ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

阿久悠コミュのあれも阿久悠これも阿久悠

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
知っているようで知らない阿久悠先生の世界。
「えッ、あれも阿久悠さん、これも阿久悠さんの作品だったの?」
と驚くことも多いと思います。
また、「こんな珍しい曲も……」と感心したり。
意外に思った阿久先生の作品を教えてください!

コメント(81)

ちょっと今日みたテレビでビックリしたことがあったので
カキコしちゃいました〜。。。

久しぶりですいませんというのと、もしかしたら、
皆さんのなかでは当然のことなのかもしれませんが、
阿久悠先生の作詞のなかではじめて【セクシィ】という言葉が
つかわれたそうですね☆
その歌は、ピンクレディの【渚のシンドバッド】の
「あなたはセクシィ〜♪私はいちころでダウンよ〜♪】
のところのセクシィが
世の中で初めて曲の作詞でつかわれたと聞きました。

とっても驚いたのでカキコしちゃいました。
すいません☆
やっぱり阿久悠先生は時代を先読みする感性はすごいお方なのだと
再確認した出来事でした☆
ゆっこちゃんさん、お久しぶりです。
ピンク・レディーのコミュで「今日テレビで放送があります」
ってあったのだけれど、見逃してしまったのです!
阿久先生のお写真などは映りましたか??

え、『渚のシンドバッド』で初めて「セクシー」という言葉が?
世の中で初めて? へぇ〜〜〜、全く知りませんでした!!

今、小6の時に買ったもらった『渚のシンドバッド』のEP盤を
机から出してみました。「阿久 悠作詩」ってところを見つめたりして。
当時は誰が作詞してるかなんて考えなかったのですけれど、
不思議なものですね、年が経つと視点が変わるものなんですね。

私も毎日のように阿久先生の才能の素晴らしさを再確認しています!
美冴さんありがとうございます!
阿久悠先生のお写真バッチリ出てました☆

ピンクレディーの特集だったにも関わらず、
私としては、阿久悠先生が出てくるんじゃないか
とじっと見入ってました。

見終わってから、
やっぱり阿久悠先生の先見の目と才能に感服しました☆

『渚のシンドバッド』のEP盤もっていらっしゃるなんて
かなりうらやましいです〜〜〜〜
ゆっこちゃんさん、あ〜ん悔しいッ!!
センバツ甲子園に続いて、またもや阿久先生を見逃してしまった!

最近、「前向きな悔しさ」みたいな感情が久々に出てきましてね。
「見逃して悔しい」なんてこと、平成に入ってからありませんでしたよ。
阿久先生はそれだけ魅力的なんですよね。もっと知りたい、見たい、聴きたい。

私のEP盤で現存しているのは『渚のシンドバッド』『カルメン'77』
『S.O.S』『ペッパー警部』『個人授業』『恋のダイヤル6700』
『学園天国』(フィンガー5も懐かしいなぁ!)の7枚だけです。
あら、全て阿久先生の作品ですね!
3月からほぼ毎日「日刊ゲンダイ」を読んでいます。
三木たかし先生の「あの歌この友」という連載を読むためです。

3月28日発行分から阿久先生が登場なさいました!
三木たかし先生のスランプを救ってさしあげたり、
本当に素晴らしい人ですね、阿久先生って。

さて、当時は阿久先生と三木たかし先生と「スター誕生!」出身の
伊藤咲子さん(愛称:サッコ)は同じ事務所にいたそうです。

ヒット曲『木枯しの二人』(1974年)は、まず阿久先生が詞をお書きになって
それを読んだ三木たかし先生は、まるで自分がソリに乗っているような
躍動感を覚えたらしく。テンポの良い曲にしようと思いついて……
なんと当時流行っていた殿様キングスをヒントに作曲なさったというのです。

その話を聞いた阿久先生と渋谷森久プロデューサーはとても驚いたそうですよ。
曲が出来上がってからも「どこが殿キンなの?」って(笑)
出だしが押しの強い強烈なサビになっているところが殿キン風らしいのですが(笑)

