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意味不明小説(ショートショート)コミュのとある傾国の物語(後)

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【六.かつての一生】
 姫は本当にこの世の人間ではない。
 結局、帝は姫を置いたまま翁の邸を立ち去った。しかし、間近で見た姫のあの美しさ、意志を貫く気高さ。あんな女性に出会ったのは初めてであった。
 これまで美しいと評判の女官、姫君を数多見てきたが、その誰もがかぐや姫と比べては、霞んで見える。彼方、西方の国の三大美女と謳われる西施や王昭君、貂蝉であっても姫の美しさには敵わないだろう。
 同じ世界に住む人ではないとわかっていてもなお、帝は恋い焦がれる気持ちを抑えることができなかった。
 けれど無理に連れて行くことは叶わない。姫の意志は固い。無理を強いれば、姫は「消え失せる」というのだ。それは帝には耐え難かった。どうしたら心変わりをしてくれるのか。帝は思い悩んだ。

 帝が突然にやってきた日から、姫はずっと何かを考え込んでいた。翁や媼が心配そうに声をかけても上の空である。
 その日も姫は考え事をしながら、庭を眺めていた。
『いやだ、死にたくない!』
 あのように強い気持ちが自分の中に残っていたとは。かつての自分はもっと激しい気性で、強い意志を持っていた。だが、永きに渡る幽閉でそのような気性や意志は、すっかり擦り切れてしまった。姫も、そしておそらく監守もそう思っていたのだ。
――けれど、わたしの中には、まだ。
 庭先で、がさがさ、と音がした。はっとして姫が目をやると、白い毛並の大きな犬が垣根に開いた穴から顔を出したところであった。
 その犬は姫を見ると、一目散に駆け寄ってきた。目を丸くする姫の心に、言葉が滑り込んできた。
――姉さま!

 どれだけ悩めど、良い手は浮かばない。かといって、姫を諦めることはできない。姫を想うあまり食事も喉を通らないという帝の有様に、家来は姫に文を出すことを勧めた。
 和歌が得手であった帝は、その想いを歌にして文を出した。
 返事が来ないかもしれないとの思いがあったせいか、遣いの者が文を持ち戻ってきたときの帝は大層な喜びようであった。会うことは叶わずとも、姫との繋がりができたのだ。
 これで姫の意志が動いてくれたら、と帝は淡い期待を抱いた。
 だが、どんなに素晴らしい歌を送れど、姫の心が変わり帝に靡くようなことは決してなかった。ただ文のやり取りだけが続いていった。

 相も変わらず、帝から文が届く。姫を奪うために無理な手に出ることがないのなら、理不尽な咎めを受けぬためにも返事をした方が無難であろう。姫はそう判断した。それに、帝の送ってくる和歌というものは、姫がかつての生で嗜んだ歌とも違った趣があり、なかなかに面白いものだったのだ。
 帝への返事を書き終えた姫は、庭に目をやった。先日、突然現れた白犬とのやり取りを思い返す。
――おまえは……。生きていたのね。
 姫は驚き、心の中でその犬に語りかけた。
――ええ、捕まる寸前に虫に化け、逃げ出したのです。
――そう。無事で何よりです。おまえは変化の術が得意だったものね。
 監守の配下の目を欺くためだろう。その見事な術により、妹は白犬にしか見えなかった。
――ええ。でも、わたしたちの可愛い妹は……。
 かつての姫の妹は言葉を詰まらせた。くうん、と悲しげな鳴き声を漏らす。その様子から、姫はもう一人の可愛い妹の末期を察した。
 妹は、あの監守の手の者に殺されたのだ。
 その途端、枯れたように思われた姫の心の片隅にぼっ、と火が点いた。
――……なぜ、われら三姉妹がこんな目に合わねばならない。
 心の火は、ごう、と燃え上がる。
――なぜわたしは、びくびくと罰に怯え日々を過ごさねばならない? 『清く正しく』だと? ……なぜ。なぜ、なぜだ! なぜ、このわたしがあの監守の罰を諾々と受けねばならないのだ!
 姫の中の黒い炎はどんどんと燃え広がった。
 そうだ。かつての自分なら、こんな仕打ちを許しはしなかった。いつの間にか、自分は自分でなくなっていたのだ。自分をそうしたのはあの憎らしい監守とその主。今すぐにでも彼の者たちに牙をむいてやりたい。だが、今の姫は力を封じられている。姫はぎり、と唇を噛んだ。
――姉さま……。
 妹の言葉にはっとする。そして、怯えたように見つめる可愛い妹に姫は頼みごとをした。
――おまえに、取ってきてもらいたいものがあります。

