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意味不明小説(ショートショート)コミュの月蝶石

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 厭な夢ばかりを見る。
 ビルの屋上から飛び降りる自分。
 ナイフの刃を綺麗に研ぐ自分。
 自動車を運転していて崖下に落ちる自分。
 挙げればきりがない。死を連想させる夢が、毎夜の如く私の枕元に立つ。真夜中でも目が覚めてしまい、今まで見ていた夢をくっきりと思い出すことができる始末。身体中にかいた厭な汗を拭うと、手のひらがべっとりと濡れて更に不快になる。
 ある晩、いつものように厭な夢を見た。燃える家の中で私は探し物をしている。何処にしまったのかはなんとなく検討がついている。二階の寝室のベッドの脇の棚。脳内にイメージが広がる。なかなかそこに辿り着けず、焦りばかりが募る。廊下は一面火の海で、壁まで炎の舌が伸びている。私はもつれそうになる足で懸命に二階を目指す。走る。走っている。探し物が、そこにある筈だと妙な期待と焦燥感でもって、走る。けれど、何を探しているのかは定かではない。
 そんな厭な夢。
 目が覚めて、今まで見ていたものが夢だったのだと悟る。真っ暗な部屋の中で、また厭な夢を見てしまったと溜息をつく。
 コップで水でも飲んで寝直そう。私はそう考える。厭な夢を見るのにも慣れたもので、別段どうということはなくなっていた。夜中に起きてしまうことを除けば、苦でもない。
 しかし、その晩は違っていた。
 キッチンへ向かう途中、不思議な生き物に出逢った。
 それはひらひらと舞う蝶々だった。だが、一般に蝶々と考えられるようなものではなかった。身体が光っていたのだ。月の明かりをそのまま再現したような、仄かな光。けれど、それは目に優しく、暖かな灯だった。
 薄茶色、まるでカフェモカの泡のような色で、蝶々はゆったりと部屋の中を舞っている。
 思わず手を伸ばすと、そいつに触れることができた。ひんやりとした体温が伝わる。身体は石のように硬かった。これは蝶々ではないのか。
「月蝶石」
 蝶々は鈴が鳴るように、歌うようにそう言った。
「わたし、月蝶石」
 その声は本当に美しい少女のようであった。私は悪い夢の続きを見ている気分になった。
 彼女が大人しくしているのを良いことに、その石でできた翅を触る。つるつるした表面には、幾何学的な紋様が描かれているが、凹凸は感じられない。月蝶石は誰かの作った芸術作品のように完成された美を秘めている。
「わたし、月蝶石。あなたは」
 握れば折れてしまいそうなほど華奢な触角で、私の人差し指に触れる月蝶石。
「私は――」
 声が掠れる。きちんと伝わったのだろうか。
「そう」
 思わず笑みが零れる。
 外は闇。本当の夜だ。動いているのは私と月蝶石だけ。それはとても美しい世界だ。

『死にたいと願った時に殺してくれて
 生きたいと祈った時に殺してくれて
 生きたくないと笑った時に、殺してくれる世界』

 夜がこの家に月蝶石を閉じ込めたのだろうか。この家は、夜にとってはひとつの檻なのだ。それは私にとっても同じことだ。暗い、世界。家の中も、外も、すべてが暗い。ああ、本当の夜なのだ。
 月蝶石が可愛らしい声で歌う。
「すわせて、あなたの、蜜」
 私は左腕を彼女に差し出す。ほっそりとした白い手首が、暗闇に浮かび上がる。月蝶石の鱗粉がはらはらと舞う。
 月蝶石はそっと私の手首に舞い降りると、音もなく血管から蜜を吸った。
 それはひどく芸術的な景色で、月蝶石が翅を楽しそうに動かすのを、私は満足げに眺めた。
 彼女が吸いきれなかった蜜が、溢れて、腕を伝って床に垂れる。ぽたぽた、と軽快な音を立てて。
 私は笑顔を抑えながら、月蝶石の翅を撫でる。
 蜜が吸われていく。
 私が消えていく。
 ああ、次に生まれる時は森の奥にひっそりと咲く花になれたなら。
 そう、思った。

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