あと、サッコの声の特質を考えて「B(シ)」の音を持ってきたとか。
サッコは「B(シ)」がよく伸びるそうなんです。さすが一流作曲家ですね。
サッコは殿キンのことを知らないで歌っていたそうなんですが、
今はご存じなのかしら、サッコさん(笑)

http://www.youtube.com/watch?v=xdk-VdJxrxQ(1974年当時映像)
昨年末のテレビ東京にも伊藤咲子さんが出ておられましたね。
動画を発見しました。向かって左奥に阿久先生のお写真がありますね。
http://www.youtube.com/watch?v=VOIK4qQsxiE&(『木枯しの二人』フルコーラス)
さすがサッコ、今も歌唱力は健在!!
サッコ、2日で50歳を迎えたとは思えない声量ですね。
(司会者もそうコメントしていましたがウッシッシ)

ところで、今さらですが「セクシー」について。
タイトルとしては、浅野ゆう子の「セクシーバスストップ」や
西城秀樹の「セクシー・ロックンローラー」が先にありましたが、
歌詞としては、出てこないんですよねわーい(嬉しい顔)
hamachanさん、「セクシー」情報をありがとうございましたウッシッシ

ちなみに、浅野ゆう子の『セクシー・バス・ストップ』の作詞は橋本淳さんなのですね?

『セクシーロックンローラー』(作曲:三木たかし 1977年)などの
阿久先生による“秀樹大人化計画”で生まれた一連の曲を改めて聴いてみたくなりました。

『渚のシンドバッド』(1977年)の歌詞で初めて「セクシー」が使われたけれど
同曲B面の『パパイヤ軍団』にも「セクシー」が出てきますね。
1977年、阿久先生は「時代はセクシーだ!」って閃かれたのでしょうね。

『ひまわり娘』だったサッコも50才ですかexclamation & question でも、若いわ!
本当に素晴らしい歌唱力るんるん これからも活躍してほしいですよねexclamation ×2
サッコ(伊藤咲子)の歌唱力に感銘を受けて、他の曲も聴きたくなりました。

紅白初出場曲『きみ可愛いね』(作曲:三木たかし 1976年)
http://jp.youtube.com/watch?v=Y_TyNk8sBQM

バックコーラスに岩崎宏美、森昌子、太田裕美、そして
解散して今日で30年のキャンディーズという豪華メンバー!
ひゃ〜、皆可愛いね(笑)
昨日(4月4日)、第80回センバツ甲子園は沖縄尚学の優勝で閉幕しましたね。
阿久先生は選抜大会歌『君ありて』の他に2曲?作詞なさっていますね。
【甲子園三部作】と呼んでいいですか。

『「あゝ甲子園」君よ八月に熱くなれ』(作曲:中田喜直 歌:高岡健二 1977年)
『今ありて』(作曲&歌:谷村新司 1993年)
『甲子園の詩〜ぼくはヒーローになれなかったよ〜』(作曲:三木たかし 歌:CHITA-水前寺清子 1999年)

スポニチに連載されていた『甲子園の詩』もじっくりと読んでみたいですね。
1999年からは「あんでぱんだん」にありますね。
http://www.aqqq.co.jp/koshien/koshien_top.html
訂正です。
選抜大会歌を『君ありて』と書きましたが
『今ありて』が正しい曲名です。すみません。
作詞作品ではないのですが、図書館で阿久先生の御著書を探してみました。

『36歳・青年 時にはざんげの値打ちもある』(講談社)
『甲子園の詩』(福武書店)
『文楽(ぶんがく)』(河出書房新社)

特に『36歳・青年 時にはざんげの値打ちもある』には、なんと
ピンク・コント集なるものが載っていて、大爆笑してしまいました!
大人の麻雀用語解説とかですね。思い出しただけでも笑えます。
阿久先生の若さとユーモアが爆発しています! 皆さんもご一読を。
またまた図書館で阿久先生の御著書を探してみました!

