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意味不明小説(ショートショート)コミュの親王の物語<5 繭>

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それからというもの、剛毅な円儀とてさすがにこたえたようで、魂を抜かれたかのごとく床に臥する日々を送るばかりであった。ろくに物も食わなかったため、すっかり頬はやせこけ、瞼が骨に張り付いて、まるで別人の顔である。親王からの使いの者が円儀のもとを訪れたのは、そんな折のことで、もはや金の使い道もなく、自分のつくった偽の極楽鳥の羽のことなど知ったことではないと思い、追いかえそうとしたのだが、どうしたわけか使いの者の顔色尋常にあらず、とにかく親王の屋敷へおいで下されと一歩も引かぬゆえ、しぶしぶ重い腰をあげて、久しぶりにまみえれば、親王もまた、さきほどの使者とおなじく浮き足立った様子で円儀に駆け寄ってくる。

いっそ本当のことを話してしまおうか、貴殿に差し上げた鳥の羽は、俺がでっちあげた偽ものに他なりませぬと伝えて、すべて終わりにしてしまおうか、と自暴自棄な考えが頭をよぎったが、さてこのご様子であれば、もしかしたらとっくに嘘は見破られていて、ひっとらえて罰を与えるために俺を呼んだのかもしれないとも思える。しかし親王はいっさいの言葉を発せず、ただ円儀の袂をつかんで、屋敷の奥の間に招き入れたのだった。

次の瞬間、「あっ」と円儀は叫んだ。奥の間の床には一尺ほどの絹の布が敷かれていて、そのうえに、人間の頭ほどの、奇妙な物体が安置されている。蚕の繭のような形状をしているが、そのように大きな繭など円儀は見たこともなかった。しげしげと寄ってみてみると、その繭は、どうやら巨大な鳥の風切羽が、くるくると丸められて出来たもののようである。そして、驚いたことに、まるで生きているかのように一定のリズムで震えているのだった。「みこ法師殿、いったいこれは何でございましょうか。」 と尋ねると、背後で親王が口を開いた。「これは、あなたがお譲りくださった、極楽鳥の羽に他なりません。」

親王は風切羽の繭の前に屈み込み、羽毛と羽毛の隙間に指を差し込んで、そっと開いてみせる。円儀は恐る恐るなかを覗いた。繭のなかでは、さまざまな太さの糸のようなものが、思い思いの方向に伸び広がっていた。それはある方においては幾重にも重なり、またある方においては放射状にはしって、総体として複雑な形をつくっているのだが、よくよく見てみると、糸をつむいで作った赤ん坊の人形のように見えた。

そしてすべての糸は、繭のなかの空洞の中心に存する、深紅に彩られた小さな心臓へとつながっている。ごくん、ごくんと心臓が鼓動をかなでるたびに、そこからにじみ出た赤い血が、糸を伝い、末端をめざしてじりじりと進んでゆく様子が見てとれる。「これは一体どうしたことだ。」 「先だっての大風の止むころより、極楽鳥の羽がにわかに震えはじめ、やがてこのように命を宿したのです。」 親王の言葉に、女の姿が脳裏をよぎって、円儀の落ち窪んだ頬に、ひとすじの涙が伝う。そして、自分でも訳が分からぬまま、つぶやいた。「ああ、なんだお前、こんなところにいたのか。」

刹那、円儀の耳に女の声が響いた。麗和のものではなかった。馥郁たる香りを放つ蘭の花を思わせる、甘美な、やさしさを湛えた声だ。 「あなたがみこにお与えくださった夢が、うつし世に溶けだして、混じりあい、いつしかあなたまでを捕らえてしまったのです。円儀よ、これよりのち、あなたはみこのご覧遊ばす夢のなかで生き、みこの夢のなかで死んでゆくこととなりましょう。」 鏡子の声を聞いた円儀の意識は、やがて深いまどろみの中へと沈んでゆく。

つづく

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