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意味不明小説(ショートショート)コミュの瞳のなかの鏡(全)

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冷たい風が暗闇をのせて来たかと思うと、瞬く間に一面に広がっています。
冬の宵口には、あたかもお芝居の舞台のうえで照明を切り替えるかのように、辺りの景色を闇が覆ってしまうのでした。
森のなかの道を歩くミミオとビビコの耳には、すでに夜の生物の囁く声が聞こえはじめています。


宵闇せまれば

手をとり手をとり帰りゃんせ

ほどこうものなら二度とは会えぬ

宵闇せまれば

ふり返らずに帰りゃんせ

返ろうものなら二度とは戻れぬ


「気味のわるい歌! そういって恐がらせようとして底意地の悪いやつらね」

ビビコが強がりを言ったそのとき、傍らの草むらが、がさがさと動き、思わず「ぎゃっ」とのけぞりながらもビビコはミミオの手をしっかりと握って離そうとしなかったので、ミミオは後ろに引っ張られて転んでしまいました。

「いてて、手が伸びちゃうじゃんか!」

しりもちをついて愚痴をこぼすミミオの前に現れたのは、よく太った黒い猫でした。
猫は、両目を赤く光らせながら、ふたりの顔をしげしげとながめた後、手話で話しはじめました。
すでに猫も人間のような知性をもつ時代となっていましたが、いかんせん発声器官は昔のままであって「ニャー」としか言えず、すべての猫は小学校にて手話を習うのです。

『おどかしてあいすまなんだ。おんしらは旅のもんか?』

「だいじょうぶです。ぼくらは旅のものです。今晩の宿を探しています」

『ほう、お困りやねんな。だったらワシとこ泊まりゃええきに』

「助かります。気味の悪い歌が聞こえて、妹はすっかり参ってしまっているのです」

『あれは猩猩たちがゆうとるんや。よそ者には、冷たい奴らじゃきに』

「やはり、嫌がらせですか」

『嫌がらせやな』

その言葉をきいて、ビビコは林道の周囲をにらみつけ、あっかんべえと舌をだしたところ、ひゅうっとなにか小さなものが飛んできて、ビビコのおでこを打ちました。

「イデッ!!!」

ビビコのおでこを打ったものがころころと道に転がり、拾いあげてみるとそれは豆でした。
猩猩たちの食べ物なのでしょう。
さらによく見てみると、その豆には、 カエレ! と、とても小さな字で書かれているのでした。

「手先がずいぶん器用なんだなあ・・・」

ミミオは手の込んだ嫌がらせに腹が立つより感心してしまいました。

『普段は海に住んどるけど、夜になると上がってきて、林の中で酒盛りをしとるのよ。よそものが通ると、酒がまずうなるとでも思とんのとちゃうやろか』

「酔っ払いにからんでロクなことないね。ここは大人しく立ち去ろう」

不満げなビビコをそう言ってなだめます。

『さよう、さあ、はようワシの家に来んさい、と言いたいところやが、生憎ちょっと用事があってな』

太った猫は、立派な太鼓腹に虱でも飼っているのか、ぼりぼりとかきむしり、闇が深まっていっそう光る目で遠くを見やりながら、手話を続けます。

『ちょうどええから、おんしらもついて来たらええわ』

と言って、手話に使っていた前足を下ろし、四足歩行ですたすたと歩きはじめたので、しかたなく二人はその後を追います。
猫の背を見ながら、ビビコがそっとつぶやきました。

「猫の目って、ふしぎ。夜になると、まるでルビーみたいにぴかぴか光るのね」

「ああ」

ミミオがそっと答えます。

「夜に猫の目が光るのは、網膜の下に『タペタム』という光を反射する板があるからなんだ。このタペタムが光を網膜に送り返しているから、猫は夜中でもよくものが見えるんだ」

「へえー物知りね」

「鏡のようなものかな」

「目のなかに、鏡があるの」

「ずっと前に砂漠のある国で知り合った動物の先生から聞いたんだ、ビビコも会ってるけど、覚えてないの?」

「ぜんぜん覚えてないや…」

ビビコは昔のことはすぐに忘れてしまうたちなのです。



太った黒猫を先頭に、その後ろをミミオとビビコは進みます。
三人の進む道はやがてなだらかにせり上がり、いつしか道の両側は背の高い榧の木によって覆われ、そのするどい葉と葉の僅かな隙間にはどっぷりと闇に浸された大気が領して、そのずっと先に、青い光を放つ星が見えます。

