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机上の空論コミュの環〜たまき〜

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ビルの屋上にひとり、佇んでいた。
高層ビルのライトの明滅が
緩やかな波のようだ。
無数の窓明かりが、この街に
幾万もの人々が息づいている事を知らせる。
しかしそのほとんどは
自分とは関わる事はないだろう。
そう思いながら、縁あって出会った
幾人もの顔を思い出そうとした。
いくつかは思い出せた。
しかしどうしても思い出せない顔がある。

僕は一つため息をつく。
白い息はビルのライトをぼかし、
僕の記憶すらも曖昧にしているようだった。

「ダメだ…」

やはり思い出せない。

諦めて煙草に火をつける。
吐く息は白さを増し、
それはまるでオーロラのカーテンのように
僕と、僕の脳の引き出しにあるだろう記憶を遮断するのだった。

ひと月前から、ある人のことを思い出そうとしていた。
彼が一体誰なのか、どういう形で僕と関わったのか、
いつ出会ったのか。それが男なのか女なのか…。
一つだけはっきりとしたことは、
彼が僕に向かって言った
「君なんて居なければ良かったのに…」
という言葉が、やけに鮮明に
僕の脳の片隅に残っている、
ということだけだ。

その言葉は僕をただただ悲しい気持ちにさせた。
底の見えない、深い深い悲しみへと
無慈悲に突き落とした。
―だから忘れることにした。

「地球のエネルギーは常に一定」
と説いた学者がいる。
つまり、戦争で爆弾が爆発しても
災害で何万人もの人が亡くなっても
地球のエネルギーはバランスを保ち
一定量を保持する、というものだ。

なら、いつか味わった身を切るような悲しみも
どこかの誰かが上手に均衡を取り
無にしてしまったとでもいうのだろうか。
煙草の煙は夜空に吸い込まれるようにして消えた。
しかし頭の中の靄(もや)は晴れるどころか、
濃さを増したようにも思えてくる。

その夜、夢を見た。

「やっと来たね」
暗闇の中から突然声が聞こえた。
「君をずっと待っていたんだ」
「君がここに来るの…ずっと待ってたんだよ」
そう語りかける声の主は見あたらない。
穏やかでゆったりとした口調だが、
まるで実態のない不気味な声色だ。
闇は深く、その声の主の顔はうかがい知れない。
少し怖くなった僕は、勇気を絞って
闇に話しかける。

「あの、君は…」
「ちょっと待って、全てが起こる前に
 あなたに見せたいものがあるの」

「ちょっとまっ…」
「そう、是非見せたいものがあるの。
 っていうよりは見てもらわないと困るの。」

ことさら大きな声で話しかけたつもりだが、
暗闇に飲み込まれるように僕の声は遮られる。

安心感を得るために言葉を交わしたつもりだが、
逆に恐怖感がつのってくる。
しばらく間があったのち、

「これだよ、これ。見てごらんよ。」

声の主はそう言って現れた。
正確には現れたのではなく、
現れたように感じられた、と言うべきだろう。
未だ姿は見えず、聞こえる声も、
右からなのか左からなのか、遠いのか近いのか、
全く判断がつかなかった。

「見てごらん」と言われたものも
目前には暗闇が拡がるだけで、
僕の目には何も映らない。

僕はひどく混乱した。

声の主の気配は消え失せた。
現れるのも突然なら、消えるのも突然だ。
距離の概念すら無意味な遥か前方、宙が鈍く光る。
不意に視界がひらけたと思った次の瞬間、
頭をしたたかに打ちつけられたような衝撃で目が覚めた。
電話が鳴っている。
頭の中をいたずらに掻き回す耳障りな音だ。
受話器に手を伸ばす。

「本日はご出社なさいませんか?」

起き抜けの頭で戸惑った。
今日は土曜日のはずでは?
携帯電話を取り出すと金曜日との表示だ。
うっかりしていた。一日間違えたのだとその時は思った。
しかし違った。

2月17日。
この日を境に僕は時間の流れを遡行することになる。
記憶を遡ることを強く欲したがために。

白昼夢を見ているような心境だった。
その夜、屋上から眺めたビル群は
「きのう」と同じ数だけ瞬いた。
かくて2月17日は繰り返された。
あくる朝、2月16日木曜日の朝刊が投げ込まれた。

「うそ〜ん!」

そんな馬鹿な話が…、
あるわけない!

