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意味不明小説(ショートショート)コミュのスズメガの観察日誌(後篇)

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(前篇はこちら)
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急に、黒が、どんどん大きくなった。
3回目の脱皮をしてから、茶色よりもさらに食いしん坊になって、僕の両手でやっとのるくらいになった。
何があったんだろう。
赤も、どうやら脱皮をしたみたいだ。
2人とも、ずっと葉っぱを食べ続けていた。

2人は、ちゃんと大人になってね。

また、お父さんは誰かに怒っているようだったけど、
黒は、食べることをやめなかった。


今日も公園から、ありったけの葉っぱを摘んで帰ってきた。
帰ると、黒は相変わらず、むしゃむしゃと葉っぱを食べている。
きっと、絶対に大人になりたいんだ。

僕は、葉っぱを足してやる。
黒はもう、僕の腕より少し短いくらいだ。
こんなに大きくなるの?
葉っぱを足してもすぐに食べてしまい、毎日たくさん入れないと間に合わない。
本当に、この間の脱皮から、緑や茶色よりもずっと食いしん坊になった。

ちょっと、赤が見当たらなくて、箱にたくさん入れた葉っぱを一つずつ取り払ってみた。
すると、赤は箱の奥にいた。
赤は、脱皮をした抜け殻を食べていた。
脱皮をしても、まだ僕の片手にも乗る大きさみたい。
黒は本当に大きいので、葉っぱ無いと赤を食べちゃいそうだ。
赤は大人しい。目立たない。でもそれは、そういうものなんだ。

2人とも、大人になってほしい。


最近、お父さんが知らない女の人を連れてこなくなった。

黒が、うねうねと変な動きをしていた。また脱皮をするんだ。
黒は、古いぬけがらから這い出した。
黒は、本当にかっこよくなった。
体中の節目がはっきりわかって、力強そうだ。黒いけど、節ごとに、白い顔のような模様が入っている。

黒は、葉っぱがなくなって僕が入れようとすると、後ろの足で立ち上がってすぐ齧り付こうとする。
動きも素早い。
赤は、僕が葉っぱをあげると、静かに食べる。黒よりお行儀いいなあ。
黒は、これで4回脱皮をした。もう少しで大人だ。

お父さんは、隣の部屋でため息をついていた。
何があったのかはわからない。


箱が狭くなってきた。
黒はどこまで大きくなるんだろう。
僕は、黒に手を差し伸べると、黒は僕の腕をすいすいと登ってくる。
僕はそのままうつ伏せになると、黒は僕の背中にまで乗ってきてくれる。

今日、赤も4回目の脱皮をした。
緑や茶色が死んでしまった分まで、2人には頑張ってほしい。

その夜、2人を箱に戻した時、お父さんが話があると僕の部屋を開けた。
僕は箱を隠した。


引っ越すかもしれない、なんて、ショックだった。
いつになるかわからないけど、家を出られるように、覚悟しとけと言われた。
それに、忙しいからあんまり帰れなくなるって。ご飯はカップ麺と、冷蔵庫にも十分あるから、食っとけって。
全部、お父さんの仕事の都合らしい。

どうして、こうなるんだろう。
本当に引っ越すの?
それまでに、黒と赤は大人になれるのかな。

僕は、黒と赤を見た。
「ねえ、みんな、そんなものなのかな」
黒も赤も、返事をしなかった。


学校から帰ってみると、黒が、いなくなっていた。
箱の中には、赤しかいない。でも、葉っぱはちゃんと残ってて、赤は一人葉っぱを食べている。
僕は自分の部屋中を探したけど、あんなに大きかった黒は、どこにもいない。

僕は赤に、
「黒は、どこに行ったの?」と話しかけた。
でも赤は返事をしない。
僕は心配だった。
「君は寂しくないの?僕は、2人とも大人になってほしいんだ」

赤は、一人葉っぱを食べ続けていた。


その日、お父さんは帰ってこなかった。
黒も帰ってこない。
僕が嫌いになったのかな。
でも、家のどこかには、いると思った。
僕は、黒が何も食べていないんじゃないかと思い、廊下に葉っぱを置いておいた。

赤は箱の中で1人静かに食べ続けてる。


朝起きて、廊下の葉っぱを見ると、無くなって枝だけになっていた。
僕は、黒が食べたんだ、と思い安心した。

2日ぶりにお父さんが帰ってきた。
女の人は連れていなかったけど、何か、考え事をしていたようだった。
僕は、お父さんと話をせずに黙って眠った。

本当に、引っ越しをするつもりなのかな。
もし、黒がどこかへ行ったまま、急に引っ越したら、黒はお腹をすかせてしまう。
葉っぱを置いておけば大丈夫かな?
その前に、大人になってくれればいいけど。