『くたばれテレビジョン』(角川書店 1985年)
(『ザテレビジョン』に連載された「13チャンネル金曜日」113回分をまとめたものです)

【タモリやビートたけしの魅力は何分の一秒か見せる羞恥心だと知らなければならない】という章があります。

「ぼくは、彼らが機関銃のように発する毒舌や、オリンピックのような下ネタの合間に、
ふと見せる羞恥の表情に、品性と知性とを感じるのである。」と。

なるほどと思うと同時に、私は阿久先生にも同じものを感じました。
53番の『36歳・青年 時にはざんげの値打ちもある』(講談社 1973年)
には、阿久先生作のピンクコントなど、「あら!?」と思うような内容が
いくつかあるのです。簡単に言ってしまえば下ネタですね。

阿久先生は真面目な文章だけを書くという印象がありましたが、ピンクコントを読んだ瞬間
「これだ! これだったのよ、私が阿久先生に惹かれる理由は!」と、心の底から思いました。
そして、「やはり……!!」とも。

阿久先生の下ネタは嫌な感じが全くしないのです。
ビートたけしやタモリと同じく、実は品性や知性がある人の毒舌や下ネタは
本当に魅力的だし、共感を持てます。ますます阿久先生が好きになりました。
またもや図書館で阿久先生探しです。かなり謎の利用者です。

『書き下ろし歌謡曲』(岩波新書 1997年)

約二十日間で百篇もの詞を一気に書き上げたらしいのです。特に理由はなく、内なるものがワッと昂揚なさったらしく。
もしも、阿久先生ご自身が歌を歌える立場にあったら、こういう詞を書くだろうという詞も多いようです。
以下の詞がそうかどうか分かりませんがご紹介します。

 『キスではなく接吻を』

 陽ざし明るい キスでなく
 風に乾いた キスでなく
 濡れて糸ひく くちびるに
 頬があからむ 接吻を

 まさか親子じゃあるまいし
 じゃれて遊んで どうするの
 愛の精まで 吸い出して
 果ては地獄の 接吻を

  どうせ くちびる ふれるなら
  そういう具合にしたかった
  きみを相手と思うなら
  そういう具合にしたかった

 絹の褥(しとね)に横たえて
 指でまさぐる やわ肌を
 弱く か細いつぶやきが
 歌に思える 接吻を

 息をつぐのも もどかしく
 言葉はさむは なおのこと
 荒い息する 恥ずかしさ
 それを忘れる 接吻を

  どうせ くちびる ふれるなら
  そういう具合にしたかった
  きみを相手と思うなら
  そいう具合にしたかった


阿久先生は小学生の時、「接吻」を「せつぶつ」と読んでいたらしく。
でも、親に訊いてはいけない種類のものだということは察知したらしく(笑)
それにしても、頬が赤らむ詞ですね。他にも色気のある詞が沢山ありますよ!
最後の一行で打ち間違えました……
「そいう具合にしたかった」ではなく
「そういう具合にしたかった」です。すみません。
そもそも題名を間違えていました。
正しくは『キスでなく接吻を』です。本当にごめんなさいあせあせ(飛び散る汗)
今日も行きました。図書館で阿久先生に会うのが楽しみです。

『日記力 「日記」を書く生活のすすめ』(講談社 2003年)

探しまくっていた一冊です。古書店にも何度も行きました。

阿久先生は日記にご自分の感情をほとんど書かないのですが
この本は「語り下ろし」ということも手伝ってか本音も垣間見えます。
一番印象深かったのは癌告知を受けた時の阿久先生の本音です。

医者は僕に「残念ながら、癌が見つかりました」といいました。
(中略)
「幸いなことに、早く見つけることができました」
というべきでしょう。同じことでも、受け取る側の気持ちの
持ちようは随分違うんじゃないかと思います。
(中略)
医者のための日本語講座が必要かもしれないと、真剣に感じた瞬間でした。
(中略)
日記をつけることは、こうした日々の会話で用いる
日本語表現のトレーニングにも役立つでしょう。

