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意味不明小説(ショートショート)コミュの長いお別れ

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その別れは突然に、それも驚くほど呆気なく訪れた。

俺がアイツと出会ったのは、三年前のことだ。
忌々しいほど冷たい風が、春の訪れをいっそう願わせる季節だった。
夜の歓楽街を歩いていると、ガラス越しにアイツと目があった。
膝をたたんで、ひっそりと腰を据え、どこか上の空といった様子のアイツは、一言でいえば「空っぽ」だった。
そこは、男に身体を委ねることでしか生きる術を知らないもの達が、寄せ集められた店だった。
店に入ると、必要以上に煌びやかな照明と、随分前に廃れた流行歌と、二、三人の先客とがあった。
手を伸ばした俺に、アイツは嫌がる素振りも見せず、黙って身を預けてきた。
気がつくと、店の男がニヤケ面で揉み手を作りながら、近づいて来ていた。
男は、器用なことにニヤケ面を保ったまま、「いかがですか?お安くしますよ」と言った。
どうやらアイツは、売れ残りだったらしい。
なるほど、改めて周りのヤツ等と見比べてみると、確かにアイツは飾りっ気がなく、腰回りも太く、華やかさに欠けていた。
そもそも、その時の俺は何故アイツを欲したのか?
ピンと来たとか、気の迷いとか、ぼんやりとした言葉しか思い浮かばない。
だが善くよく考えてみると、きっと俺も人並みに温もりを欲していたのだろう。
当時の俺は、なにしろ荒んでいた。
どこへ行くにもジャージ姿にサンダル履きで、肩で風切り歩いていた。
セカンドバッグを持っていなかったのが、せめてもの救いだ。
実のところ、そんな俺に温もりを与えてくれたのが、アイツだった……。
しびれを切らしたのか、店の男が輪をかけたニヤケ面で、「必要なら個室を用意する」などと宣った。
俺はこういう店の人間が、やれ「他のも試すか?」とか、「具合はどう?」とか、とやかく詮索するのに我慢がならない性質だ。
男に金を握らせてやってから、アイツを連れて店を出て、そのまま自宅のアパートへと向かった。
家に着くと、すぐさま俺は、穿いていたものを脱ぎ捨てた。
アイツは静かに、俺を受け入れた。
肌を重ねてすぐに分かったのは、アイツが男に身体を許したのは、ほんの数回といったところということだ。
ああいった類の店にいたくらいだから、初めてとは考えにくいが、そうだと言われても不思議じゃないくらい、アイツの身体は青白く、そして強張っていた。
下半身にまとわりつく、突っ張るような違和感などお構いなしに、俺は半ば強引にアイツの中へと入っていった。
アイツは泣き声ひとつ上げるでもなく、されるがままになっていた。
俺は鏡の前に立ち、その姿を写してやった。
悪くなかった。
初めての相手とひとつになった時の高揚感は、誰だってすくなからず味わっているはずた。
加えて、その温かさも。
その夜、俺達はひとつになったまま、朝を迎えた。

実をいうと、俺はアイツの他にも、似たような店で出会ったヤツ等を、いくらか囲っていた。
身辺整理も兼ねて、俺はアイツ以外との関係を片っ端から清算した。
換えられるものは金にして、後はひとつ残らず捨ててやった。
正直なところ、今まで関係していたヤツ等が、少々窮屈に感じていたところだった。
その点、俺とアイツの相性はピタリと合った。
そんなわけで、次の日から俺は、どこへ行くにもアイツと出かけた。
アイツは俺の傍にぴったりと寄り添い、決して離れようとしなかった。
便所の中まで付いてくる始末だったが、流石にクソまで一緒にするわけにはいかなかったので、やんわりと引き下がらせた。
するとアイツは、せめてもと、膝元に留まろうとしはじめた。
とてもじゃないが、そんなんじゃあ落ち着いてコトに及べない。
俺だけじゃない。
古今東西、誰だってそうだ。
だが、あまりに寂しそうにするので、詮方なく、便所のドアに寄り掛け、待たせてやることにした。
それでもアイツの付き従い方というか、俺への忠誠心は、なかなかに見上げたもので、そのうち財布や、アパートの鍵を預けておくまでになった。
もちろんそれは、セカンド・バッグを持っていなかったという理由からではない。
一度、ひどく酒に酔ったあくる朝のことだったのだが、アイツに財布を預けたまま、それを忘れて一人で家を出たことがあった。
近所のコンビニまで来て、財布ごとアイツを忘れてきたことに気がついた。
運の悪いことに、居合わせた店員が、とことん融通の利かないヤツだった。
酔ったからとか、忘れただけとか、必死に告げた俺の言い分にはまったく耳を貸さず、結局のところ警察沙汰にまでなった。
こっぴどく絞られたあと、パトカーで自宅まで送り届けられた頃には、とっぷり日が暮れていた。
風が、冷たかった。
ご丁寧に充てがわれた護送服が、惨めな思いにいっそう花を添えていた。
アイツはというと、俺が家を出た時のまま、部屋の片隅で、財布を持って、じっと帰りを待っていた。
その姿を見るや否や、俺はなんだか堪らなくなって、護送服を剥ぎ取り、その場でアイツとひとつになった。
警察の連中は仕切りに咳払いを上げていたが、そんなことはお構いなしだった。
ひとつになった俺は、文字通り心身ともに温まっていた。
毎日々々、便所でまで一緒に過ごして、慣れ親しんだアイツの温もりは、いつしか俺の心の安らぎへと変わっていたのだった。
血と汗と、その他の体液までも浸み込んでいたアイツは、もはや俺の身体の一部だった。
その日の夜も、俺達はひとつになったまま、朝を迎えた。