でも、僕がお父さんに言うことは怖くてできない。
何もなく過ぎてくれればいい。もう、お父さんが何人女の人を連れてきても我慢するから。


お父さんが、顔を青くして話しかけてきた。
「お前、虫とか飼ってないよな」と言われた。
僕は、お父さんに何か言うのが怖いので、飼ってないと嘘をついた。
するとお父さんは、言った。
「入ってきたんだよ。俺の部屋の中に。まあ仕事をしてたんだけど、俺の脇腹辺りがもぞもぞと動くんだ。何かと思ったら、馬鹿でかい芋虫がいて、椅子をつたって俺の顔のところまで登ろうとしてたんだ。死ぬほど怖かったよ。まあ、殺虫剤かけといたけどな」
お父さんはそれだけ言って、急いで出かけてしまった。

夜、お父さんの部屋にこっそり入った。
ゴミ箱の中を見た。

そこには、動かない黒がいた。
僕は、泣いてしまった。


眠れなかった。
電気を消して布団に入ってるけど、全然眠くない。

僕は、死んだ黒のために、お墓を作ってあげた。
とっても大きくなったので、段ボールを用意して土を敷き、埋めてあげた。
もし引越ししても、持っていこうと思う。

僕は、目を閉じて、ずっと緑や、茶色や、黒のことを考えていた。
みんな、死んでしまった。
僕が育てても、みんな死んでしまうのかな。
きっとみんな、寂しくて天国で泣いているのだと思う。

キイ、キイという変な声がした。
僕は、目を開けた。
真っ暗なので、開けてもよく見えないけど、確かにその音は聞こえる。
今、部屋の中に、それはいるんだとわかった。
大きい声だった。

「寂しいの?」と聞くと、
とても低い声で「そういうものさ」と答えた。
「なんで泣いたの?」と僕は聞くと、
「ちゃんと、大人になれないのが嫌なのさ」とも答えた。
「僕も、ちゃんと大人になれるのかわかんない」と僕は言った。
暗闇で、だんだん目が慣れてきたから、うっすら姿が見えるようになった。
壁に確かに止まっている、太い胴体がある。
それは、他のどんなガより大きいと思う。
ガは、壁一面に、羽を広げていた。
ちょっと、この部屋は狭すぎるみたいだ。
僕は「きっと、僕の人生は、そういうものだと思うんだ」と言った。
ガは「そういうものだけど、そうであってはいけないものさ」と答える。
僕は「そうであってはいけないもの?」と聞く。
ガは「この世は、そういうものだ、では済まない事がたくさんある」と言った。
僕は「でもどうすることもできないよ」と言った。

僕の目は、暗闇にもう慣れて、そのガはよく見えた。
壁にしっかりしがみついて、黒いまだら模様の巨大な羽は、部屋の端から端まであった。
頭には、まるで絵のように、ドクロの印があった。

ガは、巨大な羽をブルブルと震わせた。
部屋中が震えるのを僕は感じた。
外でキイ、キイという音があちこちで響き、たくさんの何かがバサバサと飛び立っていく音がした。
「我々は、大人になれないのが普通さ。ちゃんと大人になれたら、立派な羽を持てることは決まってる。なのにそうなる前に死ぬものも多い」とガは言った。
「それは、そういうもの?そうであってはいけないもの?」と僕が聞くと、
「どちらなのかはわからない。それを決められるのは人間だけだ」と、ガは言った。
「僕は決められない」と僕は言った。
「そのうち決められるようになる」とガは答えた。

暗闇に浮かんだ大きなドクロは、寂しそうな顔だった。

「どうして死んじゃったの?」と僕は聞いた。
「何かを変えたかったから、だと思うよ」とガは答えた。
「大きくなったら、君になったの?」と聞くと、
「わからない」と静かに答えた。


目が覚めた。
黒は、箱の中にはもういない。
そして、箱の中には、赤もいなかった。
葉っぱをすべてどけても、赤の姿は見当たらない。
なぜ赤まで?

