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象眼ファイナルコミュの018#神風特攻の遺書/死んでも靖国に行かない!

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ちょっと意外な表題だったので読んでみたが、とっても考えさせられた。
(「記事全文を読む」クリックで)

 (2024年12月08日)
 「死んでも靖国には行かない」。
 特攻死した22歳の青年が妹に託した思い
 https://www.47news.jp/11873288.html

 >特攻戦死者は6千人以上に上ったとされる。
 >その中に、自身のような特攻隊員を「一器械」と形容し、敗戦を予見した
 >学徒兵がいた。22歳で戦死した上原良司(うえはら・りょうじ)だ。

 >出撃前夜に書いた「所感」と題した遺書は戦没学生の遺稿集
 >「きけ わだつみのこえ」に掲載、後世の人々に広く知られることになった。
 >遺書にはこう書かれていた。
 >「明日は自由主義者が一人この世から去って行きます」
 >「権力主義、全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも、必ずや最後には
 > 敗れる」
 >「一器械である吾人は何も云う権利もありませんが、ただ、願わくば
 > 愛する日本を偉大ならしめられん事を、国民の方々にお願いするのみです」

 >登志江さんは、出撃の約1カ月前に兄が帰省した時の記憶がある。当時は
 >女学校の学生だった。自宅の中で2人だけで顔を合わせた際に「死んでも
 >靖国神社には行かない。天国に行くからね」と淡々と語っていた。
 >5人のきょうだいの末っ子だった登志江さんは「まだ小さい私なら話し
 >やすかったんですかね。私ならそういうことを言ってもいいと思ったのかな」
 >と振り返る。
 >お手伝いの女性らと夕食を囲んだ際は兄は「日本は負けるよ」とも口にした。
 >驚いて、誰かに聞かれていないか心配になり、慌てて雨戸を閉めた。

 >上原家は長男良春と次男龍二も戦争で亡くした。戦後、母は靖国神社への
 >参拝を続けた。そんな母に登志江さんは「死んでも靖国神社には行かない」
 >という兄の言葉を伝えることはできなかった。登志江さん自身は兄の言葉が
 >引っかかり、母の死後は靖国神社に足が向かないという。その理由をこう
 >考えている。
 >「国のために命をささげたとか美化するようなことは私の気持ちに合わない」
 >兄は最期、どんな気持ちだったろうか。想像するとたまらない気持ちになり、
 >涙が出てくる。「いっそ『お国のために』と思って逝ったほうが幸せだった
 >かもしれない」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<「靖国には行かない!」自称保守は認められるのか>

記事は共同通信、左のメディアだ。「そういう筋」として掲載しているだろう。
そんなことはどうでもよい。特攻で散った若者に「死んでも靖国には行かない」
と遺書でしるして逝った若者がいた、この事実を、ココロの奥にとどめるべきだ。
保守だ!と言うなら。

以前、百田新党への懐疑の投稿で「永遠のゼロ」を挙げて、百田への懐疑は
「永遠のゼロ」の頃からあった、とした。

 (2024年05月07日)
 3rd「136#続・続・東京15区選挙/飯山ダウン」
 https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6304029&id=101256801

 ><神風特攻が百田の出発点>
 >小生の百田新党へのネガは、因果律で言えば、新党結成より以前からあって、
 >「永遠のゼロ、百田、違和感」というキーワードで続いていた。

この自称保守と神風特攻のことについて、少々、述べておく。

=======================
保守の理念なら神風特攻は全否定されるハズである
=======================
このことからして、小生は巷の自称保守と完全にズレてしまっている。自称保守
は神風特攻を礼賛/美化するからだ。「美化などしていない」といくら口先で
言っても結局は美化している。何故なら、自称保守は神風特攻を全否定できない
からだ。

 ★自称保守は神風特攻を全否定できない★

これだけで、答えは既に出ている。小生は神風特攻を全否定する。何故か?
カラダが会得した保守観がそうさせている。小生が全否定しているのではない。
保守観がそうさせている。

特攻で散った遺族の心情であれば「お国の為に戦った」「我々を守った」
「尊い犠牲だった」そう思うしかないことは理解するし、それはそれでよい。
遺族の立場は尊重する。しかし、あえて冷徹にヒドイ言葉で真実を述べる。

・神風特攻の死はイヌ死にだった。
・尊い犠牲は護国にならなかった。原爆をくらい多くの民間犠牲者を出し、
 無条件降伏した。

これが真実だ。保守はウソを言うべきではない。そんなことは誰もが理解する。
「神風特攻を賞賛/美化する保守」
は
「裸の王様の服は立派だ」
とウソをついているオトナである。
子供は真実しか見えないから「王様は裸だ!」と言える。
正しい保守はウソはつけないから「神風特攻はイヌ死にだ!」と言える。

まず、神風特攻は作戦でもなんでもない。作戦とは勝つ為の方法論であり
「これをすれば勝てる」というモノである。勿論、計算どおりに行かない、
読みがハズれた、などはあるが、勝つ為に考えるのが作戦だ。
しかし、
神風特攻をして日本が対米戦に勝つ、或いは、勝てないまでも戦況が優位に
変えられる、或いは、優位にならないまでも、五分五分くらいにできる、
という公算はゼロである。崖っぷちでオツムが正常でなくなっていた大本営
が考えたのは、
・ムチャクチャな自爆テロをして戦艦の数隻でも打撃を与えれば
・米国がビビッて講和を選択するかも知れない
  →米国が日本と講和したがっているという情報も、何の裏付けもなく
・短期決戦でやれば成功するかも知れない
  →米国が短期で停戦したがっているか、とことんやってやる!と思って
   いるかの情報、裏付けもなく

===============
指揮官なら、作戦になっていない
命令を否定してこそ指揮官である
===============
只、日本に都合のよい=現実論としてあり得ない想定をして、相手をビビらす
為だけに多くの若い命、日本民族同胞の若者の命を奪ったのである。
それが神風特攻という野蛮行為である。
「敵艦に体当たりして帰ってくるな!」
こんな命令で若者を送り出した指揮官は、自国軍の兵員をムダ死にさせた
犯罪者である。小生が指揮官なら、必ず、こう言う。
・皆、ゼロで飛び立ち、そして・・・
・米艦隊には向かわず、近隣の島や大陸に着陸せよ。捕虜となって生きよ。
・神風特攻は作戦にあらず!指揮官として軍人として作戦でもなんでも無い
 モノを命令することは指揮官の責務としてできない。
・大切な祖国同胞の命を使い捨てにするような命令には断固反対する。
・皆、捕虜となれ。生きて帰還せよ。責任はすべて私が負う。

まあ、カッコウ付けだとは思うが、小生なら必ずそう言う。それで敗戦する
なら、それが宿命である。そもそも、神風特攻をやっても勝てない。

勝算のある戦闘なら命も賭けられる
勝算が無くとも、それで日本国民の安全が守れるなら命も賭けられる

勝算も無く、日本国民の安全も担保できないなら、そんな戦闘に命を賭ける
意味はない。
神風特攻は作戦として無意味なのだ。だからイヌ死にだと真実を言ったのだ。
それが遺族の心情を傷付けるとしても、真実をネジ曲げることはできない。
裸の王様は裸でしかない・・・。

軍事独裁の全体主義国家なら同胞の命など使い捨てにする。国民の命など
国家のコマに過ぎない。

しかし、保守は違う。保守は全体主義ではない。兵隊の命がムダなら、そんな
作戦は実行しない。兵隊の多くが死ぬと解っている戦闘なら撤退を選択する。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<沈黙/ココロの奥深くにしまって語らず>

小生も含め、戦争を知らない後世に神風特攻の事実を伝えることは大切だ。
我々民族は、遠くない過去、そんな愚かなことをしたのだ、と。そして、
後世の世代では、神風特攻という蛮行をしてくれるな!と。

自問自答する。
己ではどうにもできない境地で飛び立つしかなかった同胞の御霊(みたま)に、
我々は、一体なんと言えばよいのだろう・・・。

・真実どおりイヌ死にだったと言うべきか・・・。
  →それでは彼らが悲しくなるだけだ
・ウソをついて神風特攻が日本を救ったと言うべきか・・・。
  →それも、原爆の悲劇を知る彼らが悲しくなるだけだ

