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意味不明小説(ショートショート)コミュの灰の町

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『灰の町』


 ある朝、目を覚ますと、町が灰になっていた。
 これは決して比喩ではなく、例えば私の中での価値観が変化して、すべてのものは灰のようなものだといっているのではない。そんな現実の物事の一面的な側面をぬき離して把握しようと言っているのではない。私が言いたいのは、ただ、本当に町が灰になってしまったということだ。
 さて、ベットから起き上がって、私が一番最初に困ったのは、水がないということだ。
 台所へ行き――当然台所も灰になっている――、水道管のコックをひねると――当然コックも灰になっている――、本来水が排出されるべき所からは、液体状の灰が出てきた。
 私はためいきをついた。
 もしかしたらこれは誰かの悪戯かもしれない。常識的に考えていこう。一晩ですべてのものが灰になるなんてことは考えられないし、水道管から灰が出てくることなどあり得るはずがない。ということは、これは誰かの悪戯ということだ。
 結論、これは何者かによる悪戯である。
 では、果たしてこれが誰に因る悪戯かということが次の問題になる。これは非常に難しく、世界的な学者でもそう容易には解けないだろう。ということは、そう短期的には解けない問題ということができ、よって、この問題に関しては後回しにするというのが正しい議論の進め方であろう。
「非常におしい」と誰かが言った。
「誰だ」と私が言った。そして周りを見回した。まず右を見て、次に左を見る。それから上を見て、その後下を見る。しかし、どこにも人影らしきものは見当たらなかった。
「これは不思議だ」と私が言った。「確かに人の声がしたというのに、はて、君は一体どこにいるのだろう」
 返事がない。
 しかし、冷静に考えてみれば目に見えないのだから返事がないのは当然だと私は思った。
 ところで、現在の状況を説明するための方法として、私はついさっきもうひとつの案を思いついた。これは、すべて夢だという考え方だ。
「非常におしい」と誰かが言った。
「誰だ」と私が言った。そして、周りを見回した。まず、右を見て、次に左を見る。それから上を見て、その後下を見る。しかし、どこにも人影らしきものは見当たらなかった。
「君には私の姿は見えんだろう」と誰かが言った。
 私はうなずいた。
「返事をしなさい」と誰かが言った。
「はい」と私が言った。
「よろしい。君に私の姿が見えないように、私にも君の姿は見えないのだ。だから、私の経験と知識から考えて、おそらく君は今うなずいたのだろうと考えられるが、つまりそう言った肉体的な動作によるコミュニケーションは、私には伝わらないということだ」
「あなたの言っていることは間違っていない」と私は言った。「しかし、何故だろう。間違っていないはずなのに、どこか釈然としない。不思議だ。これは非常に難しい問題だ」
 誰かが笑った。「君はとてもよい考え方をしている。しかし、君には足りない物があるようだ」
 私は言った。「ちなみに、あなたには肉体が足りていない」
「そうじゃない」と誰かが不満そうに言った。「そうじゃないんだ。私に肉体がないというのではない。ただ単に、君には見えないというだけだ。私はこの世界にちゃんと存在している。それは明確な理由を持って証明できる。なぜなら私は声を出しているからだ。わかるだろう。存在しないのなら、声は出せない」
「では、なぜ私はあなたの存在を目にすることができないのだろう」
「簡単なことさ」と誰かがそっと言った。
「教えて下さい」と私が言った。
「よろしい、特別に教えてやろう。私は君の目には見えないから、君には私の姿が見えないということだ」
 私は首をひねった。「なぜだろう、どこか釈然としない。あなたの言っていることは、間違っていないはずなのに、どこか理解できないところがある」
「では」と誰かが言った。「思い浮かべてみなさい。私は君より少し背が小さく優しそうな顔をしていて、白い髪の毛を6本生やしていて、白いひげを鼻の下のもっさりと生やし、鼻は一般人より少し大きいが目は小さい、そんな爺さんだ」
 私は言われたとおりに思い浮かべた。すると、私の目の前に、その想像通りの爺さんが現れた。
「いや、驚いた。あなただったんですね」と私が爺さんに言った。