その日も、お父さんは帰ってこなかった。


やっぱり、家には誰もいない。
図書館で借りてきた図鑑を開いて、ノートに、ガの絵を描いていた。

箱を見た。
まだ土はそのままにしてあるけど、もうそこには、誰もいなかった。
緑も茶色も黒も、そして、赤も。
とても寂しかった。
僕は、そのままにしておくことにした。

家の中は、何の音もしなかった。


何日も過ぎた。
お父さんは、ずっと戻らない。
引っ越しする、って話はいったい、どうなったのかな。
僕は、家では何もやることがないので、ずっと1人で図鑑の絵を写して遊んでいた。

1匹も成虫に育てられなかったのは、悔しかった。
ちゃんとした、大人になってほしかった。
僕は、土だけになった箱を、ぼーっと眺めていた。

そういえば、芋虫はどうやって大人になるんだろう。
まだ、僕は知らなかった。
僕は、図鑑に幼虫から成虫になる時の説明がないか探してみた。

「ようちゅうは、4かいだっぴをしたあと、さなぎになります」
「さなぎはうごきませんが、さわるとしっぽがうごきます」
「きのうえやじめんで、さなぎになるものもいますが、なかには、つちにもぐって、さなぎになるものもいます」

そういえば、ちょうちょの幼虫も、蛹になってから大人になるらしい。
ガも、同じだったんだ。
土で蛹になるものもいる?
僕は、そこまで考えて、ふと思いついた。
もしかして、赤は、いなくなってなんかないんじゃないか。

そう思ったので、僕はもう一度箱を開けた。
そして、土を掘り返してみた。

…やっぱり。


夜中、久しぶりにお父さんの声が隣の部屋から聞こえた。
意味はわからないけど、一人でずっと、笑い声をあげていた。


太陽が射している。
今日は日曜日だ。外の天気がいい。
僕は、箱を見た。嬉しくて、ニコニコ笑ってしまった。
そいつは、まさに自分の殻を破って、外に出ようとしていた。

僕は、お父さんの部屋を開けた。
お父さんは一人で、ベッドに横たわっていた。
お父さん、と呼びかけたけど、返事はなかった。
お父さんの体は、冷たくて、どうやら動かないみたいだ。
口から、赤い水を吐いていた。
何をしてこんなになったのかはわからない。
でもきっと、そういうものなんだ。

あとでちゃんと、土に埋めてあげなきゃね。

僕は、お父さんの寝ているベッドの上に、箱を置いた。
その可愛らしい蛹は、もぞもぞと動きだして、殻にひびが入り始めていた。
中から、赤くてしわしわの生き物が出てきた。
でもそれは、まちがいなく、大人になった赤の姿だ。
しわしわの赤は、土の上でじっとしている。よく見ると、羽を少しずつ大きく膨らませているらしい。
羽を立て、時間をかけて伸ばしている。
そのままずっと僕は、赤の姿を見ていた。
何時間もかけて、膨らみきるのを待った。

羽が大きくなると、赤は立てていた羽を少しずつ広げて、それは、いつか図鑑で見たような三角形の姿になった。
羽は濃いピンク色でできている。
僕は、そんな鮮やかな、きれいなガを見たことはなかった。
幼虫の時と同じで、僕の片手に乗るくらいの大きさしかないけど、きっと、他のどんなガより美しいと思う。

その羽が、ブルブルブル、と動いて、赤はふわっと飛んだ。
羽がものすごい速さで動いて、それで宙に浮くようだ。
空を飛んでいる赤は、やがて、冷たくなったお父さんの顔にとまった。
顔を歩いて、お父さんの口元を、その口から伸びたストローのようなものでチロチロ舐めていた。
お父さんの口から出た赤い物を、舐めたいのかな。
僕は、「それは花の蜜じゃないよ」と言った。
僕はそこに、手を差し出した。
すると赤はお父さんの顔から、僕の手の上に乗ってきた。

「立派になったね」と僕は言った。
赤は、何も返事をしなかった。
でも、僕は赤が、僕の声をちゃんとわかってくれている気がした。
僕の手の上で、よちよちと歩く赤は、相変わらずかわいかった。
でも、赤はもう大人なんだ。
自分で空を飛んで、自分でえさを探さなきゃいけない。
素敵な花を見つけ、その蜜を吸い、やがて卵を産むんだ。
僕とは、もうお別れしなきゃいけない。

「ありがとう」と、僕は言った。
その時、大人になれなかった緑や、茶色や、黒のことを思い出した。
赤は、羽をブルブルと震わせた。
僕のことをずっと覚えていてくれるかな。

僕はお父さんの部屋の、窓を開けた。
そして赤を乗せた右手を、窓から出す。
「立派な大人になるんだぞ」と僕は言った。
赤は、そして、ふわっと空へ浮いた。
「元気でな」と僕は言った。

真っ赤な夕日が、輝いていた。

■終■

コメント(1)

こちらの作品は、私が都内で参加している文芸部サークルで発表したものですが、こちらにもコピーして載せてしまいます。
以前よく投稿させていただきましたが間が空いておりました。最近また小説を書いています。こちらのコミュに作風の合いそうな作品は、また載せさせていただくかもしれません。お読みいただけたら幸いです。

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