つまり、真実を言ってもウソを言っても、どんな言葉を要しても、神風特攻の
彼らに我々が申すことなどできない、何も言えない、感謝も批判も何を言っても

   ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
   我々には神風特攻の彼らの御霊を癒す言葉は無い
   我々にできることは、只、真実をありのままに
   受け入れ、そして沈黙するしかないのである
   ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

神風特攻の彼らの真実を受け入れ、そして無言で在る、これが我々ができる
精一杯の慰霊である。

沈黙は、黙っていることではない。関与しないことでもない。
沈黙によって初めて魂と魂は出会い、そうすることによってつながる。

だ・か・ら!
小生は、神風特攻をああだこうだと語る輩が、そもそもイヤなのである。
ましてや、美化する、更には、それでカネを儲ける、など、小生的には最も
汚らわしい、神風特攻の彼らを愚弄する、卑しい行為なのである。

英霊(えいれい)という言葉すら汚らわしい。
英霊などとまつり上げられ、彼らはウレシイとホンキで思うのか?
彼らの身になれば、
 英霊と讃えられずとも、かまわぬ
 国家危機を救えなかった無能!と侮蔑されても、かまわぬ
只!
生きて還って、愛する家族/同胞と共に生きたかった!
必ず!すべての戦死者の全員が!そう思っている。絶対に。

我々は先の戦争で逝った同胞たちに沈黙で対峙すべきだ。
だから「永遠のゼロ」などと言って私腹を肥やして笑っている百田が
人間として許せないのである。

小生の百田に対する私怨は、そういう根深いところからきているのである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<自称保守(エセ保守)は賛成できない>

上原良司、神風特攻戦死、22歳。

22歳・・・なんとも言いようがない。アナタが22歳の頃を思い出そう。
そのとき、イヌ死にを命じられた・・・。

自称保守に考えてもらいたい。考える思考があるなら・・・。
おそらく、自称保守の多くは以下のすべてに賛成できないだろう。

・「権力主義、全体主義の国家は、必ずや最後には敗れる」
 賛成できるか?賛成できるなら、即刻、プーチンを全否定していただきたい。

・「死んでも靖国神社には行かない(良司)」
 賛成できるか?賛成できるなら、靖国合祀から御霊(みたま)を抜いてほしい
 と懇願する、日本兵として逝ったアジア諸国の遺族の希望を叶えていただきたい

・「母の死後は靖国神社に行かない(良司の妹)」
 賛成できるか?賛成できるなら、この妹の苦悩にあがなうべく、己の靖国参拝は
 静々と行い、決して靖国参拝をアピールしたり、参拝するのが日本人として常識だ
 などという身勝手(というか、間違い)をやめていただきたい。

靖国参拝は常識ではない。それは自由だ。する人、しない人、自由だ。
参拝する人が愛国でもないし、参拝しない人が売国でもない。良司の妹は亡き兄の
「死んでも靖国神社には行かない」の意志を信じ、断固として靖国参拝はしない。
兄の御霊は靖国神社には無いのだから・・・。

自称保守の多くはこれらすべてで賛成できない。
それは己がエセ保守だとゲロっているに等しいものである。

アナタが保守ってどういうヤツ?と思っているなら、誤解しないよう教えたい。
真の保守は
靖国参拝するもしないも自由だとする。
上原良司を受容し賛成する。
靖国神社に行かない妹に賛成する。
そうして、
ひとりひとりの自由意志を尊重する。
そして、
神風特攻を黙して語らない。

これに該当しない輩はすべてエセ保守である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

PS)

エセ保守叩きが続き、己に厳しく!=保守に手厳しく、というか、保守を否定
するかの投稿が続き、最近の投稿を観た者は「左に転向したのか」と思うかも
知れんが、決してそうではない。「日常生活の経験から導き出した保守観」は
昔からずっと不動で変わらない。

変わったのは、
小生が対立軸を「保守vs革新」から「真正保守/革新vsエセ保守/革新」
にしたこと、これは大きな「目からウロコ」である。
そして、
自称保守のエセ保守連中である。彼らが変わった。
彼らが権威主義的に本で読んだレベルで保守を語っているうちはダマせていたが
保守の大御所が続々と逝き、残された権威主義の保守が自論を言い始めた途端、
正体が暴露され、正しい保守のマネをしていたことがバレてしまったのである。

