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意味不明小説(ショートショート)コミュのΣειρήν(Seiren)

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その彫像は、顔は端麗な女性のものでありながら、首から下の体躯のあしらいは、異様にも鳥の姿をしているのです。
それは恐らく猛禽の類いを象ったのでありましょう。足の爪はやけに鋭く、前傾の姿勢で優雅に翼を広げ、ときにその眼は来訪者を疎んじ、白眼視するような、或いは彫像特有の、対象をまるで素通りしていくかのような、あの何とも読み取り難い表情をこちらに向けて、今にも飛びあがっていきそうな風体を、くすんだ石灰色の色彩の中に、ぢっと押し留めております。
暫しを下から見上げてみたり、裏に回ってみたりと、あれこれ眺め廻しておりましたが、やがて漸くに、私は思い出します。
その彫像の姿は、ギリシア神話に登場する、かの恐ろしき、セイレーン(サイレン)【Seiren;Siren】という名の、半身半鳥の魔女のものでありました。ソレント付近の洋上の島に潜み、妙なる歌声をして、頻りに舟人を誘引し、餌食にしてしまうというあれです。
さりとて私は、そんな彫像が何故こんなところにあるのか、又、いったい誰の手により手掛けられたものなのか、或いは如何なる所縁を有するものなのか、その一切についてを、専ら気にも留めません。
何故なら私は、はじめからここが、自分の空想世界であるということを、既に一様に了解しているからであります。
つまり、己れの一念の幻想が、かかる自身の脳裡に、斯様なる魔女の像をひたぶるに刻み続けてきた――というところでありましょうか。
そうして私は、この一切が、空想であることを充分に解りきった上で、そうであるならば、もしや私の匙加減一つで、そこに魂を吹き込み、恣、この魔性の歌姫を躍動せしめる事も、じつは自分には、全く可能なのではあるまいか――。などという思いを、ついぞ胸中に、僅かに催すに至ります。
その意趣のままに、眉間の皺を厳めしくしながら、更に鼻先の距離で彫像と対峙し、力強く手をかけた腹部に、自分の精気をでも注ぎ込むつもりで、私はそこにありったけの気息を吹きかけます。(台座のある彫像は、手を伸ばした先が、丁度その腹部にあたりました。)
ところが彫像の視線は、相も変わらず、あっさりと私の身体を素通りし、一向に白ずんだまま、微動だにもしません。
しかし、何てことはありません。寧ろ大方は、斯様なるもう一方の、無味乾燥の顛末を、きちんと思い描いていた私であります。
そういう事情でしたので、さしあたっての憂慮もなく、さっさとこの彫像をみかぎり、それに背を向けて、私は振り返りもせず、歩いていきます。
すると今度は、余程細かくアカンサス模様の刻まれた、やはり大理石の扉が、この目の前に立ち塞がります。
何度でも申しますが、これは全部、私の空想なのです。
ところが、どういう訳でありましょうか。この扉については、私は、その正体を全く推し量る事が出来ません。それはただぎゅうっと、口でもつぐんでいるかのように、見るからに固く締め切られ、静かに立ち塞がる、大きな大きな扉でありました。
そんな事で、暫くを呆然としてしまった私でありましたが、よくよく耳を澄ましてみますと、扉の向こうからは、微かに人の声が洩れています。
そのすぐに散らばり消えてしまう音像を、なるだけ耳元にたくさん寄せ集めたいと、私は扉にへばりつきます。
するとどうでしょう、声というのは、紛れもなく女のものであり、更に驚くべき事に、それは余程澄みきった美しい歌声ではありませんか。
何処までも伸びあがる音階の裡を、意のままに、浮かびあがりひるがえりしては、優雅に泳いでいく、甘美なる声――。
もはや、私は無理なくそこに、あの魔肖像が魂を宿した姿を思い浮かべます。そうして、逸る気持ちを抑え切れず、堅牢そうな外見と、向こう側の景色の不明瞭さとに、ついぞ躊躇していたこの目の前の扉に、もはや迷うこともなく、全身全霊を傾けて、渾身の力を込めていきます。(扉に把手がないことは、先頃から気付いておりました。)
やがて、身体を力一杯押し付けてゆく程に、重々しく軋りながら、開け放たれていく扉。しかし、打ち開かれゆくその隙間より、徐々に兆しはじめていた、かの不穏なる気配に、私はもう少し早く気付くべきだったのかもしれません。
というのも、その間にも微かに響いていた筈の歌声が、ついに開け放たれた扉の向こうで、忽ちと激しき轟音となり変わり、凄まじき怒濤が、これでもかという程に、この場に雪崩れ込んできて…。
私は、何処までも自身の無力さを露わにされるように、何度も何度も頭や足の位置をすり替えられ、転がされながら……。(やはりそれでも、一切は空想であるのですが…。)
……見えざる不可抗の力に押し込められて、尚もどうどうと叫びつづける、仄暗き水流の底を、もどかしくいつまでも、くらくらと漂っております……。



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