アイツがもらたらした安らぎは、俺の生活を変えていった。
毎朝ヒゲを剃り、髪を梳かし、身なりを整えた。
もちろん、深酒することもなくなった。
数えるほどしか。
いつしか仕事も軌道に乗り始め、少しずつではあったが確実に、蓄えもできた。
新しいスーツを誂え、旨い飯を食い、上等の酒を嗜んだ。
アイツとの生活は続いていたが、一緒に出かける回数は、少なくなっていった。
女ができたのだ。
洒落たスーツを誂え、旨い飯を食い、上等の酒を嗜んだ。
数え切れないほど。
女の家は広かった上に、職場からも近かった。
度々訪れているうち、とうとう転がり込むことになった。
アパートを引き払う日。
俺とアイツは、久方ぶりにひとつになった。
アイツの中は、もう以前のように温かではなく、窮屈に感じた。
温かく感じなかったのは、俺の生活と同じように、季節が移り変わっていったせいからかもしれない。
だが、窮屈に感じたのは、紛れもなく俺のせいだ。
年齢のせいなのか、根っからの性分なのか、時を経ると次第に窮屈に感じ始めてしまう。
俺は鏡の前に立ち、その姿を写してやった。
酷いもんだった。
かつての俺たちの面影は、そこにはなかった。
だからと言って、べつに言い訳じゃあないが、アイツを捨てるつもりは更々なかった。
いつかまた、アイツとひとつになったまま、朝を迎える日が来る。
そんな淡い期待すら、抱いていた。
とにかく俺は、その日だけはアイツとひとつになっているつもりだった。
そうすべきだったし、そうすることが当然に思えたからだ。
しかしながら……。
その別れは突然に、それも驚くほど呆気なく訪れた。
俺が荷物の入った段ボール箱を持ち上げようと腰を屈めた瞬間、アイツは引き裂かれたような呻き声を上げたかと思うと、そのまま俺の許から去っていった。
風が、冷たかった。
最後まで、アイツが温もりを与え続けてくれていたことに、その時になってやっと気がついた。
だが、もう、手遅れだった。
時間は残酷だ。
過ぎ去ってしまえば、もう後戻りすることはできない。
だからきっと、例えどんなに辛くても、道を切り拓きながら前に進むしかないのだろう。
俺の前にも道が見える。
次の日曜、三年前より一回り大きくなった腹を抱えながら、ジーンズ・メイトへと歩いていく、この道が。


(終)

コメント(4)

手術を施してなんとかできないでしょうか
また、あなたの協力も必要です
まずは減量を…(笑)
>>[001]

駄文にお付き合いくださり、ありがとうございます。
日々精進します、創作のため。
日々精進料理にします、減量のため。
面白かったです。
2回目はニヤニヤしながら読んでいました。
引き裂かれた所で噴き出してしまいました。
>>[003]

コメント、ありがとうございます。
今のいままで気付かずにいました。
嬉しいお言葉、身が引き締まる思いです。
実際に身が引き締まったら、もっと嬉しいのですが…。

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