他にも印象深い箇所はいくつもありますが、またの機会に書きます。
1999年7月〜9月にNHKで放送された「人間講座 歌謡曲って何だろう」
のテキストをネット古書店で買いました。
なぜか都はるみリサイタルのチケットの半券が入っていました。
きっと、歌謡曲・演歌ファンの方がお持ちだったのでしょうね。

当時、この番組を全回ではないですが、たまたま見ていたのです。
「あ、阿久悠だ〜」「阿久悠ってこういう話し方するんだ〜」ぐらいの軽い気持ちでしたが。
『津軽海峡・冬景色』の回だけは妙に記憶に残っています。
「『曲先』だから青森まで行けた」という回(第11回)ですね。
「さすが阿久悠!」と思い、後日、図書館で『愛すべき名歌たち』(岩波新書)を借りました。

でも、それから亡くなるまで阿久先生のことを忘れていたのですから、
なんとも恥ずかしく、もったいない話です……。

あの日に戻って、録画ボタンを押したいけれど、それは無理なこと。
DVD売ってないのか、思い切ってNHKに訊いてみたのですが無いとのこと。
再放送してほしいですよね。

「あんでぱんだん」に概要が載っています。
http://www.aqqq.co.jp/ningen/ningen_top.html
59番に書いた「人間講座 歌謡曲って何だろう」をNHKの公開ライブラリーでも探しましたがありませんでした。
http://www.nhk.or.jp/archives/library/index.html
しかし、ここで「阿久悠」で検索してみてください。たった1件だけですよ。
しかも阿久先生ご自身は映らない種類の番組。
阿久先生は「紅白」を筆頭にNHKにどれだけ貢献なさったことか。
NHKはもっと阿久先生に対して敬意を払うべきだと思うのですが。

NHKに保存されている番組では「阿久悠」で114件あったのですが
私たち視聴者が見られないのではあまり意味がないと思うのです。

阿久先生がご出演の1983年5月1日放送「明るい農村」が拝見したいのです!
阿久先生は「明るい農村」の大ファンだったそうなのです。
「阿久悠」&「明るい農村」で検索してみてください。
http://archives.nhk.or.jp/chronicle/
別トピで、あさみちゆきさんの「聖橋で」は狩人の「聖橋で」と
同じ曲なのか疑問に思い、早速に調べてみました。

なぜか急に狩人のベストCD(写真中央)を10年程前に買ったことを思い出し
祈るような気持ちで(なぜ)、歌詞カードを見てみました。

阿久先生の2つの「聖橋で」は違う歌詞なんですね!!

あさみちゆきの方は(作曲:杉本真人 2007年)
「二年二ヶ月二日目に ここで逢いましょう 聖橋で」
というサビ。

狩人の方は(作曲:福留順一 1985年?)
「何故だか近頃思い出します 忘れものでもして来たように
聖橋で逢いませんか あの聖橋で」
というサビ。

(写真右は数年前に私が撮影した聖橋。オレンジ色の電車は中央線)

阿久先生の青春の舞台、御茶ノ水。
小説にもエッセイにも聖橋が出て来ますから、
とても思い入れの強い場所なんでしょうね。
深夜の「タモリ倶楽部」〜二度と聴けない裏昭和歌謡の世界〜で
阿久先生の曲が3曲紹介されました! まず1曲目。

「新盛り場ブルース」(大ヒット演歌を大胆にアレンジ)
(歌:里見洋と一番星 作曲:城美好 編曲:小谷充)
http://jp.youtube.com/watch?v=tnYuzcWVy9Y

二年過ぎたらもう他人
生きる世界も違ったふたり

って、あたりが阿久先生らしいですね。
「タモリ倶楽部」の2曲目。

「きりきりまい」(山本リンダをカバー)
(歌:近田春夫&ハルヲフォン 作曲:都倉俊一 編曲:近田春夫)
「サタデーナイトフィーバー」を意識したジャケット写真に爆笑。

はらはらさせてごめんね
いいこでなくてごめんね
浮気ぐせはなおらないのよ
(中略)
きりきり舞いであなたの
人生さえも狂わせ
悪いことをしたと思うわ

何度聴いても、開き直りが凄い女性だわァ。あこがれ。
阿久先生ったら女性に振り回されたかったのかしら?
「タモリ倶楽部」の3曲目。

「男と女の炭坑節」(民謡をファンキーにアレンジ)
(歌:安田明とビート・フォーク 作曲・編曲:安田明)

月が出た出た 月が出た
三池炭坑の上に出た
あまり煙突が高いので
寄せてかえして また寄せて
すすり泣いたり わめいたり
荒れてくるった 波の音

こういうのを聴くと、ああ、阿久先生は本当に5000曲作詞なさってたのだなぁと思いますね。
よせいさん、良い曲ですよねぴかぴか(新しい)そのサッカー番組は見られませんでした。
日テレのHPで探しましたが、関東地方ではやってなかったみたいです。
どなたが司会だったのか気になるなァ……。良いこと言う司会者ですねぴかぴか(新しい)
『ふり向くな君は美しい』の動画(ジャケット写真と音声のみ)

歌詞のサイト
http://www.uta-net.com/user/phplib/view_0.php?ID=11872
よせいさん、なるほど、最近は多チャンネル時代ですからね。
私も「J SPORTS2」で検索してみますね、ありがとうございましたわーい(嬉しい顔)
よせいさん、調べてくださりありがとうございました!
倉敷保雄さんという方ですかφ(..)メモメモ

私もテレビなどでふとした瞬間に阿久先生のことを話題にした
有名人が気になり、その後はずっと注目してしまいます(←単純)
例えば、おぎやはぎ、山田五郎、ナンシー関などです。

逆に阿久先生の御著書に出てくる有名人にも注目します。
例えば、美空ひばり、上村一夫(劇画家)、長谷川恒男(登山家)などです。
阿久先生を中心に色々な方々のことを知る機会が増えて感謝しています。
大昔のテレビ番組、ママと遊ぼうピンポンパン♪で踊っていたパジャママンの歌が阿久悠さんだったとは……わーい(嬉しい顔) 最近カラオケで知りましたexclamation
>美冴さん
阿久先生の御著書に出てくる有名人といえば、広告代理店(宣弘社)時代の企画課長だった井上正喜(伊上勝)さんもそうですね。

伊上勝さんは、宣弘社の子会社であった宣弘社プロダクションにて、川内康範さんの脚本を清書する形で「月光仮面」に関わり、「遊星王子」で脚本家デビューを果たしています。
その後は、宣弘社プロ専属の脚本家として「快傑ハリマオ」や「隠密剣士」の脚本を全話担当。
1965年には宣弘社を退社してフリーの脚本家となり、1966年の「悪魔くん」をきっかけに東映ヒーロー路線の殆どを任されることになります。

1966年から1981年までに伊上さんが関わった東映ヒーロー作品を、時系列順に紹介すると

「悪魔くん」「仮面の忍者 赤影」「ジャイアントロボ」「妖術武芸帳」「河童の三平 妖怪大作戦」「仮面ライダー」「超人バロム・1」「変身忍者嵐」「人造人間キカイダー」「仮面ライダーV3」「ロボット刑事」「イナズマン」「仮面ライダーX」「仮面ライダーアマゾン」「仮面ライダーストロンガー」「アクマイザー3」「忍者キャプター」「超神ビビューン」「大鉄人17(ワンセブン)」「宇宙からのメッセージ銀河大戦」「仮面(スカイ)ライダー」「仮面ライダースーパー1」

