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クラシック音楽館アマ〜プロまでコミュの「音楽」の「本質」とは?

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去る、5月21日に「音楽を好きになるという事」というトピックで「音楽の本質は商業化ではない」と私なりに結論付けましたが、今回はその続編として「音楽の本質」について考えたいと思います。

本題に入る前に私なりに結論付けた理由を3点ここに提示します。

1】商品化が当てはまらない現代事情
どれほどデジタル技術で「商品」として完璧に整形しても、演奏と観客の間に生まれる、あの「無言の空間に充満する息吹を感じる空気感」まではパッケージ化できないと思われます。

2】商品化の片りんも無かった過去の音楽事情
音楽とは本来、同じ空間で人間同士が呼吸(息吹)を感じ合う極めて原始的な営みであり、経済活動とは無縁の存在でした。

3】音楽の持つ魅力は商品として成り立つ事は可能なのでしょうか?
あの鳥肌が立つような静寂の一体感は、そもそも市場で値付けして売り買いできる枠組みに全てを収める事が出来ると思いますか。

本題に戻ります。かつて1970年代のFM東京(現・TOKYO FM)の番組で、『音楽ってなんだ』という番組があったことを、ご存知の方はいらっしゃいますでしょうか?

私の記憶なのですが、指揮者の大町陽一郎氏、レコーディング・エンジニアの山本七男氏、そして当時大河ドラマの音楽などで活躍されていた冨田勲氏の3名が出演された回がありました。

その内容は、おそらく過去にも取り上げていると思いますが、「多重録音でオーケストラサウンドを作る」という壮大な試みとコンセプトだったと記憶しています。

当時の私にとってこの放送はとても興味を煽られる企画だったと思います。それだけ衝撃的であると同時に、今なお色褪せない記憶として心に刻まれているのだと思います。

私の記憶では、当時の番組聴取結果としての結論は、「各パートを1人ずつ多重録音しても、決してオーケストラ(の響き)にはならない」という、極めてシビアで本質的なものだったと思います。

どんなに正確に、何重に音を重ねたとしても、生身の演奏家たちが同じ空間で、お互いの音(呼吸)を感じ合い、ミリ秒単位で微調整し合いながら生み出す「うねり」や「奇跡」には届かない。そこにこそ、音楽の本質があるのではないでしょうか。

この放送は、若かった私にそんな強烈なメッセージを残してくれました。デジタル技術が進歩し、机の上で完璧なオーケストラサウンドを合成・再現できるようになった現代だからこそ、あえて皆さんに問いかけてみたいのです。

「各パート1人ずつの多重録音ではオーケストラにはならない」という当時の結論について、皆さんはどうお考えになられますか?アマチュアの方からプロの方まで、それぞれの立場から、皆さんが感じられる「音楽の本質」について、ぜひ自由なご意見をお聞かせ頂ければ幸いです。

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