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意味不明小説(ショートショート)コミュの落下系少女の苦心

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 青い海の底へ落ちていくと、そこには寂れた夜行列車が横たわっていた。中には誰もおらず、硝子が不在の窓枠が、整然と並んでいるだけだ。シートに埃がかぶっていない代わりに、雨傘を開いたような、色とりどりのサンゴ礁が座りこんで、ぷかぷか煙を吐いている。
 その煙の泡を縫って、一匹の海底遊泳魚がやってきた。
「珍しいね、君。どこから来たんだい。遠くの緑の大地からかい」
 わたしはどこから来たのだろう。
 ここになって初めて、わたしはわたし自身の格好を見つめた。
 白のセーラーに赤いスカーフ。
 紺のスカートに黒いソックス。
 それから、黒いローファ。
 これではまるで、わたしは女学生ではないかしらん。
 白く細い両腕は、青い海水にゆらゆら揺れて、頼りなく見える。
「分からないのかい。そんなら、今日はここに泊まっていくと良い。何日いたって、かまいやしないぜ」
 海底遊泳魚は、鱗を黄色くしたり真っ青にしたりとご機嫌なようだ。
「わたしは、どこかから落ちてきたの。でもそれがどこなのか、憶えていないのよ」
「落ちてきたって言えば、それは上から落ちてきたってのが道理だろう」
「そうだね。下から上へは落ちられない」
「ならやっぱり、君は緑の大地から来たんだ」
 それがどこのことを言っているのか分からなかったけれど、嬉しそうな海底遊泳魚を見ると、分からなくても良いやと思えてしまうのだった。


 夜が来て、あたりはすっかりと暗くなった。もともと海底は薄暗いので、わたしはどこまでが自分で、どこからが暗い海なのか分からなくなった。
 やがて街灯が灯りだすと、海の底が仄明るくなる。シートに座る色とりどりのサンゴ礁たちも、自ら発光する機構があるのか、爛々と輝き始めている。
「それにしても、君は良いタイミングでここに来たもんだよ」
「良いタイミング?」
「そうさ。なんてったって、今日は年に一度の銀河鉄道の夜なんだぜ」
 海底遊泳魚がうきうきと言葉を紡ぎ、遥かからは、海の底よりも青い帽子を被った車掌が現れた。途端、列車がごうんごうんと音を立てて揺れ始める。
「これ、動くの」
「もちろんだとも。海の上の銀河を目指して、ぐんぐん進むんだ」
 海底遊泳魚の言葉が終わらないうちに、夜行列車は動き出す。海底の砂が巻き上げられるに任せて、水中に漂う。
 ぐんぐんスピードを上げて、夜行列車は海の中を、ひとおもいに上昇する。
 途中、様々な海流や、魚群に出逢ったけれど、それを追い越して、列車は上へ、上へと昇っていく。
 一瞬、重力から解放されたような心持ちになり、窓の外を見ると、そこはすでに海の外だった。列車内の水が、夜風に溢れだして、海面へと落下していく。
 夜空には無数の星々が輝き、その中で一際明るいのが、息を飲むほどに美しい満月だった。
「さあ、あれが緑の大地さ。どうだい、君はあすこから来たんだろう」
 海底遊泳魚の指差す先には、月光のもとに紺碧に浮かび上がる巨大な大陸があった。夜空を押し上げるように聳立する山々が見える。
「わたしは、本当にあすこから来たのかしらん」
 空を駆ける夜行列車の窓から、すこし身を乗り出す。遠く、遠く、緑の大地は深い眠りに落ちたように、幽玄と広がっているばかり。
「わたしはただ、落ちていくだけ。落ちて、落ちて、最後に行き着いた場所が、あの海底だったのよ」
 学校で誰からも必要とされなかった、わたし。
 勉強も運動もできなかった、わたし。
 どんどん周りから落ちていく、それだけの、わたし。
「上か、下かの問題さ」
 傍らの海底遊泳魚は、欠伸をかみ殺して言った。夜だから眠いのだろう。
「海底を上にしちまえば、君は今、空に落ちているわけだ。確かに君は落下系少女かも知れないが、空が上で海が下と考えるのはナンセンスだぜ。今夜は、銀河に落ちていく。そういう日だ。どうだい、洒落ているだろう」
 いつしか、海水に濡れていた列車は、すっかりと乾いていた。
 海底遊泳魚から目を逸らし、列車が来た道を振り返る。銀河鉄道とはうまく言ったもので、風に飛ばされた水滴が、尾を引く彗星のようにきらきらと光って落ちていくのが見える。
 あの水滴は、落ちていくというのに、どうしてあんなにも綺麗なのだろう。
 こうして銀河へと、逆さまに落ちていくわたしは、あれほどに綺麗なのだろうか。
「ほら、海面を見てみなよ」
 海底遊泳魚の声に、下を見やる。
 そこには、月の明かりに照らされた海面と、そこに映る銀河鉄道のシルエットがあった。影が、夜を切り裂いていた。
 静かな波が、どこまでも、どこまでも、続いている大海原。
 唐突に、家に帰りたくなった。
 どうしてわたしがここにいるのか、不安になる。
「なんだ、家に帰りたいのか」
「うん。わたし、また頑張ってみるよ」
「そうかい、また、つらくなったら来なよ」
 そう言い残すと、海底遊泳魚も、銀河鉄道も、色とりどりのサンゴ礁も、泡沫の如く消え去った。
 わたしは、夜の公園のブランコに、ひとりで座っていた。
 頬に触れると、ひんやりと冷たい。涙が出ていたようだ。それも全て、あの海に落ちていった。今ではすっかり乾いていた。
 うんしょ、と気合を入れて立ち上がる。
 見上げた夜空には、大きな満月が昇っていた。
 銀色に輝く月に、黒く細長いシルエットが横切り、やがて見えなくなった。


コメント(2)

>>[1]
 読んでくださり、ありがとうございます。
 最近感じていたもやもやを書いたら、こんなふうになりました。恐れ多くも銀河鉄道だなんて……!
 海のお話なので、寒さもひとしおだと思います。次はこたつでぬくぬくして読むのが良いですよ。(こたつでぬくぬくしながらコメントしつつ

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