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象眼ファイナルコミュの071ー1#天皇/譲位が何故ダメなのか(1/3)

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平成天皇の譲位については、以前も長文で批判的に投稿しているが、
新たな論点に気づいたので残しておく。

 (2017年07月16日)
 3rd「010-1#天皇譲位・反対!(1/3)」
 https://mixi.jp/view_bbs.pl?id=83341217&comm_id=6304029

 (つい最近、投稿した気分だが既に8年経ってたか・・・。これが高齢者の
  歳月の流れだな。チョッと驚く(感覚だと2〜3年くらいwww)。
  小生は不定期に振り返って投稿することで、時(とき)を感じている。
  ミクはそういう意味でも役立っているが、そうでない人はホントにあっと
  いう間に過ぎて行くのだろう。諸兄も「時の流れを感じられるなにか」を
  持つべきだ)

先般、高市政権での国旗国歌損壊罪や台湾有事騒動に関連して、一水会・木村、
ゴー宣・小林ら右派保守の反応を批判する投稿を上げたが、そこで平成天皇の
譲位についても少し触れた。そして、当時では気付かなかった譲位の問題点=
別の切り口が浮上、かつ、重要なポイントだと思い、以前の投稿の補完の意味
も含めて述べる。結論は、

  ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
  天皇譲位によって日本は一瞬だが、立憲君主制から独裁君主制になった
  ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

独裁君主制という学術用語は無いが、絶対君主制や君主制でもよい。
要は、立憲君主の、君主=権威が法治を超えて脱法した、ということである。
(パート3ではもっと怖い指摘をしている)

=============
何歳になっても、自己を疑う
自省内省
できそうで、できないものだ
=============
前回、譲位反対の投稿をした際は、冒頭の点に気付かなかった。まあ、小生も
オツムが日々アップデートできている、喜ばしいことかw。それもアラ探しに
固執しているのではない、というか逆で、
・ボロクソ批判したが、ホントに自説は正しかったか?
 大袈裟だったり、盛っている面がなかったか?正当な批判だったか?
・根こそぎ丸ごと事実誤認している可能性はないか?
・自論が否定される新たな真実が出ていないか?
  (最近のウィキは、昔読んだときと明らかに事実の解釈が変わっている
   場合がある。同じ事実引用でも昔はそれほど善し悪しの解釈が無く、
   粛々と事実引用に徹していたが、最近は善し悪しの解釈が増えたり、
   傾向が変わっていたりする・・・気がする)

など、己の間違いを再考するのに費やしている方が多い。事実、間違いが
解った時点で、数年後でも追記/訂正を入れているし、間違った元の文章も
消さずに×、〇をつけて残し、何をどう間違えたか?を第3者が解るように
配慮している。
  (第3者への配慮と共に、自分自身も何がマズかったのか確認できる。
   最近は「訂正」と称して間違いをソックリ削除するケースが多いが、
   それでは何をどう間違えたのか解らず、正しい訂正作法とは呼べない
   と思う)

最も困るのが、そもそも引用ソースが事実誤認してる場合だ。これは小生では
どうにもできない=小生の瑕疵ではないのだが、文章から何やら怪しい気配を
察知して他ソースにあたる、という作法をしなかった、己の感性の無さと複数
ソースにあたる基本作法を怠ったことは、己の落ち度である。

幸い、(記憶では)大きく訂正する、例えば、投稿1本丸ごと破棄するような
大チョンボはなく、これだけアチコチ批判しまくってきたわりには好成績だと
多少、自負するw。論評は個人の主観なので、事実誤認している以外、正解は
無く、なにを思おうが自由だ。第3者がそれをどう受け取るか?も、他人様の
主観の問題、小生とは関係ない。まあ、小生の投稿など誰も観ないがwww。
これが数万の眼にとまれば、誹謗中傷の嵐になるのだろう。そういう意味で、
誰からの心理的な抑制もなく、自由のびのびと感じたことを好きなだけ言える
現状はシアワセである。