「正確に言うとそうではないが、まあ、そう思いたければそう思うがよろしい」と爺さんが言った。
「とにかくお会いできて光栄です。あの、今はお暇ですか」
 すると爺さんはむすっとした表情をした。「失礼な。私はいつだって暇な時間というのは持たないのだ。なぜなら何も予定のないときにはその時のための予定を考えているからだ。ちなみにこれからはちょいとそこらを散歩してくる、という予定が入っている」
「それは失礼いたしました。やはり、お忙しいのですね」
「その通り」と爺さんは深刻な表情で頷いた。「では、失礼する」
 そう言うと、爺さんは私のことなど放っておいて、どこかへ去ってしまった。
 私はなぜか不愉快な気持ちになった。しかし、一体どうして不愉快な気持ちになったのかを説明するには、これはとても長い考察が必要になるので今は省略することとする。
 ところで、と私は思う。一体私は何を考えていたのだっけ。何の問題を抱えていたのだっけ。すべて忘れてしまったようだ。実際のところ、忘れてしまえば世の中の大抵の大きな問題や事件は、気にならなくなるというものだ。
 私は時計を見ようと思った。左の手首に高価な腕時計がはめてあるのだ。だから、私はまず左の手首を見る。そうして、そこにはめてある時計を確認する。
 もう、午前11時だった。
 妻を起こさなければならない。妻は大概私が起こしに行かなければ目を覚まさない。以前うっかり私が起こし忘れてしまった日には、彼女は一日中眠っていた。つまり、そういうことなのだ。私が起こさなければ、彼女は決して目を覚まさない。
 仕方なく、私は妻の寝室へと向かった。そして、布団の中で丸まっている妻の肩をトントンとたたいた。
「そろそろ起きたらどうです」と私が言った。
 妻は、どういうわけか、灰になっていた。
 私はハッとなって大事なことを思い出した。
 そうだった。今日、目を覚ましたら、世界が灰になっていたのだった。それで妻もご多分に漏れず灰になってしまったということなのだろう。そう思って周りを見渡すと、壁もベットも布団もすべてが灰になっていた。何故忘れてしまっていたのだろう。
 念のために私は妻の肩を何度もゆすってみた。しかし、彼女は全く目を覚ましそうになかった。彼女を揺らすたび、灰の体は少しずつ崩れていく。
 私は不安になって、家の外へ出てみた。
 当然のごとく、すべての家も、道路も、電灯も、ホームレスも、空も、太陽も、何もかもが灰になっていた。太陽? そう思ってみると、確かに太陽も灰になっていた。つまるところこれは宇宙的な現象ということになる。私は宇宙の話が少しでも出てくると目が回ってしまう。
 ただ、太陽は灰になりながらも光り輝いていた。灰の雲が時折被さってはまた離れていく。
 念のために何件かの家を回ってみたが、どの家にも人影はなかった。もしかしたら妻のように灰になって固まっているのかもしれない。恐ろしい世の中になったものだ。
 そう思うと、私はひどく不安になった。
 これから、私はどうやって生きていくのだろう。水も食料も言葉も愛もない。こんな世の中では私は死ぬという将来以外残されていないではないか。
 気がつくと、私は涙を流していた。悲しい涙。世界は終わってしまったのだ。無残にも突然灰になるという悲劇によって。
 ため息をつこうとしても涙を流しているから、喉に空気が引っかかって余計に泣いてしまう。これではどうすることもできない。ため息をつけないというのは辛いことだ。なぜならため息を吐くことにより、絶望や失望という感情を表現できるのにそれが出来ない。これでは客観的に見た時、私はただ子供のように泣いていると思われてしまう。
「一体、どうしてしまったんだろう」と私はつぶやいた。
「懲りたようだな」とどこかから声がした。
 私が顔を上げると、目の前の先ほどの爺さんがいた。
「懲りたようだな」と爺さんは繰り返した。
「懲りたですって」私は驚いていった。「それは一体、どういうことです」
「どういうことも何も、懲りただろう」
「待って下さい。懲りるという表現は何かの失敗に対する反省の気持ちをいう言葉です。私は一体、どんな失敗をしたというのですか」
「どうやら、自覚はないようだな」と爺さんは言った。
「説明してください」と私は言った。
「よく聞きなさい」
「はい」
「お前さんは最初に私の声を聞いたとき、私の姿はどう見えたかね」
「ええと、あなたとは、ああ、そうだ。今朝、私の家で最初にお会いした時には、あなたの姿は私には見えなかった」
