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意味不明小説(ショートショート)コミュの真の悟り?

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 滝に打たれながら考えた――
(この滝行を終えれば、本日を以って千日行は満願だ)
 いかんいかん。雑念だなこれは――
「色即是空、空即是色」
 心を落ち着け、ただ一心に禅の境地に至ろうと専念する。
 心が澄んでくる。滝が体にぶつかる感覚が失せ、体を心をすーと通り過ぎていく。千日を掛けて見えてきた無我の境地。
 と、一人の女性が入水してきた。女性は滝の手前で立ち止まり辺りを見回す。どこかで見た顔だ。でも誰だか思い出せない。滝に手を差し入れて、しぶきの激しさに「わっ」と飛び退き、おそるおそる「あのー」と声を掛けてきた。
 以前の私なら、ムッとしていたはずだ。なにしろ今は無言の行の最中。ここでうっかり「はい、なんでしょうか」なんて言ってしまったら、千日の苦労が水の泡だ。
(水の泡だ。水の泡)
 足元で沸き起こり、消滅していく水の泡に心を凝らす。
 
 女性は困り果て、暫く佇んでいたが、「よしっ」と一声発すると、「えーい」と叫びながら滝に身を投げ入れた。そして「うわー」と倒れこむ。

(色即是空)
 以前の私なら、(うるせーなんだよこいつ)と思っていただろう。いやそうに違いない。でも今の私は違う。色即是空、空即是色。
 無に近づいてゆく私の意識に、もうもうと或る映像が浮かび上がった。昔見たバラエティー番組のインタビューシーン。
 あ、思い出した。この子、なんか何十人もいるアイドルグループのリーダーをやっている子だ。といっても三年以上テレビを見ていないから、今はもう解散してソロとかかもしれない。

(空即是色)
 だからなんだというのだ。この女性が俗世間で持て囃されているからといって、私になんの関係もない。以前の私なら、「テレビで見ましたよ。『悩んだら滝に打たれに行くんです』って言ってましたよね。いや当寺の滝はかなり激しい流れなので女性の方はあまり来ませんよ。でも、ほら見えます?あそこの隅の方がすこうし流れが弱くなってますんでね。あちらで打たれたら良かろうと思います」
 なんて、話し掛けていたことだろう。
 また思い出した。インタビューで言っていた。司会者に「滝に打たれているときは、下着とか着けているの?」って聞かれて、「はい、でも黒だと透けちゃうので、白い下着を着けてます」「うわー、何それ、そうかぁ、透けちゃうんだー。いやー、今度一緒に行っていい?」
 浅ましい。なんという俗な司会者だ。神聖なる滝行をなんだと思っているんだ。というかこの子もこの子だ。下着なんて着けないで晒を巻くんだこういうときは。
 と、女性は、「やだ」と小さく発し、胸を両腕で抱えるポーズ。身動きができないという感じで水に浸かったまま困り果てている。
 私は即座に状況を把握した。というか見てしまった。
 私の足元に、彼女の下着が流れてきた。さっき転んだ時に、外れてしまったのだ。
(色即……是空)
 以前の私なら、こういう時にどうしていたんだ?以前の私なら――いや、想像することもできない。いくら自問しても答えが見つからない。というかそもそも「以前の私」って何なんだ?
 足もとの水の泡に目を凝らそうとする。が、その泡の下で、白い布の塊がゆらゆらと揺れ、私の心を搔き乱す。
 
 女性は、胸を抱えたまま、滝から出て行った。
 残ったのは、滝と私と白いブラジャー。
 
(千日……は、人生のうちに何回もある。でもこの一瞬は、人生に一回しかない)
 私は悟った。
 ブラを拾い、白装束のたもとに押し込むと、拳を握り小さく叫んだ。
「ゲッツ!」

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