   ★2025/12/9追記★
   只、反省点として、以前は「エセ保守」というポイントに気づかず、
   小生もネトウヨ的に「左派=批判的/支那=批判的/南鮮=批判的」
   という傾向があったことは事実だ。「若気の至り(わかげのいたり)」
   ではあるが、批判に値するだけの事実に即して批判しており、デマで罵倒
   した記憶はない。
   自省内省の作法があったから長期安倍政権で妙な(増長した)自称保守
   たちの言動に違和感=乖離を覚え、「なぜ、自称保守らと己の保守観が
   違うのか?」という問題意識が可能になり「エセ保守」という視座を
   獲得できた。
    ・問題は右か左かではない
    ・正しいかエセか、だ
    ・正しい左右を認め、エセの左右を排する
   自省内省ゆえである。それが無ければ、ずっと左を叩いてスッキリして
   「我こそ保守だ!」とご満悦だっただろう。
   ★ずっと正しいと思っていても、正しくなかった★
   そういうことがある。「常に己を懐疑する」この作法がいかに重要か、
   ということだ。
   平成天皇批判も同じ。「譲位は禁止なのに、それをする天皇オカシくね?」
   という、中学生レベルの素朴な疑問から始まっているが、重要なのは
    ・まず、天皇本質=シャーマンだと理解していたこと
    ・故に、天皇権威主義では無かったこと
     (真の保守は原理的に権威主義に成れないと理解していたこと)
    ・知識として大御心(おおみごころ)の原則を知っていたこと
   そうして
    ・「自省内省の作法」を天皇に対しても使えたこと
   エセ保守は絶対に天皇批判できない。天皇権威主義だからだ。

では本題へ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<すべての悪因/明治維新の詐欺>

========
天皇はシャーマン
習うべきは大御心
========
以前の投稿で留意したことは「天皇本質を確認する」という明確な目的があり、
「天皇=シャーマン」を軸に自論を述べた。

・天皇は他国で言う、いわるゆ国家元首とは異なる(世界的にも異質)、
・シャーマンが最高権威の座にある、という世界の先進国でも珍しい国家で、
・「国家統治の核が祈り、この特殊性が日本らしくて好きだ」と天皇制継続に
 賛成する理由を述べた。
・だから、シャーマンである天皇に、外交/政治などを負わせてはならない。
 つまり、★権威のまま、現実の権能/権力を与えるべきではない★
 (外交/政治などと切り離されたところで祈りを本分とすべし)
そして、
・天皇の正当性=正統性は、目の前の今の天皇にあるのではなく、判断基準は
 大御心(おおみごころ)にある※。
・大御心と今生天皇で言動/考え方に違いがあるとき、習うべきは大御心で、
 排すべきは大御心と異なる今生天皇である。
・平成天皇から発せられた譲位の理由は主に「高齢で祭祀がうまくいかない」
 という「個人の健康理由」で、大御心に照らし、正当な譲位理由にならない。
・よって大御心に習わない「やってはいけない譲位」であるとして譲位反対。

  ※、大御心(おおみごころ)
    過去の歴代天皇すべてが実際に体験したこと、善し悪しすべて総括して
    コレが最も正しいだろうと何千年も続いたトライ&エラーの結果として
    得た皇室のルール=慣習法。こういう時は、このように行動するのが
    経験上、もっとも正しかった。成功体験の確率論。これらから皇室の
    基本原理=★先例主義★が生まれる。
    先例主義は天皇/皇室にとって非常に重要な原理/理念で、昔の朝廷は、
    例えば、江戸幕府から無理難題の依頼をされたときも、理屈など抜きで
    「先例にあらず(NO)」とピシャリと断ってきた。「迷ったら先例に
    習え」これが大御心を実践する態度だ。

以上については今現在でも1ミリと変わらず不動だ。只、国家制度と憲法という
非常に重要な点で冒頭に述べたことに気付いた。

==================
明治維新の不整合=国家統治理念の矛盾
尊王/親政と立憲君主制(輔弼)
==================
これも先に投稿済みだが、超長文でエセ保守を論じた際、明治維新については
相当に怪しい部分があり、コレが今だに尾を引いていると断じた。

 (2024年06月01日)
 3rd「137−2#エセ保守と全体主義 2/7」
 https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6304029&id=101335641
 >===============
 >事実)日本は国民主権の国である
 >===============
 >おわかりか?明治維新は、
 >★B理念(言ってること)とA理念(やったこと)・・・真逆である!★
 >・天皇絶対君主制!を言って、実際にやったことは立憲君主制
 >・天皇親政!を言って、実際にやったことは輔弼

 (2024年06月01日)
 3rd「137−7#エセ保守と全体主義 7/7」
 https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6304029&id=101335646
 >=======
 >明治維新・・・
 >=======
 >本稿を、一応wアップして痛感したことがある。
 >★維新と明治は相当にヤバい★
 >である。
 >・天皇を有する日本の特殊性について、
 >・維新〜明治政府、更に天皇自身も、国家として最も重要な「主権の存在」
 > について、まったく整理できていない
 >これが、小生の実感である。

維新運動で明治天皇と新政府が立てた倒幕理念は尊王であり親政である。
コレがそのまま新国家の統治理念となる・・・ハズだった。ハズだった、とは
そうならなかった、と言っている。

それまで朝廷に代わり、長く実質的な国家統治をしたのは江戸幕府である。
その統治理念は、
・国権(政治)は、ほぼ幕府が支配する。
  (天皇は政治について意見を言うことはあっても、決定権は幕府である。
   勿論、長い伝統に基づく朝廷の専権事項については、幕府から意向が
   あっても拒否している)
・長く続く封建制度を基本として天皇を権威の頂点に置く。
  (官位の付与など天皇の専権事項を遵守することで、幕府自身も権威を
   保った=権威と権力のウィンウィン関係)
・封建制度なので形式的には君主制、或いは絶対君主制となるところ、
・権威と権力を分け、朝廷(天皇)は国家権力の行使が封じられ、もっぱら
 幕府が握っている、つまり、成文法で天皇を縛っていた事実こそないが、
 「君主を縛る原理があった」という意味で、限りなく今の立憲君主制と酷似
 する。これは古くからの摂関政治を踏襲しており、実は日本は平安の頃から
 ずっと君主を権威としながら、法=政府=政治が君主を縛ってきた。
 飛鳥時代=古代の絶対君主制は、とっくの昔に終わっていた。

そういう幕府=権力者に抵抗し、倒幕して昔のように天皇に権威と権力を戻し、
天皇による統治を目指したのが尊王であり親政である。事実、明治天皇はその
理念を実現すべく「王政復古の大号令」を発し、新政府もこれに準じて親政を
掲げている(尊王/王政復古の大号令/親政、これが明治維新の目的だった)。

・実態として今と同じ立憲君主制だった江戸幕府
・それはダメだ!と「王政復古の大号令」で君主制(絶対君主制)を掲げて
 クーデータを起こして日本国内戦争までやった明治天皇と新政府
しかし!
・明治政府が実際にやったことは輔弼(ほひつ)で天皇を縛り、法制度上は
 廃止したハズの摂関政治(間接的統治)や現代の立憲君主制に近づき、と
 いうか、ほぼソレで、
・江戸幕府となんら変わらぬ立憲君主制を国家統治原理としたのである。
  (明治新政府自らが、己が立てた倒幕理念を否定した国家を作った) 
・つまり、倒幕の必要性など無かったのである。だって「王政復古の大号令」
 も「親政」も実行されなかったのだから・・・。
・だから、過去の投稿で「(西郷隆盛も)ソレでは話しが違う!」と、さぞや
 あの世で嘆いているだろう、と評した。

そうして!明治政府によって譲位も禁止された。ゲスな言い方をすれば天皇が
自分で辞めたい!と言うことも認めない!これが明治新政府の天皇に対する
考え方である(善し悪しは別。事実を指摘している)。

=============
例外規定すら用意しなかった
明治新政府を思うに、
譲位禁止は相当、重かった
=============
それまで、朝廷は若い皇太子に譲位し、自分は上皇となって実質的な朝廷権力
を行使するのが普通、とまでは言わないが、特殊でもタブーでも無かった。
しばしば、天皇の二重権力構造をやっていた。一時期は必ずと言ってイイほど
二重権力構造を繰り返していた。これは、
・経験不足の若い天皇の負担軽減=天皇権威の安定化という善き面と、
・二重権力構造による皇位を巡る朝廷内の権力闘争(陰謀/謀略/殺し合い)
 という悪しき面、
それぞれあった。

