性を素直に表現しているという感じをして
おります。 それがテーマは違いますが、バッハのカンタータとも通じる
感じもしています。

>聖者ぼんちリンポチェさん

なるほど!狩人は実はすでにその前から見え隠れしていたということですね。確かにそれは至極ごもっともな気がします。主人公の目には入っていなくても、実は薄々勘付いていて然るべきことであった、と(ああ、その状況がわかってしまう自分が悲しい……)。
しかし、それほどまでに無邪気で無知な主人公だからこそ、本気のぬか喜びをしてしまってしっぺ返しを食らう方がありそうだと主張します!(笑)もはや完全に主観の世界ですが……。

ちなみに「涙の雨」は最後が短調に転調して終わるところが好きです。主人公の万感の思いと解釈していたのですが、結構意味深長かとも。

「冬の旅」を書き終えた後はシューベルトだけではなくてミューラーも死んでしまってますよね。でも、彼らが命を賭けて遺してくれた作品のおかげでどれほど多くのモテない男が絶望から救われたのだろうか……、というのは考えすぎですか(笑)
これは貴重なご助言ありがとうございます!ぜひ今後は実践してみたいものです。

昨日、行き帰りの電車の中で「水車小屋」を聴き直してみたところ、不覚にも人前をはばからずに泣いてしまいそうになりました。特に最後から2曲目の "Da springen drei Rosen, halb rot und halb weiß" 以下のくだりのところ、いつ聴いてもここで、こらえていた涙が一気に流れ落ちそうになります。これがどういう意味なのかはわかっていないのに、不思議なものです。
bricoleur様、まさしく、吉田秀和氏が泣いたのも、
そのあたりではないでしょうか。
私も、脳裏で鳴り響かせただけで、涙が出そうです。
>ド・ジョウ伯爵様
そうだったのですか。確かにここはおっしゃるとおり、妙に「晴れやかな楽想」ですね。
結局私はシュライヤーの「水車小屋」を聴くことができませんでした。「冬の旅」は聴くことができたのですが。本当に残念です。
私もそうです。
冬の旅だけ聞けました。
プライが最後に来たとき、誘われていたのに、
行かなかったことも後悔しています。
10月5日(金)に表参道のカワイミュージックショップ青山で
「シューベルトと現代音楽の夕べ」に出演します。
第二部で「美しき水車小屋の娘」全曲を演奏します。
チケットがたくさん手許にありますので、もし宜しければメッセージを頂けたらと思います。
詳細はこちらを御覧下さい。
http://kawai-kmf.com/concert-info/2007/10.05/index.html
突然ですが、「水車屋」についてちょっとした発見をしたのでご紹介します。

この「水車屋」ですが、シューベルトはミューラーの原詩に全て作曲したわけではなくて、省略されている詩があるということはご存知の方も多いかと思います。
そして、その詩は Projekt Gutenberg で読むことができました:

http://gutenberg.spiegel.de/muellerw/muellern/muellern.xml

ですが、私を含めドイツ語が苦手な人にとってはこれを読みこなすのは仲々大変でした。特に最初の「プロローグ」の冒頭 "Ich lad euch" という下りからして、"lad" という活用形の動詞が辞書で見つけられずに挫折した方もおられるのではないでしょうか?(お前だけだって?)

ところが今日、ひょんなことから独英対訳を見つけてしまいました:

http://www.naxos.com/sungtext/PDF/8.554664.pdf

ご参考までに。
同じミュラーの詩ですが、粉屋は森が近くて川岸で、冬は街から始まりますので、続きとは言いにくいのでは。風見のついた水車小屋というのも妙ですし。やはり粉屋は入水自殺で終りますし、冬の若者は死ねずにホームレスになったのでは。
粉屋はプライの最後の公演が記憶に残っています。冬はホッターの文化会館がベストでした。シュライヤーはややオーバーでディスカウは理性的過ぎる気がしました。若手はまだ選べない状態です。
往年のプライ、ホッター、シュライヤー、ディスカウを直に聴かれたというのはうらやましい限りですね、私はイアンボストリッジの”水車小屋〜”の公演に感激しました。
この人まだ若いですが最近ダークな迫力を増しています。
 ウーヴェ・ハイルマンのテノール、ピアノはレヴァイン盤(92年録音)なんか好きです。『冬の旅』もそうですが、若者の失恋の音楽なので、個人的には高い音域で聴きたいですねるんるんこの曲は本来テノールの為に書かれた曲っぽいので、いいんじゃないヶ?バリトンだと、ゴッすぎて... 野太いディースカウも早送り(1.2倍速とか)にすると、「若者の嘆き」の響きがするw泣き顔... 様な気がします。ホント『冬の旅』じゃないけど、最後の方の『萎める花』『若者と小川』なんか酒飲みながら聴いてたら... 失恋悲しいですね。
 シューベルトって、本質的には「慰め」の音楽な気がします。実は「自殺」では浄化され得ない、「生(性)」の側からの抵抗がまだあるような衝動を感じます。自分を「慰める」から、相手を恨む。それが「復讐」に繋がる... 完全に個人的な解釈ですが天秤座同じような『ロ短調交響曲』でも、『悲愴』なんかは「死による浄化・受苦」がイメージしやすいですね。でも、『未完成』は死んで終われない... 何故だろうムードとチャイコフスキーの「悲しさ」(ふられた現実)とベートーヴェンの怒り(復讐したい衝動、やり直したい理想)という「実現・解決されない欲望、故の葛藤」が、この「若者」の苦痛を終わらせないのでしょうか... 失恋
〉夜と霧さん

そうですか、あんま売れなかったんですかねwうれしい顔ハイルマンって、奥さんが日本人で、今も日本の音大とかで教えていると思いまするんるん
 ゲルネはブレンデルとの『冬の旅』、シュライアーは『白鳥の歌』とかなら、聴いたことありますね湯のみ
〉夜と霧さん

こちらこそ、情報ありがとうございますりんごへフリガーのレコードは、3枚組みのベスト盤みたいなのしか、聴いたことないので「エルンスト・ヘフリガーと小林道夫さんの『美しき水車小屋の娘』」のレコード探してみようと思いますウインク
今更なネタですが、『冬のソナタ雪』の最後からの2話目くらいで、三角関係に敗れかけたぺ・ヨンジュンがチェ・ジウの前から去りかけるシーン(この直後、最後の認知の大逆転で、二人は兄妹でないことが分かり、結ばれるわけですがうれしい顔)で、この曲集の『若者と小川』が、BGMとして流れていたような気がするんです。但し、ピアノのパートだけで歌はなかったように思います。御存知の方、情報下さいるんるん
元々ミュラーの歌詞は、パイジェッロのオペラの影響で歌芝居の為の軽いものだったはずですが、シューベルトはもっと深刻なものとして扱っています
また実際には粉屋の婿が猟師というわけにもいかないでしょうし
やはりロマン派のイメージした作品ですね
一時期ミュラーは二流のヘボ詩人でシューベルトによって残ったと言われましたけど、シューベルトの琴線に触れて二大歌曲集を書かせたことは詩の力によるものでしょう

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