「シリウスよ!」

ビビコが夜空を指差せば、他の二人も足をとめ、そのいっとう明るい星に魅入られたように、口をぽかんとあけたまま眺め続けたのです。
宇宙の果てから届くシリウスの青い光は清らかで、昼間の喧騒にまみれた地上を、夜毎に癒しているかのようにも思われました。
しばらくその青い光を見やったのち、猫が歩き始める気配を感じたので、再び地表に目を落としたミミオとビビコは、次の瞬間、ふたりして「あっ」と驚きの声をあげました。
なんと、前を歩く猫が、二匹となっていたのです。
先ほどまで一緒にいたはずの太った黒猫は姿を消し、いま二人を先導するのは、痩せっぽちの二匹の黒猫と変わっていたのでした。
いったいいつの間に猫が入れ替わっていたというのでしょう。
いや、あるいは。

「シリウスだ」

ミミオがつぶやきました。  

「シリウスは、双子星なんだ。肉眼で見る限りはひとつの星だけど、本当はふたつの星がお互いに引き合って、いつも一緒にいるんだ」

「ミミオが言いたいのは、つまりこういうことね」

ビビコが続けます。

「双子星のシリウスの強い光を浴びた影響で、黒猫が二匹に分かれた」

ミミオがこくりとうなずきました。

「ああ、あの二匹の痩せた背中を見ろよ、たぶんあの二匹の体重を合わせると、元の太った黒猫一匹分になるんじゃないかな…」

「まったく、人騒がせな猫ね!」

ビビコが文句をこぼしている間にも、二匹の猫は、すたすたと森の中の道を進んでゆくのでした。
自分が二匹に分かれてしまったことに気がついていない様子なのです。



いったいどれくらい、森のなかを歩いたことでしょう。
行く先にはいつも同じ色をした夜の空気が領していて、その静寂のなかを、ときおり駆け抜ける夜風はズボンの生地こえて肌を突き刺すかのように冷たく、そのたびにミミオとビビコは自分たちが森なかを歩いているということを思い出すのですが、それも束の間、風が通り抜けて行ったのちは、再び恐るべき単調さに身を委ね、登っているか下っているかももはやにわかには分からず、前をゆく痩せた二匹の猫の背中が揺れる様子をうつらうつらと、この世のものとも思われない心地で眺めているのです。
猫はふたりして一糸乱れぬ歩調を刻んでいて、完全な対称をなしていました。
片方が右足をあげると、もう一方は左足をあげます。
後ろから見ていて、右をゆく猫の頭の右の頬のひげがぴくりと動いたかと思うと、左をゆく猫の左の頬のひげもまた、まったく同じようにぴくりと跳ね上げられているのです。
いちど右の猫が石に躓いて転んでしまったこともあったのですが、全く同時に左の猫も、同じような大きさの石に躓いていて、二匹の猫はそれぞれ道の両側にぱたりと開いて倒れ、間髪入れずに同じタイミングで立ち上がって、何事もなかったかのように歩みを進めるのでした。
それはまるで、道の真ん中に目に見えない鏡がならんでいて、二匹の猫がお互いの鏡像であるかのようでした。
しかし、どちらの猫が実際に物体として存在していて、どちらが質量を持たないたんなる像であるかは、後ろをゆくミミオとビビコには分からないのです。
後ろから二匹の猫を追いかけている限りには、どちらも手にとって触れられる、物体としての存在であることは間違いないようにも思われたのです。
あるいは、いま、この瞬間、手にとってその体温を感じていない以上、二匹の猫のどちらもが、冷たい鏡像であるといったことだって考えられるな、とミミオは思いましたが、では、二匹のどちらもが像であるとして、もともとの体はどこへ行ってしまったのでしょうか?

「もしかしたら最初にあった太った黒猫が二匹の痩せた猫に分かれたときに、猫は質量をもった自分の体を失ってしまったのかも知れない」

ミミオが自分の考えていたことを、筋道の途中で声に出したものですから、ミミオのすぐ前を歩いていたビビコに理解できるものではありません。

「なにどういうこと?」

と、ミミオのほうに振り返ったビビコは、すぐさま、

「げっ」

と素っ頓狂な声をあげました。
ビビコが振り返って見たのは、ミミオの姿だけではなかったのです。 ミミオの背中のすぐ後ろに、こちらとは真逆の方向に歩いていこうとする、四つの背中がありました。
しかもそれは、ビビコがよく知っている人びとの背中であったのです。
二匹の痩せた猫の背後を、二人の子どもが追いかけていて、それは、一切違わずミミオとビビコ、自分たちの姿なのでした。

「私たちがいる!」

そういって叫ぶビビコにつられてミミオが後ろを振り返ったときには、自分たちそっくりの四人組の背中は、来た道を真逆に歩みはじめていて、あっけにとられてみていると、やがて暗闇のなかに消えて行ったのです。

