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意味不明小説(ショートショート)コミュの未明に(旅立ちの手記)

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1
「華麗なる国さ」
彼はそう言っていた。

2
僕は想いに翻弄されて生きてきた。

毎日、手袋をはめて、街のもっとも猥雑な区画に宅配ピザを運び、金を貯めた。

毎日、陸橋の下にグラフィティを描き足しに来る連中を見つめながら、休憩をした。

文句は無かった。今より若かった日々、僕は手袋すら持っていなかったのだから。

なぜ人は、見失うほどに沢山のものを手に入れたがるのだろう。

人は自ら失い、焦燥と共に混乱という、あの特異な作用の只中で、ふと突然、失くしたモノを見つけ出す。

そして、明らかな中毒性を持ったひとときの安堵に浸る。

他にどう言えるだろう?

それは、精神の欠損による、存在の自慰的な流出だった。
それはまるで潔癖症の人間が、常にどこにでも、汚れを見出す事によく似ていた。

3
僕はいつも、何かを探すつもりで旅をしているヤツが嫌いだった。
けれど、何も大切なモノを失わずにいた人間など、ただの一人も居ない事に気づいてもいた。

僕は船着き場で、そうした沢山の人と別れた。

いずれにせよ、人々が仔細に探せば探すほど、世界は新たに覆い隠される。
僕はこうした事、つまり人間に対する時間の、その本質的な敵対ぶりが好きだった。

例えばモルヒネには依存性がある。この事を忘れずにいるのは難しい。

4
僕のような者を理解しない人々は、安らかであることを望む。
死という横槍や、あるいはそれに匹敵する出来事を、我慢ならない不吉な物だと思っている。

彼らにとっては減衰的な生の混乱と消耗は、恍惚の為の意図的な混乱は、言わば不当な、ほとんど罪深いものだった。

しかし僕が最も罪深く思えるものは彼らの、彼らが、その永遠に続く甘みがもたらすモノが、ただ嘔吐のみなのだと気づいていない、まさにその事なのだ。

だから僕らのような人間は、安堵するためではなく、まさに混乱するために、鳴り続ける電話を放り投げ、爪を噛みちぎり、靴を履き、彼女や彼の眠る部屋から一人、立ち去ってしまう。

まだ明けない夜の中、僕らは自らを愛してくれるモノこそを、自ら捨ててしまわずにはいられない、ある種の人間だった。

5
旅は幻想だ。

6
僕が人生で出会った、ただ一人の友人。

繊細で、明晰で、悲しい過去をもつ男。

自分を欺き通すことでようやく旅は、真実の姿を見せる。

列車の連結部で僕と彼は、弁当を食いながら、さかんな手ぶりで話をして、いつしか、ただ黙って真っ暗な窓の外を眺めるのだった。

7
彼がある時言った。

「ナイフを研ぐように感情を、一つの目的のために先鋭化しよう。
それに適したカタチが、必然的に訪れるその日の為に。」

僕は言った。

「その目的って何だ?たった一つ重要なのは、クサを買う金が有るかどうかだろ」

僕は眠り、なぜかは分からないがまた必ず目を覚まし、青い海岸線や黒い山々の稜線を眺め、いつしか再び、不機嫌で不安定な眠りにつく。

安堵という神経作用に絶え間無く耽る事が、権利として保障されること。

僕にとってそれは明白な狂気だった。

8
僕は永遠に続く安堵、強度なドラッグですら到達できない、その深遠な領域を思う。
あるいはそれを信仰する事のみが、正しく生きる事なのかもしれない。

僕はクツやカバンを盗み、新たなクツと本を買った。

僕は誰の味方もしなかった。

ある日彼と言い争いになって、しばらくして永遠に別れた。彼はパキスタンに向かうと言った。
僕は、パキスタンでもどこでも、俺の前から消えろと言った。

僕は見送るどころか彼に振り向く事すらせずに、コカインの粉末を鼻から吸い込んで、哀れなヤツだぜと、大声でわめいた。

僕は再び独りになった。

何もかもが僕に敵対し、出会う、ほとんど全てのヤツが僕に、ドラッグを売りつけようとしてきた。

全てがどうでもよかった。

再び独りになったちょうど1ヶ月後、僕は中華街の暗い通りに立つ雑居ビルの一室で、致命的な禁断症状に陥いる。
全身の骨が爆発するような激烈な痛みが続き、時計を見ても、数字の並びの意味がまったく理解出来なかった。
それ程に僕は怯え、衰弱していた。

錯乱し、筋繊維の痛みに歯を食いしばり、そして、長い夜が襲いかかって来た。

ウーファーの反復作用。

メスカリンの神経作用。

立ち小便する売春婦。

ケタミンの化学式。

みんなくたばればいい。

身体中の毛が抜け落ちる、
醜悪な夢を僕はみた。

9
いつか彼がマリファナを吸いながら、僕に言った言葉がある。

「君は誰よりも真面目だから、人生というやつに、いちいち打撃を受けてしまうのさ。君ほど純粋な奴を、僕は見たことないよ。だから、僕は君が好きなんだ」

その時は、照れ臭くて、ジョイントをよこせよと言っただけだったが、彼のこの言葉を、僕は、一度も忘れる事は無かった。

熱と痛みにうなされる中、汗が一滴流れおちて、それが涙だと気づく。けれど一体何の為の涙なのか、それが僕にはわからなかった。

ただ、彼の言ったことが繰り返し思い出された。

僕は夜や昼を、目をつむり耐えた。

10
一週間がたっても、僕はまだ生きていた。

この数日で、体重が8キロ落ちていて、僕は久しぶりに食べ物を少し口に入れた。また涙がこぼれたが、それは、生命が満ちた涙だった。

この世界がジャンキーに埋め尽くされていたとしても、今この瞬間は、僕ができるただ一つの事に意識を集中する。すなわち、ベッドに起き上がり、字を書くこと。

すなわち、彼の言ったことを想い出し、生きる為に呼吸をすること。

「ナイフを研ぐように感情を、一つの目的のために先鋭化しよう。
それに適したカタチが、必然的に訪れるその日の為に。」

僕は明日この街を出て、また飛行機に乗る。

行き先はラホール。

パキスタンの誇る、華麗なる泥棒市場だ。

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