と僕は軽く考えていた。

考えてみてほしい。
昨日オリンピックで惨敗した
日本のスノーボードハーフパイプ陣が
今自分の目前でインタビューに答えているのだ。

「ぶっ飛んできます!」

…。
…確か、…確か、
僕の記憶では何日か前に、
同じようなコメントをテレビで見聞きし、
その後無惨にぶっ飛んだ彼等の姿を、
僕は間違いなく記憶しているのだから。

投函された新聞の一面は
確かに惨敗した彼等の記事が一面扱いだった。
元来疑い深い僕は何度も日付を確認し、
そしてテレビの電源にスイッチを入れ、
目前のスポーツニュースを凝視し、
その結果に耳を傾けていた。




違和感はずっと感じていた。
その後投げ込まれる新聞の一面は、
僕にとっては予定調和の、
いわば約束されたニュースが続いた。
白昼夢が続いているような、
そんな心境であったことは間違いない。

実は2月16日の朝刊を見て以来、
僕はこの件に関して考えることを止めていた。

子供の頃に良く見た種類の夢がある。
夢の中で自分が学校に登校する夢だ。
「行って来ます!」と元気良く挨拶し、
玄関先で親に見送られながら学校へ向かう。
…それと同時に
「早く起きなさーい、遅刻するわよー!」
と叫ぶ親の声が聞こえ、
「何言ってるんだよ!もう起きてるじゃん!
 学校向かってるじゃん!」
などと自分が言い返す夢…。

自分の中で、夢と現実が交錯しているような夢を
僕は幼少の頃に良く見ていた。
当初僕はこの問題をそんな類の夢の一種だと片づけていた。

自分の経験上、
現実と夢との境が薄い夢の特徴の一つに、
「夢の中で、夢を見ていることに気がついている」
というものが挙げられる。
自分が見ている夢に対して
「これは夢だから」
と割り切っている自分がいる夢のことだ。

今回もそれに漏れず、
僕は夢の中で夢見心地だった…。

僕が「考えることを止めた」というのは
夢の中で夢を処理しようと
夢の中の自分が動いたということだ。

2月17日から始まり、
2月16日、
2月15日、

2月10日…。


僕は自分があたかも既知しているかのような世界を
とりたてて何の疑問も抱かずに
彷徨い続けるのだった。

ある日、友人の訪問を受ける。
なにがあったか、よく覚えている。
この友人は古くからの馴染みで、切手の蒐集家だ。
この日、友人は長年探し求めていた一枚にたどり着いた。
マニア垂涎、印刷ミスの、宝石のように貴重な切手だ。
入手するまでの経緯を興奮混じりに話す友人に
いちいち頷かなきゃならなくてうんざりしたんだった。
同じ話を二度聞くつもりはさらさらない。
ひとつ肩すかししてやろうと腹に決めた。

「おい聞けよ、凄いものを手に入れたんだぜ!」
「なんだい、土下座してエラー切手でも譲ってもらったのか?」
「…」

虚をつかれた友人は拍子抜けしたような顔をし、
その後つぶやいた。

「お前、気味悪いぞ」

会社でもこの調子だ。
相変わらず部下の出す書類は間違いだらけ。
修正を指示しても、改善書類が届く日は来ない。
そしてまた不備を満載した書類を平然と持ってくる。
僕は彼らを低能となじった。時に罵倒した。
火のついた煙草を投げつけた事もある。
これは何でもありの夢なのだ。
言われた方だって一日ですっかり忘れてケロリとしたご様子だ。
傷だって当然のように消えている。

若くして社会に才能を認められた僕には
自分より年上の部下が何人もいた。
嫉妬ややっかみの対象になるのはご免だったので
円滑な人間関係には心血を注いでいた。
しかしもうその気苦労もなくて済むと思うと
爽快な気分だった。

24時間進んでは、48時間戻る、
24時間進んでは、48時間戻る…

薄々感づいていた。
この返し縫いのようなリズムはデタラメのようでいて
表の縫い目は確実に一点へと向かっている。
記憶の底に眠る「過日」へ。
あの声の主の元へと一直線に。
僕はそのことばかりを夢中で考えた。

どれほど現実?夢?を遡っただろう。
声の主はまだ現れない。

2006年から時を逆行し、
目の前にあるカレンダーの日付は
1986年、となっている。

明日は小学校の入学式だ。
お婆ちゃんに買ってもらった
真新しいランドセルを背負い、
鏡の前ではしゃぐ僕と
それを見て微笑む両親。

「ともだちひゃくにんできるかな♪」
僕は知っている。
その後小学校では友達は2人しか
できなかったことを。

窓の外をみると、庭の桜の葉が色づき、
花びらが大げさに舞っている。

振り返ったこの20年間、取り立てて悲しいことはなかった。
かと言って嬉しいこともなかった。
自分の半生が、こんなにも味気ないものだったとは。

表を見ながら母が言う「明日の入学式は晴れかしら」
雨だったよ、母さん。

2人の友達のうちのひとりが家に来た。
彼こそが未来の切手蒐集家だ。
「公園に行って来るね!」と元気良く挨拶し外に出る。
今までに何度となく繰り返された光景。
夢と現実が交錯するのは、きっとこんな一瞬だろう。
ふと、玄関先まで見送りに出た祖母を振り返ると
祖母は笑顔で手を振りながら徐々に透明になった。
ぼくは動揺しない。祖母が消えることはよくある。
これは夢なのだから。