「猫だけが鏡の中にいるんじゃないんだ…」

そういってミミオが思索に入ろうとしたとき、またしても、

「ぎゃぎゃ!」

というビビコの叫びが聞こえました。
後方に消えていった自分たちを見届け、再び向き直ったビビコが見たものは、前から歩いてくる四人組の姿であったのです。
そしてそれは、またしても、二匹の痩せた黒猫と自分たち自身なのでした。



まるっきり同じ姿をした4人組どうしは、お互いをまっすぐに見やって、歩みを止めました。
両者の間には、数日前に雨でも降ったのでしょう、ちいさな泥濘がありました。
道を通り行く風にさらされて、表面は乾きはじめており、チョコレートを思わせる薄い皮膜に覆われていて、この暗闇のなかでもわずかに光沢を放っていました。
ミミオとビビコは、懸命に目をこらして、自分たちに対面する者たちの衣装から背格好、顔立ちの様子まで仔細に観察してみたのです。

「ビビコ、あれはぼくかな?」

「ええ、あれはミミオよ。その隣にいるのは私かな?」

「うん、あれはやっぱりビビコだ」

やはり眼前にいるのは自分たちそのものと言って間違いなさそうです。
そのとき、辺りの木々が不自然な音を立ててざわめき始めました。
道中で耳にした、風が木々を揺らす音とは違い、無理やりに枝が曲げられ、葉のむしりとられる音であり、生き物の気配に満ちた、耳障りな音でした。
その刹那、なにかがミミオのこめかみにコツリと当たり、そのまま足元に落下して転がりました。
拾い上げてみると、それは小さな豆で、几帳面な字で カエレ! と書かれており、そのような律儀ないやがらせを仕掛けてくるのは、あの猩猩たちに他ならないのです。
猩猩たちは自分たちの縄張りに足を踏み入れたよそ者を、森のなかから静かに追跡し、その様子を執拗に探っていたに違いないのです。

「陰湿な奴らだ!」

ビビコが怒って豆を投げ返そうとしたとき、後頭部にコツリと、先ほど豆が飛んできた真逆の木々の間から豆が投げられました。
どうやら道はすっかり猩猩たちに取り囲まれているようです。
ビビコがどちらに豆を投げ返そうか逡巡しているうちに、猩猩たちの一斉攻撃が始まりました。
道の両脇から、無数の豆が二人を狙って投げ込まれ、頭や腕や服に当たった豆が、ざらざらと音をたてて地面へと流れていきます(その一粒一粒に「カエレ!」という文字が刻まれているのです)。
そのひとつがミミオ眼球を狙い、条件反射によって閉じられた瞼によって間一髪守られたものの、何本かの毛細血管が断絶され、皮膚の内に染み出た血液がじんわりと熱を帯びて危険を知らせるのでした。
ミミオが両腕で頭を覆い隠し、中腰になって防御の姿勢をとると、森の中から猩猩たちの歓声があがりました。
自分たちの行う嫌がらせが、確実に相手を困らせていることが分かり、猩猩たちはさらに豆を投げる勢いを増すのでした。
ウオー、ウオーという悪意に満ちた雄たけびの合間合間に、猩猩たちは汚い言葉で二人を罵りました。

お前たちのせいで理が変わろうとしている。

お前たちとともに汚れが持ち込まれた。

愚かな闖入者は帰れ!

帰れ!

帰れ!



そしてついに、一匹の猩猩が、憎しみに燃える唸り声をあげながら、木立の中から飛び出してきました。
と、そのとき、ミミオたちを隔てた反対の藪からも一匹の猩猩が飛び出してきたのです。
二匹の獰猛な獣が、道の中央で相対する形となったとき、双方が叫びました。

俺がいる!

俺がいる!

暗い夜道で、ミミオたちにはさっぱり分からないのですが、二匹の猩猩はお互いを自分自身だと思っているようです。

どうして俺がもうひとりいるんだ!

どうして俺がもうひとりいるんだ!

二匹の猩猩はお互いの姿に怯え、しかし次の瞬間には口腔から鋭い牙をむき出しにして敵意をあらわにし、二匹同時に咆哮しました。

お前は俺のにせものだ!

お前は俺のにせものだ!

そういい終わるや否や、林の両端から堰を切ったように何匹もの猩猩が這い出てきました。
そして、最初に森を飛び出した猩猩と同じように、自分そっくりの姿をした、もう一匹の猩猩を見つけるのです。

俺がいる!

俺がいる!

俺がいる!

俺がいる!

お前は俺のにせものだ!

お前は俺のにせものだ!

お前は俺のにせものだ!

お前は俺のにせものだ!