「その通り」と爺さんが言った。「まさしく、その通り。わたしの姿は最初、お前さんには見えなかった。つまり、そういうことだよ」
「どういうことです」と私は驚いていった。
「いや、つまりだね、私がここにいると言えば、私はここに存在する。君がここにいると思えば、君はここに存在する。目の前に例えばリンゴがあるとして、私がそれをリンゴと言えばそれはリンゴになる。リンゴでないといえばそれはリンゴではなくなる。そこには何も存在しないといえばそこには何も存在しないと、君は考えるだろう。世の中の物事というのは、実にあやふやな論理と解釈の上で成り立っている。誰かがそういえばそうなってしまう。誰かが肯定すればそれは肯定された存在になる。誰かが批判すればそれは批判された存在になる。批判された存在は人々から一様に批判される運命を持つ。しかし、忘れてはならないのは、それは誰かが作り上げた実にあやふやな理論と解釈の上に成り立っているということだ。では、君は私を、どう解釈するだろう。この世界を、どう解釈するだろう。考えてごらん。勿論それもあやふやな理論と解釈の一つだが、しかしそれはまぎれもなく君の解釈だ。そしてここで君が解釈を示すことは、この世界において重要な意味を持つだろう」
 私は目をつむってそのことについて考える。つまるところ私が一番最初に「ある朝、目を覚ますと、町が灰になっていた」と考えたから、いけなかったということなのだろうか。
「嫌だ」と私は言った。「私は嫌です。このままでは私は、真実というのが全く理解できないままこの世界を終らせてしまう。世界が終ったら私はどうしようもなくなってしまう。置いてきぼりにされてしまう」
「怖いのはみな同じだよ」と爺さんは言った。「組み立てられた世界で生きる者は皆君と同じ不安を抱えて生きている。どこかに隠されているのではないかと、必死になって真実と思われるものを探しているんだ。だから恐れることはない。いいかい、私は、君に言っているんだよ。私の言葉を受けている君に。私の言葉を追っている君にね。恐れることはない。世界が終ってしまったとしてもそれでいいではないだろうか。君がそれを嫌だと思うのなら、そう思えばいい。それが君の解釈だ、そうだろう。私の言っていることは間違っているだろうか」
「間違っていません」と私は言った。「あなたの言葉は、間違っていません」
「君」と爺さんは言った。「君はこの世界では長くは生きられまい。それは君が一番分かっているはずだ」
 私はうなずいた。
「私が言えることはただひとつ。残りの時間を悔いのないように生きることだ。悔いのないように、この世界を精いっぱいに出来る限り、楽しむことだ」
「そんなこと、出来るのでしょうか」と私は言った。
「出来るとも」と爺さんは言った。「君なら出来るはずだ。いや、君にしかできない。なぜなら今この世界を生きているのは、君ただ一人なんだから」
「わかりました。頑張ってみます」
「頑張るんだよ」
 爺さんはそう言うと、そっと私の手を握った。私も爺さんの手を握り締めた。とても温かかい手だった。
 爺さんはもう一度「頑張るんだよ」と言うと、最後は彼自身も灰になってしまった。私はその後もしばらくの間、その灰の人間の手を握り続けた。

 黄昏時が迫っている。
 灰の陽が沈みかけ、夕影と同様に輝きだした。
 灰になった世界は金色の光で照らし出され、まるで世界のすべてが夕日に包まれたように一様に黄金の色に染まった。それは今まで見たことのない、無駄のない一色の世界であった。
 今、私は、自宅の屋根の上でその景色をじっと見ている。実に不思議なことであるが、私は心の底から感極まっていた。どうせもうじきすべては終わるのだと思うと、曇りなき眼で世界を見て言葉を並べることが出来る。
 確かに世界は灰になってしまった。しかし、この景色を見ることができたなら、灰の世界も悪くない。

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はじめまして、月渡りです。
実験的な小説も好きですが、他にもいろいろな小説を書いています。
僕のホームページがありますので、ぜひ見にきてください!
まだできたばかりでさみしいので、掲示板に足跡を残してもらえると嬉しいです。
http://www2.hp-ez.com/hp/tsukiwatari/page9

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