小学校の脇の、小さな公園でブランコに乗っていた。
校庭の桜が風に花びらを乗せている。
高くまで漕ぎ上げると花びらが頬に触れた。
友達は別の子どもとなにやら大声で喋っている。
突如その声が悲鳴にかわり、子ども達が弾けるように散った。
公園に不気味な男が入ってきた。

幽鬼のような身なりをしたその男は
フラフラと生気なくこちらへ歩み寄る。
どこか面影がある。
やがて気付いた。
それは自分だった。
時間の流れに抗わず、50歳近くになった自分だった。

男はブランコに座ったままのぼくの目と鼻の先まで来ると
ゆっくりと屈み込み目を合わせた。
そして紙と紙とが擦れ合わさったような細い声でこう言った。
「やあぼく」

途端無数の花びらは空中に釘付けとなり
ここが公園とも、ビルの屋上ともつかない
無機質な空間のような錯覚におそわれた。
空にはオーロラが浮かんでいる。
時間の「ひずみ」に入り込んだのだ。
遡行を始めたあの夜のように。

「どうして今現れたの?」
男はぼくの質問には答えず続けた。
「今なら選べるんだ。すぐ決めてくれないか。
 このまま遡行を続ける?それとも、未来に戻りたい?」

僕は思わず男の身なりを凝視した。
「男」と言っても僕なのだが。

男はぼろ切れを身にまとい、
時折見せる歯は、ヤニにまみれていた。

「そうだよ、僕。
 僕としてもね、君にもう一度人生をやりなおしてもらって、
 こんなクソな生活とおさらばしたいんだよ。
 でもね、僕。僕はこれでも、
 今のこの僕にプライドを持っているんだ。
 だから正直に、正直に答えるんだ。
 僕はどうしたい?」

「僕、未来には戻りません!」
即答だった。
自分の将来の姿にショックを受けた。
「何がプライドだっ」
「オメーにプライドなんてあるわけねー」
そう自問自答した。

「僕にはプライドがある、でも僕にプライドはない」
頭が混乱しているようだ。

未来とは予め約束されたもので、
いくら抗おうが自分の行く末は「あの僕」なのだ。
そんなことはわかっている。
わかっているが、抗うしかなかった。
このまま負け犬にはなれない。

「未来には戻れません!」
もう一度ハッキリと答えると、
「男」は不気味に薄笑いを浮かべながら、
「そうか、僕。僕ならそう言うのはわかっていたさ
 君に出来ることは、この後の40年、
 常に僕を思い浮かべながら苦しむことだけだ。
 君の抵抗に僕は期待してるよ、僕。」

そう言ってまた消えていった。

僕はブランコを漕ぎながら、
いつの間にか溢れ出た涙を
どうすることも出来なかった。

かくて僕の時間は再び逆行を始めた。

時は流れて、ぼくは今どうなったかと言うと
再び母の胎内に収まっていた。
温かな羊水の中で、意識はもうかすかしかない。
「君なんて居なければ良かったのに」
そう言った声の主は、結局現れなかったが
その願望は今、まさに叶えられようとしている。

未来の自分の姿は少なからず衝撃をもたらした。
いつか夢の中の声が言った「見せたいもの」、
それがあの退廃的な自分の未来なのだろうか。
しかしこうして人生はリセットされる。
望まざる未来まで含めて、無きものとなるのだ。
ひとつだけ疑問が残った。
予め失敗を約束されていたぼくの人生。
一体、何の力が作用してこう導かれたのか。

胎児のぼくは勾玉のような姿勢のまま、眠りについた。
母の優しい鼓動が緩やかな波のようだ。
眼を閉じると無数の光が明滅する。
誰かの顔を思い出そうとした。
しかしもう誰の顔も思い出せなかった。

最期に眼に映ったものについて話そう。
それはぼくに養分を取られて生まれることのなかった
双子の片割れだった。
彼は性別も顔もまだない小さな塊だった。
薄れ行く意識の中、ぼくは全てを理解し、無に還った。

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