ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

意味不明小説(ショートショート)コミュの夜汽車男「月潮」

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
「月の引力に乱れが生じておる」
微意球と呼ばれる目玉を時折回転させながら、月兎の親父は座席の上に胡坐をかいて言った。
今、私は「三際(さんざい)」と呼ばれる特急に乗っている。


「最近、眩暈や頭痛に悩まされる人間が多いのはその為じゃ。
内耳の海は潮の満ち引きと同じように引力に作用されるからな」


月兎の言うのも頷ける節があるがそれだけではあるまい。
テレビやパソコンから出る電磁波も内耳の水圧を乱す原因になっているに違いない。

内耳ばかりではない。こころのバランスを失った人たちも多く見かける。
夜汽車を誘うように黒い雲影から巨大な満月が現れる。
おもむろに月兎が懐から「律心」と呼ばれる弦楽器を取り出し、草笛のような物悲しい声で詠いはじめる。


 満ちては引いて引いては満ちて
 振り子のように行き交うこころ
 闇とひかりのあいだ
 愛と憎しみのあいだ 
 悲しみと喜びのあいだ
 真はただ一点の刹那に在るものを
 探し探して迷うかよ

人はありもしないものに名前をつけ、その狭間で悩み苦しみ笑い喜び泣く。
闇をただ光の欠如であるとは思わない。
あたかも「闇」というものがそこにあるかの如く思う。
プラスとマイナスを作り出す。そのためにゼロを作り出し比較する。基準などない。
作り出した二元対立の世界で綱渡りのようにバランスをとりながら生きている。

両端に錘のついた棒を手に歩いている。それはいつ崩れてもおかしくない危ういものだ。
そのバランスの基となっているのが言葉だ。
言葉は素晴らしい智恵と力を与えてくれるが、時に麻薬のように人を惑わす。
なぜなら言葉の中には恐怖と不安から生まれたものがある。
安心を得るための薬みたいなものだからだ。
極僅かな者だけが言葉をよく吟味し咀嚼し感じることによって、二元律の縛りから解き放たれる。
綱の上になど自分は立っていないことに気づき、棒を手放して歩き出す。

いつの間にか月兎の歌声に誘われて乗客が集まってしまった。
赤い服を着た双子の姉妹がいたずらっぽく私の顔を覗く。
車窓を見ると大きな満月から蜜のようなものが垂れ、山裾を濡らしている。

黄金の溶岩といったところか。
月兎の奏でる音も歌も三半規管を伝い内耳の泉に溶けていく。


車掌が検札にやってきた。
黒い帽子を目深に被っているせいか顔の辺りは、靄がかかったようによく見えない。
私は切符を差し出す。
車掌は「混沌」と書かれた切符の真ん中に穴を開けて、なにかもそもそと口走る。
月兎が弾くのをやめて口に人差し指を当てた。
ここから「混沌」に着くまでは「沈黙」を越えていかなくてはならない。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

意味不明小説(ショートショート) 更新情報

意味不明小説(ショートショート)のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング