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意味不明小説(ショートショート)コミュの月と星

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 世界一のポーカーの名人と呼ばれた男がいた。彼の名はヘロン・ホワイト。彼は生前、数多くの勝負を行い、幾多の勝利を自らの手中に収めてきた。彼は勝負を挑んでくる相手であれば誰であろうとも、手加減は一切せずに相手を破産するまで叩きのめす事で有名だった。彼のせいで人生を狂わされた者は少なくなく、人々は彼の事をいつしか「悪魔に魂を売った男」と噂するようになっていた。
 念のために断っておくが、ヘロン・ホワイトの強さは、偏に彼がこれまでの勝負で培ってきた経験や技術に基づくものであり、決して他人から与えられた特別な力によるものではない。そう、彼は世界一のいかさま師という一面も持っていたのだ。

 とある町にポール・スタージョンという男がいた。彼は通称「ポールスター(北極星)」と呼ばれるギャンブラーで、夜空に光り輝く不動の星の様に、これまでの勝負で誰にも敗北した事がなかった。そのため、人々はいつしかこう噂する様になっていた。「かのヘロン・ホワイトに勝てる男がいるとしたら、ポールスターを措いて他にはいないだろう」と。そして事ある毎に、ホワイトに対し勝負を挑む様にスタージョンをけしかけるのだったが、そんな人々の願いに対し、彼はいつも控えめな発言を繰り返すばかりで、自分の実力ではホワイトには遥かに及ばないだろう、と笑って答えるばかりだった。
 しかし実のところ、スタージョン自身はホワイトとの勝負においてさえも自らの勝利は揺るぎないものと確信していた。彼がこれまでホワイトに勝負を挑まなかったのは、単に機会を待っていただけなのだ。ホワイトに敵う相手がいなくなるその瞬間を。そして、ホワイトが築き上げた財産の全てを、その名声もろとも自らの手中に収めてしまう。それこそが彼の計画だった。
 そんなある日の事だった。いつもの様に町をぶらついていたスタージョンに、物陰から声を掛ける人物がいた。それは、物乞いと思しき一人の老人だった。しなびた皮膚と垢塗れの白い髪の毛から覗くその目には、過去に出会ったどんな相手とも違う冷たさと鋭さが宿っていた。
「絶対に誰にも負けない方法を知っているんだが、興味はあるかい?」
 老人はニヤニヤした笑いを浮かべながら、右手を差し出した。
 スタージョンは物乞いが嫌いだった。自らの手で運命を切り開こうともせず、他人からの助力を期待するばかりで、幸運がひとりでに転がり込んでくるのを待っている。その存在に、軽蔑と嫌悪を感じていたのだ。
「今すぐ失せろ。お前みたいに他人の力をあてにして生きている輩は反吐が出るんだ」
「そうかい。まあ、気が向いたら尋ねて来るが良いさ。夜中の十二時少し前にこの町の外れにある十字路だ。・・・いずれそう遠くない時にでも」
 そう言うと、老人はいつの間にか姿を消していた。
 
 運命の悪戯によるものなのか。その歴史的な勝負は、思いがけない時、思いがけない場所で突如として行われる事となった。太陽がさんさんと輝く蒸し暑い昼時、埃っぽい空気とオガクズの撒き散らされた床、染みの浮かぶ灰色の壁によって囲まれたうらぶれたバーの片隅。そこがホワイトとスタージョンの勝負の舞台だった。そして、観客とは名ばかりの三人――店の主人とホワイトの相棒であるバーニー・クロフォード、それに泥酔して机に突っ伏している老人――の見守る中で静かにカードは配られた。
 自らの輝かしい未来を決定づける瞬間が、こんな粗末な舞台によって迎えられる事になろうとは!皮肉な巡り合わせに大いに不満の残るスタージョンだったが、この機を逃した後に再びホワイトへ勝負を挑む、そんな先の機会に賭けるには、この世界は浮き沈みが激し過ぎた。与えられた機会を逃す事はない。そう考え直し、自ら進んで勝負を申し出る事にしたのだった。
 スタージョンとホワイトとの勝負は、瞬く間に片が付いた。“ポールスター”と呼ばれて浮かれていたが、それも所詮は限られた一部の世界でのみ通じる称号に過ぎなかったのだ。
 スタージョンはホワイトに敗北してしまったのだ。いや、“敗北”という言葉はあまりにも正確ではない。正しくは“完敗”したと言うべきだろう。それこそ完膚なきまでに叩きのめされたと言う言葉が相応しかった。移り気で怠惰な勝利の女神は、スタージョンに微笑みかけるどころか、目もくれなかったのだ。
 
 
 その日の夜中の十二時少し前、町外れの十字路にスタージョンの姿はあった。
 彼の背後には、昼間に出会ったあの物乞いの老人が立っていた。微かな月明かりに照らされた老人は、昼間の落ちぶれた印象とは異なり、どこか威厳を称えた雰囲気を纏わせていた。そして、右手を差し出すとこう言った。
「トランプをシャッフルして渡せ」
 スタージョンはポケットから封を切っていないトランプを一組取り出すと、老人の目の前で念入りにシャッフルした。老人はトランプを受け取ると、自らも鮮やかな手つきで一度シャッフルし直した。そして再び、スタージョンの掌にトランプを返してこう尋ねた。
「一番上にあるカードが何か分かるか?」
「スペードのエース」
 スタージョンは躊躇う事無くそう答えた。老人は探る様な目付きでスタージョンを睨むと、自らカードをめくって見せた。そこには陰気に笑うジョーカーの姿があった。
「ギャンブラーなら、スペードのエースの位置は常に把握しておくもんだ」
そう言って老人がもう一枚カードをめくると、果たしてそこにはスペードのエースがあったのだった。


 「敗北」は即ち「死」と同義である。ポール・スタージョンの敗北の知らせが町中に知れ渡るのは時間の問題だった。その前に、スタージョンとしては何としてもホワイトを打ち負かす必要があった。それも完膚なきまでに。
 再びバーを訪れたスタージョンの前に、昨日と同じテーブルに座っているホワイトの姿があった。今日は相棒のバーニー・クロフォードは一緒ではないらしい。
「もう一度だけ俺と勝負だ。ヘロン・ホワイト」
 勝負を挑むスタージョンに対し、ホワイトの返事は冷たかった。
「流星が輝いている間に願い事を三回唱えると、それが叶うと言う。しっかりとお願いしてきたのか?ポールスター。“ヘロン・ホワイトに今度こそは勝てますように!”と」
「フッ、そんな挑発で惑わそうと思っても無駄だ。あの時俺に勝ったのが偶然だったという事を今こそ証明して見せよう。それとも、俺に負けるのが怖いのか?」
 一瞬、ホワイトが探る様な目でスタージョンを見返した。その目はまるで、スタージョンを品定めしているかの様だったに。
「それで、今日は何を賭けるつもりだ。まさか高級キャビアとか言うんじゃないだろうな。(※スタージョンはチョウザメの意味)何か特別な秘策でも用意してあるって顔付きだが、せいぜい欲をかきすぎてフォアグラにならないように気を付ける事だ。しこたま溜めこんだお金をまんまと横取りされたんじゃ、お前も浮かばれないだろう?」
「幾ら大金を失ったところで、そんなものは俺にとってもお前にとっても意味のないものだ。すぐに取り戻す事が出来るからな。どうせなら、もっと他のモノを賭けようじゃないか。そうだ、お互いの命・・・・・・・・いや、お互いの魂を賭けるというのはどうだ?」
 一瞬の沈黙が二人の間に流れる。その隙間を埋めるかの様に、何処か遠くの方で唸り声を上げる不吉な野犬の遠吠えが聞こえ始めていた。
「・・・良いだろう。では始めよう」
 ホワイトは封を切っていないカードをポケットから取り出すと、テーブルに置いた。
「どうぞ、カードをシャッフルしたまえ」
 スタージョンは無造作にテーブルに置かれたカードの山を半分に分け、再び一つの山に戻した。一方のホワイトは、念入りにカードをシャッフルし終えると、公平を期すために、店主を招きよせ、カードを配らせた。
「常に絶対的にそうであるものは存在しない。勝負の行方もまたしかりだ」
 ホワイトはそう言うと、三枚のカードの交換を要求した。求めに応じて、店主がカードを三枚ホワイトに手渡す。
「知っているか?天空に輝くあの北極星ですら、不動ではないという事を。ほんの僅かではあるが動いている。勝利と敗北が表裏一体でありながら、常に揺れ動いている様に。だからこそ、ギャンブルは面白い。何事にも代えがたいスリルがある。そうは思わないか?ポールスター」
 スタージョンは答えず、一枚のカードの交換を要求した。野犬の遠吠えが、先程よりも近づいて来たようにスタージョンには思えて仕方がなかった。
「しかし、勝敗というのは突如として決まるものだ。微妙なバランスを保つ天秤が容易くその均衡を失って崩れてしまう様に。その賭ける物が大きければ大きい程、目に見えてハッキリと、それを食い止める事が出来ない程に素早く・・・・」
「今日は随分と舌が回るな、ホワイト。お前の心の震えが、こちらにも伝わって来る様だ。さて、そろそろ勝負といこう。手を見せろ、ホワイト」
 ホワイトは手札をテーブルに晒した。ハートの3、スペードのQ、スペード・クラブ・ダイヤの7だった。
「7のスリーカードだ」
 スタージョンはホワイトの手を見ると、満足そうな表情を浮かべて自らの手札を晒した。ハート・スペード・ダイヤのAとクラブ・スペードのK。
「ハッハッハ!エースとキングのフルハウス。俺の勝ちだ。やったぞ!俺はあのヘロン・ホワイトに勝った、勝ったんだ!ざまあみろ。何が“悪魔に魂を売った男”だ。これからは俺こそが正真正銘“悪魔に魂を売った男”として、世界中のギャンブラーから恐れられるようになるんだ。・・・・何だ、何が可笑しいんだ」
 スタージョンの歓喜する目の前で、ホワイトは肩を震わせながら笑っていた。夜風に吹かれて軋むバーの建物が立てる音とは別に、扉が外側から激しく揺れ始め、何かが引っ掻く様な物音が混じっていた。
「どんなものも、その90%はカスだ。だがな、ギャンブラーとしての誇りすら自ら手放してしまったお前には、残りの10%すら残っていない。つまり、100%のカスだ。俺は初めに言ったハズだ、“常に絶対的にそうであるものは存在しない”と。だが、お前はそれにすがり付き信じたばかりか、疑いもしなかった。その時点で、お前は120%のクソになりさがったんだ。お前の手札をよく見てみるんだな、ポールスター」
 ホワイトに言われてスタージョンは自らの手札を確認した。そこには二枚のAに挟まれる様にして、一枚のスペードのQが顔を覗かせていた。
「エースとクイーンを見間違えるとは!よっぽど勝ちに目が眩んでいたんだろうが、とんだ失敗だな。エースとキングのツーペア。お前の負けだ」
「い、いかさまだ。確かにエースとキングのフルハウスだった。スペードのエースをクイーンにお前がすり替えたんだ。このイカサマ野郎!」
 激高に駆られたスタージョンは机を押しのけ、ホワイトに掴みかかった。襟首を掴まれてもなお、ホワイトは慌てる様子もなくニヤニヤした笑いを浮かべているだけだった。
「見苦しい真似はよすんだな、キャビアの坊や。そもそも、この賭けは最初から成立なんかしてなんかいなかったのさ。お前さんは本来、賭けるべきではなかったんだよ。もはや自分のモノではなくなった自らの魂をね」
 ホワイトの姿はスタージョンの目の前で霧の様に消え失せ、そこにはあの老人の笑い顔が広がっていた。その笑顔はまるで、町外れの十字路で引いたあのジョーカーそのものだった。
 そして、絶望に駆られるスタージョンの頭の中で、「ギャンブラーなら、スペードのエースの位置は常に把握しておくもんだ」という老人の言葉が虚しく響くのだった。

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