までを手がけており、1973〜'74年にかけては古巣の宣弘社でも「スーパーロボット レッドバロン」「闘え ! ドラゴン」を掛け持ちしていました。
なお私生活では、酒を飲みながら幾つもの脚本を同時進行で書いていたせいか「仮面ライダースーパー1」終了後の1981年以降に、体調を崩して脚本の仕事も半ば休業状態となってしまい、1991年に肝硬変でこの世を去っています。

ちなみに伊上さんは、生前時に「妖術武芸帳」(主演:佐々木功)がお気に入り作品であったと述べており、"大人番組なんてバカらしくて書けるか ! "との信念で少年向け活劇に殉じた硬骨漢でもありましたので、興味のある人はこれらの作品をレンタル店などで探してみることをおススメします。
>風(ふう)さん
そうなんですよね〜、「パジャママンのうた」も阿久先生作詞よね。
「おふろのかぞえうた」も阿久先生なんですよ〜いい気分(温泉)

ちなみに、ピンポンパンではなくポンキッキの「おふろの〜」は、
他の人が作詞した別の曲なのでお間違えなくね〜(^_^)


>暴君竜@草食系さん
ミョーにヒーロー物にお詳しいんですね〜(^o^)
私は全く分からないのです。。。

でも、別トピっていうか、別コミュで、
阿久先生と伊上勝さんの2ショット写真を載せたのでご覧下さいね。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=41446160&comm_id=4168720
(このトピ88番に載ってます)

といっても、たいていの方はリンク先に飛ばないと思うので(笑)、
ここに写真だけ載せちゃいますね。
阿久悠さんは、ピンポンパンだけでなく「おはよう ! こどもショー」にも詞を提供していましたわーい(嬉しい顔)

その歌はYouTubeで検索しても見つからなかったので、以下に全歌詞を記してみたyoムード


『ハイハイ・ロック』(作曲:小林亜星 唄:コロムビアゆりかご会、グリーン・ピース 1972年5月25日発売)

★ハーイ ハーイ ハーイ ハーイ
 ハイハイハイハイ ハイハイハイハイ
 おとながなんだ おとながなんだ
 おとながなんだ なんだ なんだ なんだ !
ネス湖の怪獣 こなにして ネッシ パラリコ ネッシッシ
呪文をとなえて 飲みましょう 一日三回 飲みましょう
モリモリ ポキポキ ちからこぶ 頭脳は ビンビン 大天才
くもから ヒューヒュー 火をふいて
マント ひらひら 空をとぶ
★くりかえし
ガミガミ おとなは ムシ歯のクジラ
きどった おとなは しりふり アヒル
ケチンボ おとなは のみとり ゴリラ
うそつき おとなは かぜひき タヌキ
なんでもいいから 変えちゃおう 反省するまで 変えちゃおう

ヨコハマたそがれ またあう日まで
こぬか 雨ふる 悪魔がにくい
格子戸をくぐりぬけ 夜汽車にのって
ここは北国 お金をちょうだい
なんでもいいから 歌っちゃおう 反省するまで 歌っちゃおう
★くりかえし
ネス湖の怪獣 こなにして ネッシ パラリコ ネッシッシ
呪文をとなえて 飲みましょう 一日三回 飲みましょう


後半の歌詞は、セルフパロディを交えた時事ネタも冴えまくっていますネ(笑)
>暴君竜@草食系さん
なんでそんなに詳しいんですか(笑)
「おはよう!こどもショー」を見たことがないので、
「ハイハイ・ロック」の存在も知りませんでした〜。

三木たかしコミュで、ご紹介してくださった、
「行け!牛若小太郎」っていう特撮物は、
「おはよう!こどもショー」の番組内でやってたのですね。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=52510283&comm_id=3968561