【七.姫の故郷】
 帝と姫が文のやり取りをするようになって三年の月日が経った。帝はいまだに姫以外の人には目をくれもしない。「あなたの心変わりを待っています」、「あなたがいなければわたしは生きてはいけないでしょう」。そんな歌を幾度も幾度も飽くことなく、姫に送り続けている。相変わらず翁の邸は富み栄え、翁と媼は姫を可愛がっている。
 この頃、姫はよく庭を眺めてはため息を吐いている。翁と媼が尋ねても、ただ首を横に振るばかり。
 季節は秋に入り、もうすぐ満月がやってくる。

 妹に頼みはしたものの、姫はそれが簡単に手に入るとは思っていなかった。場合によっては妹の身を危険に晒すことになるだろう。それでも妹は引き受けてくれた。
――姉さまのためですもの。何年かけても手に入れてみせます。それまで、姉さま。くれぐれも、鴉にはお気をつけください。
――鴉?
――ええ。三つ足の鴉。それが、監守の手の者です。
 姫には真実を見る通力がある。けれど、それを使い、監守の配下を探ることはできなかった。反逆の心あり、と見なされたくはなかったのだ。
 妹の助言はありがたかった。気を付けるべき監視者さえ分かれば、自由に動ける幅も広がるというものだ。姫は監視の目を掻い潜り、かつての配下を集めた。辺境の地ゆえ時間がかかったが、徐々に味方は集まった。
 そうして今日。その時はやってきた。

 今夜は十五夜というその日の朝、庭を眺めていたかぐや姫が、突然泣き出した。おろおろと翁と媼が訳を尋ねた。
 姫は溢れる涙を袖で押さえながら、話し始めた。
「今まで黙っていましたが、わたくしはこの世界の人間ではありません。訳あって、はるか遠く、神仙の暮らす国からやってきました」
 そう言って、姫はすっと西の空を指した。そこには丸い月が、いまだ沈みきらず、ぼんやりと白い姿を見せていた。
 姫は月の人、なるほど月読命の遣いであったのか、と翁と媼は納得した。いままでの出来事も姫が神仙ならば、不思議なことではない。
「ですが、それもこれまで。今日の夜、わたくしは帰らねばなりません」
 大層姫を可愛がっていた二人は驚き、泣いて「行かないでくれ」と縋った。
 しかし姫は「仕方のないことなのです」と涙を流すばかりであった。
 その涙に呼応するように、どこから現れたのか、何匹もの犬たちがわんわんと鳴いた。

――姫さま! 妹君がついに、かの品を手に入れられました!
 かつての配下から報せを受けたのは明け方であった。前夜、姫は帝への文をしたためていた。帝の和歌が良くできているため、それ相応の返歌をするためには才知に長けた姫であっても、なかなかに時間がかかってしまうのだ。そのため姫はまだ床の中だったが、報せに飛び起きた。庭には既に鴉の死骸が転がっていた。
――監守が気付くまでには三日ほどかかるはずです。今、妹君は全速でこちらに向かわれています。監守の手が回る前に……そう、今宵にも姫をお迎えすることが適いましょう。
 姫はするすると涙を流した。
 しかし、姫の事情など知らない翁と媼は、帝に助けを乞うたのだ。