猩猩たちの驚きと敵意の交じり合った叫びがいたるところであがり、そして、とまどいは攻撃の端緒となったのです。
猩猩たちはもうひうとりの自分自身に向けて鋭い爪で襲い掛かり、牙を相手の首筋につきたてます。

にせものは殺せ!

にせものは殺せ!

お互いに憎しみ合う猩猩たちのなかにあって、ミミオとビビコはただその場にうずくまり、嵐の去るのを待つよりほかなかったのです。
幸いなことに、そのころには猩猩たちはよそ者のことなどすっかり忘れてしまったかのように、自分の似姿ととっくみあっていましたが、渦中をくぐって安全な場所に逃げることもまた叶わぬと思われました。

猫は。

はじめは一匹だった二匹の痩せた猫は。

ビビコは恐る恐る顔をあげ、猫の姿を探しました。二匹の猫は、この狂乱のなかにあってなお、まるでそこだけが森の本来の沈黙に守られているかのように、静かに向かい合っていたのです。

「ミミオ、ミミオ、猫の目が光っているわ」

ビビコの言葉にいざなわれ、ミミオもまた二匹の猫を見ました。
確かに、相対する二匹の猫の目は、ちか、ちかと、淡く冷たい光を放っていました。

「タペタムだ」

そう、猫は己のうちに嵌め込まれた鏡をもって、お互いの瞳のなかの光を互いに返し合っているのでした。
光は片方の猫の瞳に達するや、そのうちの鏡によってもう片方の猫の瞳に届けられ、そして次の瞬間にはもとの猫の瞳へと戻ってゆくのであって、二匹の猫の瞳のあいだで終わるともない往還を続けていました。
光は二匹の瞳のうちにすっかり囚われているのです。

ふたりは勇気を振り絞って、なおも激しく続く猩猩たちの戦いのなか、地面を這ってゆっくりと進み、ようやく二匹の猫の足元までたどり着きました。
そして、猫の顎の下から、猫の瞳を、そのなかにある鏡をそっと覗き込んだのです。
遠くからはただの光と見え、しかし、こうやって覗いてみると、二つの瞳の間でたゆまなく往還しているものは、この森の様子を仔細まで鮮明に写した像でありました。

いっぽうの猫が向かい合う猫の瞳を覗くとき、そこには自分自身の瞳が映っています。そして、その瞳のなかには、相対するもう一匹の猫の瞳が映っています。そして、その相手の瞳のなかには、さらにまた、自分自身の瞳が映っています。そしてその瞳のなかには、またしても相手の瞳が映っているのです。
相対する二つの鏡はそうやって、無限に光を閉じ込めて、刻々と、今の瞬間にも、また新たな瞳の像を極小へとむかって生み出してゆくのです。
そして、とめどなくその数を増してゆく猫のすべての瞳はまた、愚かに争う猩猩たちの群れと、そのなかでうずくまるミミオとビビコの姿を映してもいました。
ミミオとビビコは、猫の瞳のなかに映る自分たちの像を、極小へとむかってはてなく増殖する自分たちの姿を、我を忘れて眺め続け、ふと気づいた頃には、この場所にたどり着いたときには跨いで通ることのできるくらいであった、足元の泥濘が、いまや二人の身体をすっかり取り囲むほどの大きさに変わっていました。

『ここが世界の涯ての涯てや』

二匹の猫が、一糸乱れぬ手話でもって教えてくれました。

『うまいこと見つけられたけん、今夜の散歩はこれで終わりや』

猫がそう話すあいだにも、足元の泥濘は広がり続け、いや、そうではなく、

「ぼくらが極小にむかって縮みつづけているんだ、二匹の猫の合わせ鏡のなかで」

ミミオはそうつぶやきました。
やがて、チョコレートのような泥の膜が、少しずつ溶けはじめ、うずくまるミミオとビビコの足に、ゆっくりと絡みました。
気づけばあたりには、再び静寂が戻っていました。
おどろいてあたりを見回すと、今夜の林の喧騒の主たち、猩猩たちが、ゆっくりと泥のなかに沈みつつあるさまが、見えました。
彼らは今は争うこともせず、どこか安堵した表情をめいめいに浮かべながら、あたたかい泥の中にその身体を委ねていました。

『今はもう、お眠り。この世の喧騒をひととき忘れて、お眠り』

一匹の猫が言いました。

『明日はまた別の瞳のなかで目を覚ますことになるやろうから』

もう一匹の猫が言いました。
そして、泥濘の岸が暗闇の彼方まで広がったとき、ミミオとビビコの身体を、泥が包み込みました。
優しく、どこか懐かしいあたたかさを湛えたまどろみの時を過ごしたのち、いまだ極小へむかって増殖を続ける世界のなかで、ふたりは深く眠り続けています。

おわり

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