権威主義のエセ保守のオツムには靖国参拝=善/参拝否定=悪、しかない。
つまり、思考していないのだ。だから、この記事の「死んでも靖国に行かぬ!」
という神風特攻の同胞の真意を考えようという発想すらなく、参拝否定=悪と
しか思わないのである。

小生は「ああ、こういう学徒出陣もいたのか」と多少の驚きもあったが、
少し安心した、というか、これが普通だよなあ、という想いである。
上原良司は極めて普通である。常識的に考えられる普通である。だから普通に
神風特攻など蛮行だ!と理解していたのである。
だったら、どうか勇気をもって「私は特攻などしない!」と断ってほしかったが
そういう状況ではなかったのだろう。最後の最期だけ普通ができなかった。
・普通に「私は特攻などしない!」と言って
・普通に軍令違反の反逆罪で日本軍に収監され、
そうして終戦をむかえていれば・・・

なにを、どう思おうが、彼の命は戻ってこない。

我々は、これを教訓とすべきだ。
最後の最後まで、普通に常識的にやろう。それが真理だ。

   ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
   我々の、ほぼ、すべての問題/騒動は
   普通に常識的にやらなかったときに起こる
   ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

迷ったら、解らなくなったら、普通を行くべし!常識を行くべし!

コメント(1)

補足

>靖国合祀から御霊(みたま)を抜いてほしいと懇願する、
>日本兵として逝ったアジア諸国の遺族の希望を叶えていただきたい

これは、靖国に合祀されている日本兵として闘った台湾/南鮮の遺族から
分祀を希望する声がある、という問題である。古くからずっと言われている。
靖国としては宗教上の理由から御霊(みたま)は合祀され、ひとつとなるので
分祀はできない、というスタンスで、これはこれで宗教上、道理である。
しかし!
神道の神は、例えばA神社の神を分祀してB神社に祀る、ということは宗教的に
方法論があり(記憶だが)実際に行われていて「分祀ができない」ということは
ない。それをしないのは、政治の要請でもある。「A級戦犯合祀」の問題である。

主に支那/南北朝鮮から「靖国はA級戦犯が合祀されているからダメだ!」との
批判があり、日本の左派もこれに乗っている、というか、そもそも日本の左が
A級戦犯の問題と合祀の問題を焚きつけて、これを支那/南北朝鮮が乗った、
という因果である。
よってA級を分祀しろ!というワケだ。只、仮にA級を分祀したとしても、
靖国批判は政治的課題になっているので支那/南北朝鮮が靖国参拝を認めることは
恐らくない。永遠に靖国参拝を政治問題として残し続けるだろう。

で、
台湾/南鮮の遺族からの分祀要求であるが・・・。
小生は分祀すべきだと思う。実は日本人の遺族の中にも分祀を望む声はあり、
理由は様々だ。左派思想者もあるだろうし、大切な家族を日本軍に殺されたと
して恨んでいる者もあろう。

己が相手の立場だったらどうだろう?
仮に、当時は日本に殉じて、己の意思で日本軍として闘ったとしても、遺族に
とってみれば祖国で供養したいと思うのは人として自然で、小生もそう思う。
特に、靖国は遺骸(骨)はなく魂が合祀されている。つまり、遺族にすれば、
供養したいと思っても、肝心の魂が遠く離れた日本にある以上、祖国で真の供養
ができない、となる。これは、遺族にとってツラだろう。
更に、
こういう自然な供養の感情ベースには強固な反日感情がある。日本人にとって
それは国策で扇動された「作られた反日」だと言おうが、アチラが反日である
以上、アチラのココロを変えさせることはできない。アチラが真実に沿って
正しい歴史観を持ってもらうしかないし、アチラはアチラで日本こそ、正しい
歴史観を持てと思っていて、どうにもならない。

北鮮の拉致のごとく、アチラにすれば、いつまでも日本に残されているような
ものだ。人として、魂を返して祖国で供養させるべきだ。

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