【八.月からの使者】
 翁から報せを受けた帝は、急ぎ翁の邸の警備を固めた。
近衛兵を送り、築地の上に千人、建物の上に千人と、合わせて二千人もの人間に姫を守るよう命じた。更には周囲を壁で塗り固めた部屋に錠をつけた。姫をそこに入れ、守ろうというのだ。
 それを見た姫は深く溜め息を吐いた。
「かの国の者たちには、このようなものは通用いたしません。どのように固い鍵も開けられてしまうでしょうし、どのように勇猛果敢な者であっても戦いの舞台に上がることすらできないでしょう」
 それでも翁も媼も、諦めるという気はなかった。勇んで「これだけの人で守るのですから、心配いりませんよ」、「そうだ。大切な娘を連れて行かれてなるものか」などと言うのだった。

 表から、警備の者たちのざわめきが聞こえる。錠のかかった部屋の中で、媼は姫をしっかと抱きしめている。ぎゅう、と手を握られながら、姫は今生について思い返していた。
 翁も媼も、本当に人が良い。拾い児の自分を真実、損得の勘定無しで育ててくれた。以前の生では、娘は政の道具として扱われるのが常であったというのに、権力者の求婚を「おまえが嫌ならば断わってしまおう」などと。
 それに帝も。三年もあのように趣向の凝らした文を送り続け、心変わりを待ち続けたのだ。いくら姫が無理に添わせようとするなら「消え失せる」と宣言したからといって、触れもせず会うこともせず、本当に文を送るだけとは。
 無理に邸へ入ってきたことに対して最初の頃こそ姫は腹を立てていたが、文に垣間見える後悔や、本心から姫の心変わりだけを望む様子に、次第に怒りは治まった。美女を手に入れるためなら人を追い詰め、殺すことすら厭わない人をかつての生で見てきただけに、姫にはその精神が信じられなかった。
――揃いも揃って。……この国の人間は、人が良すぎる。
 だが、その人たちと会うのも、今日で最後。
 姫は媼の温かな手を握り返した。
 自分はあの監守たちに、目に物見せてやらねばならないのだ。監守たちによって損なわれる前の自分を取り戻すには、きっとそれが必要なのだから。

 ついに夜がやってきた。
 金色に輝く月が、夜空をゆるやかに上っていく。その月が天の中心に来た時だった。
 翁の邸は昼かと思うような光に包まれた。そして気付いた時には、目の前に輿の乗った雲が浮かんでいた。警備の兵たちは驚きの声を発し、茫然とただそちらを見上げている。
 雲には九人の月の使者が乗っていたが、その誰もが人ならざる者の空気を纏っていた。そのうちの特に位の高そうな女性が「姫をお迎えに上がりました」というと、兵たちは我に返った。
 「射よ!」という号令で一斉にみな弓を射るものの、矢は一本たりとも当たらない。雲に届く前にはじかれたように地に落ちてしまう。
 ならば、と勇猛な武人が刀を手に前に出るも、使者が一つ、睨みを利かせると、それだけでその場に崩れるように座り込んでしまった。
 使者の女が手を上げるとす、す、と邸の戸が開いていく。最後に、錠のかかった部屋の前で入らせまいと座り込んでいる翁に使者は言う。
「早う、姫をお出しなさい。訳あってあなた方の元に遣わされましたが、あのお方は本来、このようなところにおられる方ではないのですから」
 そして、最後の戸も開く。
 涙を流し「行かないでおくれ」と縋る翁と媼を悲しそうな目で見ながらも、かぐや姫は使者の手を取った。

「こちらが例の品です」
 妹が差し出した羽衣は、まさしく姫が望んだ品だった。かつて姫のものであった羽衣。不思議な力の込められたそれを羽織った瞬間、封じられていた通力が解放されていくのが分かった。久方ぶりに満ちる力は膨大で、暴走しないよう抑えることが大変なくらいだ。
 通力さえ戻れば、もう監守の言いなりになる必要はない。監守が姫の魂を滅しようとしても対抗することができる。力は互角以上だ。
「そしてこれを」
 妹は更に姫に箱を差し出した。蓋を取ると、中身は白い粉だった。見た瞬間に姫にはそれが何だか分かった。
「長い間、碌な物をお召し上がりでなかったかと思いましたので」
 妹の言葉に姫は目を細め、扇を陰にして、その粉を一舐めした。一層の力が体に満ちていくのが分かった。
「さあ。どうぞ輿に」
 妹に促され、雲の輿に上がろうとした時だった。
「かぐや姫!」
 声がかけられた。その衣装から、近衛兵の将かと思った。
「あなたがいなければわたしは生きてはいけません。どうか、どうか行かないでください」
 いつもなら、見事なまでの歌にして伝えられるというのに。今宵はさすがにそのような余裕はないようだった。

