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意味不明小説(ショートショート)コミュの月世界旅行

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僕の目の前には、月の模型のような小さな顔があって、お喋りをするんだ。
僕が夜の海へ行ってきたこと。
海には何にもなくて、ただまっ黒だったこと。

「そうかい、とっても広かったんだね」
と、かわいい顔は言った。
「広くって、何もなかったよ。全部に影がかかってるみたいでね。
崖の上からかな。その海を眺めていたことになってるんだけど。」
僕は月に話していると、まるで、その光景が浮かんでくるみたいだった。

「シレーヌっていう妖精たちが歌っていてね。
海が全部その声に包まれていて、吸い込まれるようだった。
でもその声が、どこから聞こえてきたかなんてどうでもいいんだ。
僕が見た海が本当に海だったかなんてことも。
ただ世界がそこに広がって、僕の見た暗い世界がそこにあるっていう感じになれた。
そういう体験だったんだ。」

「ツクルは、月に行ってみたくはないかい?」
と、月は僕に話しかけてくれた。
「えっ、本当?行けるの?僕が月に。」
「ああ。君が行きたいって思えば、ボクが連れて行ってあげるよ。」

月は言った。
「ツクル、昔ボクがまだ、亜麻色の顔をしてお空に浮かんでいたころ、月って、どんなものだったと思う?」
「うーん。」
僕はちょっと考えてから、言った。
「月には不思議な月人が住んでる。月の世界を支配して、地球人が来ると追いかけてくるんだ。変なキノコがいっぱい生えていて、北斗七星に守られているんだ。」
「はっはっは。そうだよ。ツクルの考えている通りなんだ。」

にょきにょきと、亜麻色のゴワゴワとした紐のようなものが、その小さな月の球面の、下の部分から出てきて、
まるで髪の伸びる日本人形のように、独りでに伸びてきた。
それは麻の香りがして、僕の服の袖から、腕の中に入ってきた。
「何をするの?ムーン。」
「心配いらないよ。ボクがツクルと融合して、月の世界を見せてあげるためにやっているんだ。」

ふーん。と、僕は思った。
僕が何かと融合するって、どんなSFの本を読んでも、絶対無理だと思っていた。
でも、物理に支配されて、すべてが明るみに出た現実の論理では、何かと融合することは望めないけれど、
こうやって幻想と現実の境目がなく、19世紀調の仄暗さをそのまま持って生きているムーンと一緒の今なら、
何かと何かが融合するっていうのは、簡単にできるんじゃないだろうか。


ムーンの神経の紐は、僕の体のどこかに侵入して、僕の何かと結合して、
僕は、今月の世界に迷い込んでいた。
なんだろう。
僕の目の前の世界は、0.1秒おきに切り替わった。
色はない。白黒だ。
星の瞬きかたが、不思議だ。

月では星は瞬かないって聞いたこともあるけど、それは僕にとってはウソだった。
月では、星は、ガタガタ瞬く。
0.1秒ごとに、ガタン、ガタンと不器用に。

まるで、雑音がたくさん入ったラジオを聴いているかのように、
月の光景は、汚い斑点がブツブツ見えた。
ときどきそれは、視界に現れては消えていく。


昔の映画を見ているようだった。
昔というのは、本当に昔、映画というものがまだ世界に出たばかりのころ。
写真というのは動かないものだっていう時代。
そして、写真が動くっていうことが、まるで魔法のようだと言われた時代。
動くもの、ムーブからムービーという言葉が生まれた。
やがて時代が経るにつれて、ムーブだけじゃ飽き足らず、映画に音声があてられてしゃべるもの、トークからトーキーという言葉も生まれたが、トーキーよりも古い映画は、音が何もなかった。

だから、僕が自分で音楽をかけた。
エジソン博士の発明した、蓄音機で。

音楽は、ドビュッシーの夜想曲。

「ツクル。君は面白いね。」

すると、この目の前の白黒の世界が、まるで光を帯びているかのように素敵に輝きだしているのがわかった。

なんだろう、この感じは。
まるで、この光景を見たことがあるかのような気分だ。
まるで人間の遺伝子に焼き付けられた、人類のうちの誰かが体験した人類にとっての大きな一歩の記憶を、僕が追体験しているかのようだった。

でも、僕は決して、20世紀のアームストロング船長ではなかった。

今僕は、19世紀末のフランスにいる。
世界が終わるかもしれない、何かが起きるかもしれないっていう、そんな漠然とした恐怖に人々は怯えている。
路上では荷馬車が強盗に襲われているのを、鉄砲で武装した警察の騎兵隊が取り囲んでいる。

強盗はユダヤ人だった。
それをみて、強盗が捕まってよかったと言う人。
ユダヤ人差別だ、という人。

新聞受けには、気球が最近とても高く飛んだ、というニュースが載っている。
気球が飛んだ様子を描いた鉛筆画と、乗組員の勇気ある若者のとても質の悪いぼやけた写真が張られている。

隣のページには、プロイセン公国との戦争で、志願兵募集と書かれている。

近所では、パンを女性たちが噂話。
「グレーゴルさんの様子が最近おかしいのよ、巨大な虫になってしまったらしいのよ。」

そんな時代に、僕は月に来たのだった。
僕の目の前にあるのは、実際の月面の姿じゃない。
記録映像だ。
記録映像を、僕の体験で上書きしているんだ。

上書きしていいんだ。
僕の月の世界。
科学史の歴史を、ウソの歴史にしてしまってもいい。
僕が、本当の歴史を作ってもいい。

僕は、さっそく記憶を始めた。
月に家を建てて、そこに僕の住処を作ろう。


つづく

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