・上皇が、ご意見番のレベルで自制していれば、新天皇を核として権力構造が
 一本化できたが、
・上皇が新天皇の存在を脅かすまで、しゃしゃり出て、実権を掌握すれば、
 完全な二重権力構造で内紛の悪しき因となる。

  (戦国時代の武士の世界でも、二重権力構造は深刻な問題だった。
   例えば、徳川家では家康が長男を自害させ、正室も暗殺しているが、
   現在の研究では、
   「一国一城の主となった長男が家督を巡って家康に対抗したのが原因」
   とされている。以前の研究では、信長が2人を処分しろと家康に命じた、
   とされていたが現在では否定されている。父と長男が別の城におれば、
   それぞれに仕える家臣たちも己の主君の出世を望むのが道理だ。主君の
   対立は家臣たちの対立=内紛=お家騒動になる。
   武田信玄も実父を城から追い出して家督を奪っているし、
   織田信長も家督を狙う実弟や叔父を暗殺している)

明治政府が譲位をどういう理由で禁止したか?は調べてないが、相当に悩んだ
末のことだったろう。
「権威者が勝手に皇位の変更はできない」それを成文法として明記したことは
それなりに重要だと認識していた証しだ。
更には、明治憲法には「譲位禁止だが、政府=議会が了承すれば可」などという
抜け道=例外規定は無かったと記憶している。譲位ができる裏技さえ成文法で
用意しなかったことは、相当強く譲位禁止を考えていたことを示す。「天皇が
譲位しても、まあイイか」という程度であれば、必ず、何らかの譲位できる道を
残しておくハズだ。
  (明治憲法の譲位禁止の条項を読んでいないので、ひょっとすると譲位禁止
   の条文に、なにか解釈論=こう読めば譲位も不可能ではない、という文が
   が入っているかも知れない。そうなら指摘してほしい)

=================
明治政府(明治維新のテロ集団)は
近代国家制度に天皇統合できなかった
今も、その矛盾が生きているせいで
天皇が立憲君主制を超えて脱法する
=================
世界に類のない天皇という特殊な存在を、欧米流の近代国家制度にどのように
整合させるか?海外で多く勉強、民主国家を目指していたハズの明治新政府は、
この難題を、どう解決したか・・・解決できなかった、コレが小生の評価だ。

明治新政府は近代国家統治理念に天皇を統合できなかったのである。それで、
ツギハギで憲法と同居させ、同時に親政も温存し、同時に存在できない別の法理
を混在させた。その「逃げ」は現在の憲法にも、そのまま残されている。

国家の法=憲法と、天皇/皇室の法=皇室典範という、相容れない2法を立て、
別物だと分離したまま=統合していない、否、統合できないから、別とするしか
無かった。だから、憲法でどんなに人権尊重を規定しても、皇室典範で人権尊重
などなんら規定がなく、天皇/皇族が(小生の理解として)奴隷同様な不自由を
強いられているという「人権無視の完璧な憲法違反」であっても、2法によって
正当化されるという超・離れワザをしている。矛盾が解決されていないのである。

勿論、古今東西、民族問わず、国家の法と現実法治の局面では、多くの矛盾が
生じるのが現実で、ソコを人間の知恵でうまくやって行くのが政治である。
法理と現実の矛盾をかかえたまま、現実を生きるということも、ある種の智恵と
肯定的に受け取ることもあるが、憲法=成文法において矛盾を放置したまま、
それを智恵と言うのも、開き直りというか、さすがにダメである。まあ、それが
どうでもイイ法ならよいが、国家の核に関わること、例えば、
・平和理念)最新鋭武器を持ち、戦闘訓練している集団を軍隊と規定しない
・人権尊重)個人の自由がまったく無い天皇/皇室の存在

平和理念/人権尊重という重要案件で法との不整合を放置することは法治破壊
であり、法を変えて現状に合わせるか、現状を変えて法に合わせるか、いずれに
せよ、法理と現実を整合させなければならない事案もある。

法治の崩壊は法治国家の崩壊=国家崩壊と同義である。
・・・ということは、ひょっとすると今の日本憲法は明治憲法の頃から既に崩壊
しているのではないか?という推論も可能である(いずれ深堀りしたい)。

(続く)
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6384861&id=102723408

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