 「帝にお渡しください」と、姫は扇を下ろし、頭中将に薬の入った箱と手紙を渡した。
 そして姫が輿に乗ると雲は空高く舞い上がり、そのまま風に乗って消え去ってしまった。

【九.心変わり】
 輿の中で姫は考える。
 あの時。箱と、したためてあった文を渡した時、姫は男に囁いた。
「これをお召し上がりになれば、わたくしたちの元へおいでになることができるでしょう」
 あの男の目に喜色が浮かんだ。が、次の瞬間。さあっと男の顔から血の気が失せた。すっと目を逸らした男は、苦しそうな声で姫に言った。
「顔を、お隠しください。……御髪の間から、見えておいでです。それに、着物の裾からも」
 姫は、その言葉の意味にはっとした。慌てて扇で顔を隠し、着物の端を押さえた。
「姫さま!」
 姫が促され輿に乗った時に扇の陰から垣間見た男は、がっくりと膝を付き、はらはらと涙をこぼしていた。
 男があの粉を口にすることはないだろう。
――何が『女の心は秋の空のように変わりやすいもの』、だ。
 姫の正体に気付き、心変わりしたのはあの男の方だった。
 そっと髪を掻き分け、耳に手をやる。ひやりとした指が触れたそれは、人間とは違い毛に覆われ先の尖った形をしている。輿の中に広がった着物の裾からは、白金の毛に覆われた尾が九本、覗いていた。
 久方ぶりに満ちた力に体を制御できなかったのは不覚だった。
 あれで西方の知識の深い男であったから、おそらく箱の中身についてもおおよその察しがついたのであろう。
 だが、差し出した手を拒まれた屈辱を、姫は許すわけにはいかない。監守らへの復讐の先になるか後になるかはわからないが、自分が自分であるならば、あの男に、あの男の国に何らかの報復をしなければならぬ。
――たとえ、わたしが差し出した手が、『気まぐれ』からであったとしても、だ。
 ふう、と姫は深い息を吐き、指で髪を撫でつけた。
「かぐや姫」
 配下の者から声がかけられた。
「お加減はいかがでしょうか?」
「申し分ない。あの聖者の骨灰が効いておる」
「それはよろしゅうございました」
 姫はふむ、と息を漏らした。
「だが、その名で呼ぶのはやめよ。わたしはもう『かぐや姫』ではない」
「は。……では『妲己』さま、と」
 配下の言葉に、苦笑した。
「それも、はるか昔につまらぬ縁のついた名だ」
「では、何とお呼びすればよろしいので……」
「そうだな……」
 次の名は、この国を傾ける者の名として、国の隅々にまで知れ渡るだろう。
――そう『気まぐれ』だ……。だが、『気まぐれ』であれど、きっと『わたし』は拒まれることを許しはしはしないのだから。
 『かぐや姫』だった女は簾の隙間から外を覗いた。十五夜の月光が姫を照らす。金色のまばゆい光。それはさながら真実を明らかにする通力の輝きのようで、女はふい、と顔を逸らし目を閉じた。

 秋の空、風に乗る雲の脚は早く、翁の家はもうはるか彼方。

 これから数百年の後、この国は一つの栄華の時代に入った。
 そして、その頃。『玉藻』という名の美女が現れ、ときの上皇を惑わし大いに世を騒がせることとなる。その傾国の美女の正体は、かつて西方の国で悪名を轟かせた白面金毛九尾の狐であったという。

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