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意味不明小説(ショートショート)コミュの成人の日

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 Kが死んだという知らせが、冬休みに入ってすぐ、とどいた。
 サークル内から、部長をはじめとして、帰省中の者を除いた数名が、葬儀に赴くことになった。
 成人式のために誂えてもらった、スーツを着ていった。紳士服屋の店員から、「礼服としてもお使いになれます」と聞いていた。が、まさか成人の日よりも早く、礼服として用いることになるとは、思いもよらなかった。
 式場に着いて、一通りの挨拶を済ませ、帰ろうとした。と、私のことを呼び止める声があった。それは、Kの母堂であった。Kは大柄で、顔も身体も丸々と太っていた。そこからは想像できないほど、母堂は痩せて、小さかった。
「とても良くしていただいたようで。いつも、聞かされておりました」母堂は、深くお辞儀した。喪服から覗いたうなじが、芯から震えていた。
 つられたように、お辞儀した。お悔やみの言葉を伝えるでもなく、黙って、そうしていた。つられたように、震えていた。
 私は、Kを殺した。

 大学に入ったのは、親の言いつけだった。幼い頃から、漫画が好きだった。将来、漫画家になりたかった。が、商売人の親父は、それを許さなかった。受験せずとも良いように、私大付属の高校から、推薦で大学に入った。建前で、経済学部を専攻した。けれども、哲学や心理学など、それと関係なさそうな講義ばかり選択した。それでもやりきれず、通学は苦痛だった。一年を待たず「漫画が描きたいから中退したい」と、頭を下げた。親父は、やはり、許さなかった。
 二年の途中で、漫画研究会を探した。昼休みと夕方、部室に集まっていると聞いた。昼になり、見学に行った。サークルには、既にいくつかグループが出来ていて、それぞれの仲間同士で集まっていた。あまり、歓迎されているとは、感じなかった。と、グループから外れ、独り黙々、弁当を食う者がいた。それが、Kだった。
 話しかけると、Kは瞬間、当惑の色を見せた。が、それからすぐ「一緒に食べようか」と、からから笑った。Kは、よく笑う男だった。食べながら、以前に読んだ、海外の幻想小説の話題になった。Kは、驚くほど備に内容を記憶していた。なぜそれだけ憶えていられるか、不思議に思って尋ねた。「何度も読んでれば、そりゃあ」Kは、からから笑った。その日、漫画研究会に入ることになった。
 Kは、漫画や小説をはじめ、映画、音楽、絵画、とにかく物を知っていた。が、不思議なことに、漫画は描かなかった。Kが言うには「俺は見る専門だから」らしい。ある日、密かに描いていた漫画原稿を、Kに読んでもらった。Kは、豊富な知識から、的確な助言をくれた。何より、面白そうに、読んでくれた。それからしばらく、Kを編集者のようにして、描き続けた。その活動が、サークル内で知られるようになった。部長から、原稿を読ませるよう言われた。評価が高く、サークルが発行する季刊紙に、掲載されることになった。内外から評判が良く、寄稿の依頼もあった。周囲に、人が、集まるようになった。そのうちの一人が、言った。
「なぜ、Kと一緒にいるのか?」
 Kは、嫌われ者だった。

 思いあたる節は、あった。Kの物言いは、どこか独善的で、癪にさわる時がある。言い返そうにも、知識の差で、伏せられてしまう。「漫画を描きもしないくせになんだ」と、思うこともあった。所嫌わず、からから笑うのにも、まいっていた。が、それが良さとも認めていた。つまり、無邪気なのだ。
 尽きることのない、好奇心が、Kを動かしていた。楽しそうに漫画を読み、語らせれば、後からあとから、言葉が溢れる。同じ小説を、何度もなんども、舐めるように読む。漫画を描かないのではなく、描けないのだ。時間がない。漫画や小説、文化、芸術を観賞していたい。愛していたい。愛だ。Kには、愛があった。だから、良く笑った。皆は、それを、知らないだけだ。
 Kが来た。声を掛けられた。聞こえない、ふりをした。Kは、戸惑っていた。再び、声を掛けられた。また、聞こえないふりをした。それから、迷惑そうな顔を、してみせた。Kは、何かを察して、その場を去った。以降、サークルや、大学構内でも、Kを見かけることは、なかった。
 Kが死んだという知らせが、冬休みに入ってすぐ、とどいた。

 二十年以上が、経った。大学の卒業式で「あとは好きにしろ」と、親父は言った。が、漫画は描かず、就職した。結婚した。娘が生まれた。一昨年、親父が死んだ。去年、離婚した。今年、娘が成人した。娘の晴れ着姿は、SNSのアイコンで見た。
 成人の日。一月の第二月曜が、その日にあてられるまでは、死んだ親父の誕生日だった。晴れ着姿の、アイコンを、見つけた。が、成人の日に思い起こされるのは、Kの母堂のうなじだった。あの時、母堂が顔を上げるのが、恐ろしくて、逃げてしまった。
 人でなしの人間が、人に成るためには、何を成せば良いのだろう。未だ分からず、こんな、言い訳ばかり、書き連ねている。


(終)

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