ちなみに、「行け!牛若小太郎」は阿久先生作詞ではありません。
言っちゃ悪いけど、面白すぎてくだらね〜!!
なんで急に新宿西口が出るのっていう展開(爆)
>美冴さん
「行け!牛若小太郎」も最初は時代劇みたいな設定だったのですが、放送が進むにつれて画面の隅に車(セダン)のタイヤ跡ダッシュ(走り出す様)などが見えるようになってからは時代考証(?)も崩れてきて、よみうりランドなどの遊園地や新宿の高層ビル付近で堂々とカチンコを行う番組になりましたわーい(嬉しい顔)

ちなみに「行け!牛若小太郎」を作っていたのは、「クレクレタコラ」でおなじみの東宝企画なので"面白すぎてくだらね〜!!"内容も当然です(笑)
> 暴君竜@草食系さん
特撮って栃木とか群馬とか北関東でロケしますでしょ?
あり得ないですよね、新宿西口って(-゜3゚)ノ
しかも、日曜早朝だかに勝手に撮影した疑惑もありますよね(爆)
あれなら、どっかの高校の文化祭で上映しても
バレませんよ、逆に(笑)

え!? あの「クレクレタコラ」と同じ会社(笑)
未だに「アタッシユケースが欲しいのよ」
とか叫びますよね、アラフォーなら。

私の記憶が確かならば、
阿久先生が勤めていた宣弘社は、
「サザエさん」にも関わってましたよね?

あの有名なエンディング曲は、
筒美京平センセ作曲ですけど、
阿久先生は「サザエさん」に関わったことあるのかしらね。
>美冴さん
特撮物のロケは派手に火薬を使うために、1970年代までは神奈川県の生田(仮面ライダーシリーズの撮影スタジオもここわーい(嬉しい顔))にあった造成地や、'80年代以降は埼玉県寄居の砕石場(練馬区の東映大泉撮影所に近いロケ地)が、主に使われていました。

阿久悠さんの上司でもあった伊上勝さん脚本の「イナズマン」第1話(1973年10月2日放送)でも、驚くべき場所で撮影が行われています(8分30秒あたりに御注目ください)。
http://www.youtube.com/watch?v=GibuCVy3BiI

阿久悠さんが勤めていた宣弘社は、東芝のマスコットキャラクターでも有名だった「光速エスパー」や「サザエさん」「カムイ外伝」「のらくろ(大山のぶ代版)」にも関わっていましたが、残念ながら阿久悠さんはこれらの作品に関わっていないのです。"ほーらーほーらーみ・ん・なのーこーえがーすーる〜るんるん"でおなじみの「サザエさん」エンディングは、まさに時代を超えた名曲でしたねわーい(嬉しい顔)
>暴君竜@草食系さん
阿久先生の上司さん脚本「イナズマン」拝見。。。
言っちゃ悪いけど、これまた面白すぎてくだらね〜!!

8分30秒あたりのロケ地……
奇しくも「行け!牛若小太郎」にもチラと映る、
現在は都庁舎の4号地じゃないですか!?

「行け!牛若小太郎」は、4号地に入ってないけれど、
これ、絶対に入ってるよね。。。

あのね、新宿の一部の小学校は校庭が異常に狭かったから、
4号地で運動会とかしたのですよ。どうでもいいか(笑)

阿久先生は「サザエさん」と縁がありそうでなかったのですね〜。
なくても良いですけどね(笑)

では、トピずれしてきたので、この辺で(^_^)/~
キャンディーズのスーちゃんが亡くなってしまいましたね……。

阿久先生がキャンディーズに作詞なさったのは、
アルバム『春一番』収録の「弱点見せたら駄目よ」だけだと思います。


http://www.youtube.com/watch?v=hmTeaTDxLms
(作詞:阿久悠 作曲:井上忠夫 1976年)

スーちゃん、今までありがとうございました。
ご冥福をお祈り申し上げます。
僕がYouTubeで知って、カラオケでよく歌うこの曲も阿久悠さん作詞ですね。

https://youtu.be/A8tAOv5gpjQ
沢田研二「さよならをいう気もない」

ログインすると、残り44件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

阿久悠 更新情報

阿久悠のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。